トライアスロンとの出会い@中国 —2030年を見据えた「点と線」の変態結合
2023年、上海での観戦を機に過去の蓄積が「点と線」で繋がり、トライアスロンに魅了された。中国での実践を通じ、アスリートが高度な心理戦略(心力・脳力・体力)を駆使するある意味「思考の天才」であると確信。AIが席巻する2030年以降を見据え、肉体の限界に挑む熱量こそが人間に残された最終防衛線になるだろう。「Overreach than under-live」を信条に、自尊心を持ってスタートラインに立ち続けるつもりだというのが今回の話の趣旨である。

出所:Tony Chai
中国でつながった、人生の「点と線」
2023年10月15日、私は上海市金山区の海岸に立っていた。目的は、そこで開催されていた「2023上海湾区鉄人三項賽(トライアスロン大会)」の見物である。当初は単なる休日の暇つぶしのつもりだったが、波を切り裂き、風を突いて走る中国人の市民・プロアスリートたちの姿を目の当たりにした瞬間、自分の中に眠っていた何かが共鳴するのを感じた。

出所:Tony Chai
「これ、オリンピックスタンダードのハーフなら今すぐ自分でもできるのではないか?」
根拠のない自信ではなかった。私の脳内では、スティーブ・ジョブズが提唱した「Connecting the Dots(点と線の結合)」が音を立てて始まったのだ。
点①:幼少期に5年以上、徹底的に叩き込まれた水泳の基礎。
点②:大学時代に休暇があるごとに挑んだ自転車長距離ツーリングの記憶。
点③:社会人になってから、不定期に続けてきたランニングの習慣。
バラバラに存在していた過去の経験が、中国の海岸線で「トライアスロン」という一つの線に結びついた瞬間であった。私はその日即座に、締め切り間際だった浙江省舟山市の大会にエントリーした。
振り返ってみると、私が異国の地である中国でこのようなエクストリームスポーツを始めた理由の一つに、私の蛙愛がある。トライアスロンは、まさに水から陸へ上がる瞬間が「カエル」の疑似体験だ。「蛙(カエル)のようになりたい」私にとって、トライアスロンは、両生類のようになれるこのうえなく変態で素敵な競技種目だと言える。
初戦となった舟山の大会では、人生初の公開水域、それも極めて塩分濃度の高い東シナ海を500m以上連続で泳ぐという試練が待ち受けていた。水泳セクションでは数年ぶりの実戦に苦戦を強いられたものの、続く自転車では快走し、最後は得意のランニングで猛烈な追い上げを見せた。完走できただけで万々歳だと思って帰路についたのだが、後日、意外な報せが届く。なんと年齢別で5位に入賞し、さらには500元(約1万円)の賞金まで手にしたのだ。最初の試合でこのような「おまけ」がついてくれば、トライアスロンという深い沼に引きずり込まれるのは、もはや必然であった。

出所:Tony Chai
中国トライアスロン —中産階級が熱狂する「ハイエンドな生活方式」!?
実際に足を踏み入れて驚いたのは、中国におけるトライアスロンの爆発的な熱量である。2023年のパンデミック規制緩和以降、この競技は単なるスポーツの枠を超え、都市中産階級のハイエンドなライフスタイルとして定着しつつある。最新のデータによれば、2025年時点での競技登録者数は、2013年比でなんと900%以上の増加という驚異的な数字を記録している。依然としてニッチな競技種目ではあるが、特に35歳から44歳のホワイトカラー層や女性の参加が目立っている。

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この熱気は上海のような大都市に限った話ではない。例えば、安徽省の小さな地方都市である広徳市で開催された「2026広徳鉄立方超級鉄人三項賽」などは、その象徴である。

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広徳市という街には、緻密に設計されたコースとボランティアの献身的なサポートがあり、街全体が選手を鼓舞する熱気に溢れていた。そこには、単なる運動会を超えた「街の誇り」としてのトライアスロンが存在していたのだ。

出所:Tony Chai
中国の過酷な競争社会を生き抜く人々にとって、鉄人(アイアンマン)を目指すことは自己を証明し、心身を鍛え上げるための最高のプラットフォームのような存在に近いのかもしれない。
アスリートは「思考の天才」 —三位一体の成長モデル
競技を始めてから、私はある「誤解」を解くことになった。それは、「トップアスリートは単に身体能力が高いだけの肉体労働者である」という偏見である。実際には、彼らは極めて精緻な思考回路を持つ「心理学のマスター」なのだ。
彼らの強さは、「心力・脳力・体力」の三位一体モデルで説明できる。ここで重要なのは、この3つの力は単純な足し算ではなく、「人間の総熱量 = 心力 × 脳力 × 体力」という乗法の公式で成り立っているという点だ。どれか一つの要素がゼロに近づけば、全体のパフォーマンスは指数関数的に低下する。だからこそ、彼らはこれらを同時に、かつ戦略的に鍛え上げる必要があるのだ。
体力(ハードウェア):睡眠、食事、運動による徹底したエネルギー管理。
脳力(OS):戦略的な判断と、不測の事態を「想定内」に変える構造化思考。
心力(エンジン):極限状態での回復力と、内から湧き出る気力。
「像运动员一样思考(THE GENIUS OF ATHLETES)」によれば、彼らがレース中に駆使する心理的ツールは驚くほどクリエイティブだ。例えば、乳酸が溜まって筋肉が焼け付くような痛みを感じたとき、あるアスリートはその痛みを「麻辣火鍋の過激な辛さ」として脳内で等価変換する。苦痛を「過激な快感」として楽しむのである。また、極限の疲労時には「自己分離(Self-Distancing)」を用い、「私」ではなく「彼」という第三者の視点を通じて自分を観察することで、脳を騙して限界を突破する。

出所:Tony Chai
さらに、悪天候すらも「逆境フィルター」として歓迎する。日本でもよく知られているであろうマラソンの市民ランナー出身の川内優輝選手のように、「雨が降れば準備不足のライバルが勝手に脱落してくれる」と考える発想は、まさに混乱の中で強くなる「反脆弱性」の体現である。彼らは受動的に「ゾーン」を待つのではなく、自らの意志でパフォーマンスを「作り出す(Make it happen)」技術を持っているのだ。
2030年の世界を「越境」して生きる —身体性が放つ最後の光
2030年以降の未来において、この「アスリート精神」はこれまで以上に決定的な意味を持つと私は考えている。AI技術はほとんどのホワイトカラーの仕事を代替するが、「人類肉体の限界、拼搏(苦闘して目的を達成する)の熱血、そして苦痛の中に見出す狂喜」を代替することはできない。アスリートこそが、人間に残された最後の職業防衛線(ディフェンスライン)なのだ。
ゆえに、可能性はかなり少ないが、将来的に条件さえ整えば、私がトライアスロンの専門選手(プロ)になるかもしれない。私は一生純粋なホワイトカラーとして生きるつもりはない。ブルーカラー的な肉体労働やアスリートとしての生き方こそが、生命体としてより多くの主体性を発揮できる道だと信じている。
私の座右の銘的な言葉がある。
「Overreach than under-live. (寧ろ境界を越えて試みる人生を、決して妥協のままに生きないこと。)」
上海での初観戦、東シナ海沖での初レース、地方都市における熱気、そしてアスリートの脳内探求。これらすべての「点」が、今の私の血肉となり、テクノロジーに頼らない「生命力」という最後の砦を築いている。趣味であっても、私は「Be Pro(プロであれ)」の精神を貫く。立てた計画を遂行し、自らの境界を更新し続けること。それが、自分自身への最高の敬意となるからだ。

出所:Tony Chai
2026年以後も、私はまた次のスタートラインに立ち続けるつもりだ。心地よい震えを楽しみ、自分の「点」をまた新しい「線」へと繋げていくために。たとえ身体が震えていても、それは恐怖ではなく、むしろ「覚醒」の兆しだろう。AIには決して真似できない、熱き血潮の流れるこれからを刻んでいくために。

出所:Tony Chai
