『選ばれる人』第十三話(全十六話)


第十三章 選ばれない人


 「たかが一勝、されど、この一勝は、新たな歴史のはじまりを告げる偉業である」とメディアが速報した。
 ……これは親善試合ではない。本番中の本番の舞台で大きな実力差がある対戦に「まぐれ」はない。不正もアクシデントもなかった。
 つまり、最大の勝因は「世界ランキング2位の優勝常連国より、われらが代表チームのほうが強かった」ということである。敗戦国の国民は、彼らの代表を「国賊」と罵ることはないだろう。彼らの代表を破ったわれらが代表を「英雄を破った英雄」と讃えることはあっても……、と。

 試合直後の共同会見では、代表監督の藤堂が晴れ晴れと代表チームの偉業を振り返った。
「選手たちを誉めてあげてください。私は何もしていません。
 これは謙遜でも何でもない本音です。試合をご覧になったみなさんと同じように私も驚いています。
 みなさまからの熱い声援のおかげであることは言うまでもありませんが、あとは戦略云々ではなく、個々の選手たちの本当に見違えるようなプレーでつかんだ勝利です。
 特に椎名のプレーとその存在感には驚かされました。チームスポーツですから、勝敗はチームワークによって決まるわけですが、あらためて個の力が全体に与える影響の大きさを知らされた思いです」
 キャプテンとして会見に同席していた椎名は、すでに落ち着きを取り戻していた。
「自分がチームを引っ張ったという実感はありません。
 気がついたら、メンバーたちに上手く乗せられていたという思いのほうが強いです。みんなが集中して、質の高いプレーでお互いを刺激し合えたことが勝因なんだと思います。
 もちろん、局面に応じて監督からは的確な指示がいただけました」
 つけ足された言葉が場内の笑いを誘った。
 隣に座っている椎名を肘で小突くような振りをしながら、藤堂も嬉しそうに笑った。

 夜のニュース番組では、柏木が感嘆しながらコメントした。
「ここ数年、最後は多岐川頼みという単調さは否めませんでした。
 そこに復活した椎名が入り、絶対的なエースがふたりできたことでチームが一変しましたね。攻撃的なチームになりました。
 守備においても選手たちの可動範囲が拡がった気がします。
 状況に応じて、椎名や多岐川も積極的に守りに転じますから、新田たちの大胆な攻撃参加も効果的に機能しますよね。
 もう選手全員の動きが美しかったです。
 役者が揃うと、こういう試合運びができるんですねえ……」


数日後。
「いやあ、困りました」
 宿舎の食堂で、花井が大袈裟に困惑して見せる。
 同席する安部、椎名、多岐川は、花井の様子から気軽に耳を傾けた。
「自分は施設の子どもたちを招待してるじゃないですか。一生懸命戦う姿を見てもらおうと思って。
 その子どもたちが、自分のことをスーパースターとして崇めはじめているらしいんです」
「光栄なことじゃないの」
 安部が言う。
「同じ施設出身の先輩として誇りに思ってくれるのは嬉しいです。
 でも、雲の上の人にしては駄目なんですよ。雲の上に奉っちゃったら真似しようとも思わないし、追いつき追い越せの目標にならないでしょ。
 もっと身近な存在でないと」
 口下手ながら花井が言わんとする真意は汲み取れるので、聞いている三人が白けることはなかった。
「逆境だって諦めない闘志を身をもって示すつもりが、この三連勝。
 それも二戦目、三戦目は圧勝ですからね。
 子どもたちが、やっぱり花井さんは違うんだ、特別なんだって思っちゃうんですよ……」

 開幕戦後もチームは好調を維持していた。
 大会前の時点で、代表チームの世界ランキングは36位。第二戦の相手は、決勝トーナメント進出が確実視されていた10位の国だった。
「ランキングに影響する国際試合の消化数などの違いもありますから、数字で見るほどの実力差はないと思います。開幕戦のことを思えば勝てない相手ではありません。
 ただし、大いに格上であることに変わりはありませんし、トップレベルの試合の場数を多く踏んでいるという経験の差は、接戦になったときにものをいいますから……」
 試合前に解説した柏木の期待に応え、不安を払拭して、チームは開幕戦のとき以上に攻撃的な試合運びで相手を圧倒した。

 三戦目の相手の世界ランキングは26位。
 すでに二連敗を喫しており、グループリーグ敗退が確定していたために、若干覇気に欠けた。
 チームは危なげなく勝利を収め、結果、三連勝でグループリーグをトップ通過、決勝トーナメント進出という快挙を当たり前のように成し遂げた。

「確かに。結果が良すぎましたからね」
 多岐川が言う。
 花井は頷き、多岐川に向って続ける。
「この際だから言うけどさ、誰も三連勝するなんて思ってなかったでしょ。
 そんなことを思うのは素人だけだよ。
 だから、試合がはじまると、目を覆いたくなるような試合展開になる。
 いくら応援しても願いが届かないという現実を知る。
 そのときに、どんなにみっともない試合になっても、最後まで投げ出さずに必死で戦う姿を見てもらうことで伝えられるものがあるはずでしょ。
 失望しました、では終わらないものが残るでしょ。
 泣けるでしょ。それなのに圧倒的な三連勝じゃあさ、大笑いはできても、泣けはしないからねえ……」
「泣かせりゃあいいってもんでもないでしょ」
 安部が笑いながら言った。
 とはいえ、もし大会前の大方の予想どおりの惨敗だったら、花井はきっと力説する言葉に恥じない「最後まで諦めずに必死に戦う壮絶な姿」を見せてくれたことだろうと思い、その想像上の勇姿に胸を打たれてもいた。
「そりゃそうですが、あまりに予想外の展開なんで……」
 花井が漏らした懸念は、ほかの三人にもあった。
 椎名が、花井に応じながら、安部に言った。
「確かに。開幕戦でチームは一気にレベルアップしたと思うけど、その状態に自分たちが慣れていないという不安はあるなあ……。
 だから場合によっては、悪い意味で自分たちの力を信じてしまうというか、いい気になっちゃうかもという危険はありますよね」
「いい気になって負けるなんて最悪です」
 多岐川が顔を歪める。
 安部も困惑していた。チームは大化けした。それ故に今のチームの身の程を知るのは難しい。
 何かがきっかけとなり、絶好調の均衡を保つチームの歯車に狂いが生じたとき、それを短時間で修正する術を誰も知らないのだ。

 この三試合をチームは「ベストメンバー」だけで戦い、選手交代は一度も行われなかった。
 自らの地位、そしてプライドを守るために渇望したグループリーグ突破という目標を成し遂げて、欣喜雀躍していたはずの藤堂は、すぐさまスポーツマンらしく頭を切り替えると、今度は負けた時点で終わる決勝トーナメントを生き抜くための戦術に腐心していた。

 チームの全体練習を見ながら藤堂は思う。
『ここまでひとつとして余裕のある試合などなかった。
 結果的にはどの試合にも圧勝しているが、それはベストメンバーで戦えたからこその結果だったに違いない。
 ベストメンバーには、単にスキルの高い個人の集まりというに留まらない特別の価値がある。そろい踏みした姿が「絵になる」のが、ベストメンバーなのだ。
 選考の段階では甲乙つけがたく見える選手たちでも、正式にレギュラーとサブに分れたとき、そこに自他ともに認められる「決定的な差」があるようなベストメンバーを組むことが、監督である自分の仕事だ』
 寺田や世良、倉橋の姿が藤堂の目に入った。
『自分の役割を承知している倉橋などは別としても、寺田や世良は忸怩たる思いがあるだろう。チームが勝ち進んでも、自分が勝利に直接貢献できていなければ、プレーヤーは心から喜べない。
 無論、出場したら貢献できるという自信もないだろうが、サブである立場がつらいことに変わりはない。本人に自信があったにせよ、それは人となりの問題で、信用できるかどうかはまた別の話だ』
 現役時代にはレギュラーを外された経験のない藤堂だが、監督として何が起きるかわからない本番を指揮する今になってはじめて、サブのメンバーの価値を痛感する。
『でも、レギュラーが突然の不調に陥ることも、アクシデントに見舞われることだってある。そんなとき、ベストの一部が欠けたからと試合を投げ出すわけにはいかない』
 八年前、衝撃的な負傷で退いた梶に替わって送り出され、笹本監督の期待に応えた多岐川のことが思い出された。
『あのときの多岐川のようなサブメンバーがいて欲しい。
 とはいえ八年前は、いざというときが訪れる前から、多岐川は試合に出ていた。多かれ少なかれ、その実戦感覚が役立ったことは確かだ。
 今大会ではそれができていない。怠っていたのではない。
 そんな余裕がなかったのだ。第三戦の後半ならできたか。
 いや、チームの勢いを維持するだけでなく、決勝トーナメントを見据えたグループ1位通過というアドバンテージを手にするためには、サブの選手の起用は無理だった。……いや、できたかもしれない。
 でも、負傷などアクシデントもないのに選手を交代するには、相当の余裕もしくは勇気が必要なのだ。先発選手の肉体的な疲労を考慮したり、戦術のバリエーションを試したりするための選手交代は、裏目に出れば思った以上の戦力低下を招き、命取りとなってしまうことさえある。
 そんな余裕や勇気はもてなかったし、今後も、もてないだろう。
 サブメンバーのモチベーションを含めた実戦準備は心もとないが、もはや決勝トーナメントでは、ひとつも負けられない……』

 全体練習を終えると、藤堂は自室にコーチ陣を集め、決勝トーナメントにおける具体的な戦略の検討をはじめた。
 その冒頭、藤堂は戦略の前提としての方針を示した。
「開幕戦もそうでしたが、決勝トーナメントでは、ずっと仰ぎ見てきたような強豪国との連戦になります。そして負ければ、そこで終わりです。
 当然ですが、負けてもいいと思って試合に臨むことなどあり得ません。
 勝つために最善を尽くすことが、国を代表する者たちの責務です」
 藤堂の思い詰めたような強い口調に、書類に目を落としていた安部と宮本の視線が上向いた。
「現在の椎名を中心としたレギュラーは心身ともに充実しています。
 よって先発メンバーは今後も固定し、よほどのことがないかぎり選手交代は行いません。つまり、最後までサブメンバーの出場機会はまずないだろうということです。
 そこで、コーチのみなさんにお願いがあります。サブメンバーたちの変化や動向を見守ってください。
 国のため、チームのためといっても、選手は人間です。
 こちらの起用法を知ったとき、選手たちはみな動揺するでしょう。当然、よりネガティブになるのはサブの選手でしょう。しかたのないことですが、それでは困ります。チーム全体の士気にかかわります」
 コーチ全員が顔を上げた。
 藤堂監督の(今しか見ていない)非情さを確かめよう数人のコーチの挙動に気づき、それを遮って、宮本が言った。
「勝ち負けの世界ですから、誰にも、引き受け、受け入れなければならない役割があるものです。グループリーグ三試合で、起用法については選手たちもそれなりに察しはついているでしょう。
 サブの選手たちの気持ちを萎えさせないように、われわれコーチ陣が注意深く見守りたいと思います」
 最古参で、ヘッドコーチから昇格どころか降格しても代表チームを支える宮本の発言は(ある意味で監督の藤堂の発言よりも)重く、納得のいかないコーチたちも沈黙せざるを得なくなった。


(第十四話につづく)https://note.com/sin_sen/n/n28a9c7af4722
(第十二話はこちら)https://note.com/sin_sen/n/nfb85ad27751c

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