偽憎代稿(十)
前話↓
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『くぐつ』
著:田中彼方
街中に、日本人形が置いてあったんですよ。
正確には、シャッターの閉められた店の前に、ガラスケースに入った綺麗な日本人形が、ポツンと置いてあって。ほら、あの商店街の、田中館八百屋っていう店。俺、大学行くのにあそこ通るんです。で、人形のケースに「もういらないので、誰か持って行ってください」という貼り紙が貼ってあって。結構丁寧な字だったなあ、アレ。
ああ、すみません、話がそれましたね。
それにしても、気味悪いと思いません?
街中に、それもフリーマーケットかなんかでお金もとらず、日本人形をタダで持っていけだなんて、なんかあるに決まってると思うじゃないですか。
これはホラー作品の弊害なんでしょうけどね。そもそも人形っていうモノに個人の想いや思念が宿ったり、なんて話もあるし。人形を呪いの道具として使うこともあれば、人形が意志を持って人を殺すこともある。人形――特に、人の形をしたまさしく「人形」ってヤツとホラーって、どうしてもイメージが結びついちゃうんですよ。
それに加えて、日本人形ってどことなく不気味じゃないですか。妙に艶やかな、本物っぽい髪の毛とか。あとは、あの、何を考えてるか分からないのっぺりした白い顔とか。
だから俺、気持ち悪っ、とか思って、そのまま通り過ぎました。当然拾いません――そもそも拾ったところで、俺の部屋、置くスペースもないよなあ……とか思ってたんで。
そしたら、その日の夜、夢を見たんです。
どこもかしこも白い、のっぺりした空間。壁というものはなくて、ただひたすら、どこまでも続いていくような――馬鹿でかい部屋みたいな空間でした。あ、もし知ってたらなんですけど、5億年ボタン押した後に飛ぶ空間がイメージに近いかもしれません。……知ってます?
まあ、ともかくも、そんな空間にぽつんと、日本人形が置かれていました。
多分、街中で見たあの人形と同じヤツだな、と俺はふと思ったんです。
それと同時、日本人形が喋ったんです。
「ひろってください」
って。
ああ、やっぱあの時と同じだ――と思いましたね。じゃなきゃ、日本人形がわざわざ自分から「ひろってください」なんて言う訳ないじゃないですか。
だから正直、気色悪かったんです。夢にまで現れて自分に呼びかけるその日本人形が。
それに、さっきも言いましたけど、万が一にでも拾ったとして置く余裕がない。
だから、拾えないって言ったんです。
そしたら、あっさり夢が終わって目が覚めました。午前5時くらいだったと思います。
すぐ飛び起きて部屋を確認しましたよ。ほら、こういうのって、部屋の中にいつの間にか人形が……みたいな展開ってありがちじゃないですか。
でもそれもなくて。
考えすぎか……と思いながらも、ベッドに戻る気はありませんでした。なんか、そのままもう1度寝たら、あの日本人形の夢を見そうな気がして。
だから何とか起きて、コーヒーでも飲んで眠気を覚ましたんです。
それからその日は何もありませんでした。念のため、日本人形が置いてあるところを遠目から覗きに行ったんですが、まだ拾われるのを待っていました。
でも、夜になって眠ると――また、見たんです。日本人形の夢。
夢の内容は同じです。白い空間に、ぽつんと人形。そして「ひろってください」って言うだけ。
俺はなおも拒否しました。そしたらその瞬間目が覚めて、部屋の中に異常はなくて。
このまま起きてようか……とも思いましたが、時計は午前2時。それにその前も午前5時に起きたもんですから、眠気がすごくて……結局また眠ったんです。
そしたら間髪入れずに、あの人形の夢ですよ。また、「ひろってください」って言うんですよ――そして飛び起きる。朝日が目に飛び込んできて、ホッとする。
それが、毎日続いたんです。
いや、あの時は本当におかしくなりそうでしたよ。そんな夢ばっかり見ては飛び起きて、を繰り返してたので、寝不足になっちゃって。ははは。
あの日本人形の所を通り過ぎると、なんか視線のようなものを感じて、一時期は日本人形のところを避けて通る時期もありましたよ。まあ、普通そうしますよね。
でも、夢だけは終わらなかった。
「ひろってください」と日本人形が言う夢が、毎晩、毎晩。
そんな夢が続いてしばらくしてから――日本人形に動きがあったんです。
いつものように、「ひろってください」って言うだけじゃなかったんです。
ぴた、ぴた、って。
歩いて寄って来て、しかも俺にしがみついて来たんですよ。「ひろってください」って言いながら。
それにどことなく……「ひろってください」の声に、やけに切実さがこもる様になってきたんです。
こう、なんて言うんですかね……それを聞いて、何となくかわいそうになってきて。
ほら、あの日本人形、「もういらないので、誰か持って行ってください」って張り紙があったじゃないですか。きっと、心なく捨てられたことに悲しんでるんじゃないかって――そう思ったんです。
……いや、そりゃ勿論。夢にこう何度も出てくるのって普通気持ち悪いとか、何なら怖いって思いはするんですけどね。初めにも言った気がしますけど、タダで「持って行ってください」という日本人形なんて普通じゃないですし、実際何度も夢に出て来てる。でもこう何度も出て来ては、「ひろってください」と切実に言うだけ――そんなことが続いたら、慣れちゃって。
とは言え、前にも言った通りで、日本人形を置くスペースがないんですよ。だから「ごめんね」と返したんです。
それで、また夢が覚めました。その日はもう昼になってたので、飛び起きて大学に行きました。あの店には、まだ日本人形が置いてありました。
気のせいだとは思うんですけど、何となくその日から視線を感じるようになって。あののっぺりした顔の中の、黒いガラス玉の目が、じっと俺を見てるようで。
それから明くる日も、その次の日も、日本人形がしがみついてくる夢を見ました。そうやって切実なお願いをされていくうちに、だんだん情に絆されるようになって。
それが何度か続いた後、また動きがあったんです。
日本人形が、俺の名前を呼んだんです。
ヒロシ、って。
ヒロシ、ひろってください。
どうか、ひろってください。
――悲痛な声で、俺にしがみついて、呼びかけてきたんです。
目が覚めたら朝でした。我慢ならなくなって、ベッドから飛び起きて支度して、すぐに取りに行きました。
まだ田中館八百屋の店前に置いてあってホッとしたのを、今でも覚えてます。何せ、それを手に取った瞬間、ビビッと来たんです。
俺は、この日本人形を家に招き入れる運命だったんだ、って。
それでそのまま連れ帰って、今も仲良く一緒に暮らしてますよ。
……ああ、置くスペースですか? なんとか確保しました。もう読まなくなった漫画とか、やらなくなったゲームとか、要らない服とか、家電とか、家具とか。その辺を売ったり捨てたりすれば、スペースなんていくらでも確保できますからね。
今や毎日、コイトの世話で大忙しです。髪を梳いたり、服の汚れをとったり、あとはコイトが過ごしやすいように色々掃除したり。コイト、ちょっとこだわりが強いんですよね。だから、今もちょっと、彼女に合わせるのは大変ですけど、楽しいです。
……ああ、言い忘れてましたね。コイトっていうのは、この日本人形の名前です。
彼女が教えてくれたんですよ。
ねえ、コイト。
……ふふ。ほら、笑ってる。可愛いでしょう?
***
僕はカフェで、ヒロシと名乗る男性とコイトと名付けられた日本人形を前に、インタビューメモを取っていた。
面白い話がありますよ――怪談蒐集家である僕の元にそんなインタビュー依頼がやって来たので、今こうして話を聞いている訳だが。
最早、面白さより恐怖の方が勝っている。
ヒロシは日本人形と話しているようだが、当然日本人形は何の声も発していない。
「ふふ、ほら、笑ってる。可愛いでしょう?」
……ヒロシはそう言うが、日本人形が笑うわけがない。のっぺりとした無表情だ。
でも。
心に思ったまま答えたら、何か嫌なことが起きそうな予感がする――ヒロシに尋ねられた僕は、「ええ、可愛いですね」とだけ答えた。上手く笑顔を作れていたか、僕には分からない。
僕はそこでインタビューを打ち切り、事務的な連絡をして解散した。ヒロシは深々と礼をして、日本人形を大事そうに抱いてカフェを出て行った。
歩いて寄って来て、しかも俺にしがみついて来たんですよ。「ひろってください」って言いながら。
――悲痛な声で、俺にしがみついて、呼びかけてきたんです。
ヒロシのその言葉を思い出す。
人形が、ヒロシにしがみつく。
――そう言ったヒロシの首には、小さな手形がくっきりと残っていた。
まるで――首でも絞めているような。
それも手形は、1つ2つじゃない。数えきれないくらいあった。
それが一体どういうことなのか、僕にはついぞ訊けなかった。
つづく
