偽憎代稿(六)
前話↓
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コッコ
宵谷
ヒロシが鶏を殺した。
殺してしまった、のではなく、殺した。
小学校の飼育小屋。鶏のエサを取りに少しだけ小屋を離れ、戻って来たら、鶏は頭から血を流し、首があらぬ方向を向いてた。
鶏を前に、息を荒くしているヒロシ。手にはステンレスの箱を持っていて、その角には言い逃れしようのないほど、血痕がこびりついてた。
そして、ヒロシの口元には笑みが浮かんでいた。
恍惚。達成感。命を征服した、感慨。
今にして思えば、ヒロシの顔に浮かんでいたのは、そんなところだったのだと思う。
そんなヒロシの様子を呆然と見ていると、ヒロシの顔がぼくの方を向いた。
「おー、エサ、ありがとうな。ま、もう意味ないけど」
ヒロシはケタケタ笑った。
……怖かった。
けど、ぼくの口からは自然、何で殺したの、という質問がヒロシに投げかけられていた。
ヒロシは。
「先生みたいなこと言うんだな」
バカにしたような笑みを浮かべた後、「だってさ」とヒロシはまるで自分がヒーローでもあるかのように、誇らしげに答えた。
「コッコの世話するのメンドーがってたじゃん、みんな。うるさいし、くさいし、怖いし、って。なんかそうじゃないヤツもいたけど、でもコイツが死ねばハッピーじゃん。世話しなくてよくなるんだし」
まあ、確かに……とぼくは思った。
世話するのが面倒で、クラスで係を決める時は「いきもの係」が最後まで決まらずに残っていた。初めのうち――1学期目とかは何人か立候補してくれたけど、鶏のコッコが凶暴って分かってからは、率先して手を挙げる人はいなくなった。
……コッコは、人間で言うところのパーソナルスペースの意識が異様に強かった。飼育小屋の中に入ろうとすると、コケコッコー、コケコッコー、と叫んで追い返そうとするし、時には暴れていきもの係を追い回してた。1学期目にいきもの係に立候補してくれた女の子は特に、もうあの小屋に行きたくないと泣いて先生に訴えてたほどだ。
そんなわけで、いきもの係は公平にじゃんけんで決められることになった。それで負けたのがぼくとヒロシ、という訳だ。
ぼくは、いきもの係にされて落ち込んだ。……いや、それもあったけど、なんというか……不安だった。
手のつけられないコッコをちゃんと世話できるか、ということもあったけど、それ以上にぼくは、ヒロシがいきもの係になって大丈夫か、という不安もあった。
ヒロシは、よく生き物を殺していた。
アリの巣に水を流し込む。野良子猫の尻尾を引っ張って壁に投げつける。池にいる鴨に石を投げつける――とにかく色々だ。
その度に先生からも、ヒロシの両親からも怒られていたけど、ヒロシは何度怒られても生き物を殺すのをやめようとはしなかった。さっきみたいに正当っぽい理由を口走ったり、あるいはしゅんと落ち込んで謝ったフリをしては、その場をやり過ごしてまた殺していた。
先生も当然分かってたから、なんとか他の人にいきもの係を担当させたかったみたいだった。でもじゃんけんで公平に決められたから、今さら他の人にするわけにはいかず。結局、先生は結構念入りにヒロシに話をしていたし、最初の内はヒロシが変な気を起こさないか監視していたほどだ。
それから2ヶ月、何もヒロシは事件を起こさなかったので、先生のヒロシへの意識も徐々に薄れて、今日は忙しかったのか監視の目がなかった。
その矢先に、コレだ。
明らかに確信犯だし、それを隠そうともしない。
ぼくは、抗議の目を向けた。
確かに、コッコは手がつけられない暴れ馬ならぬ暴れ鶏だ。でも、だからと言って殺すのは違うだろ、と。
そんなぼくの目を見て、ヒロシは笑う。
「別に先生にチクるならいいよ」
まるで、バカにするように。
「それともオレとケンカでもする?」
ケンカ。
殴り合いでヒロシに勝てるとは、到底思わない。そしてぼくは抗議はしたかったけど、ケンカまでして返りうちにあうのだけは――痛いのだけは、どうしてもイヤだった。
……それに、ヒロシのことが怖かった。
あんまり一緒にいたくない。
ぼくまで、殺されそうで。
――結局ぼくは、先生を呼びに行った。
それからヒロシはこっぴどく怒られたらしかったけど、あまりヒロシは悪びれる様子はなかった。怒られれば終わり――そう思ってるのだろう。
そしていきもの係は一時休止、飼育小屋も閉鎖されて、ぼくとヒロシはそれぞれ別の係に入れられることになった。
ぼくは、災難に巻き込まれた側なので、同じ係の人に同情された一方、ヒロシはさらに一目置かれるようになった。けど、ヒロシはそれを気にする様子もなく、みんな、「ああ、またなんかを殺すんだろうな」と思っていた。
でも。
これが、ヒロシが殺した最後の生き物になった。
つづく
