偽憎代稿(十一)
前話↓
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『ピンポンダッシュ』
宵谷
「なんでイジメをしたんだ!」
生徒指導室でゴリ公にそう言われた俺は確か、ストレス発散だよ、と答える。ゴリ公は怒って、本物のゴリラみたいにギャーギャー鳴いてた。
イジメと言っているが、俺にとってはイタズラだ。そして、イタズラをするのは楽しい。
個人的に気に入らないヤツを標的にできるし、何よりイタズラに成功したら笑えるのが良い。本当に、ストレス発散になる。
遊んだり、ゲームをしたりするよりも、はるかに良い。だから俺は、学校に来るのが毎日楽しみだった。……まあ、そりゃ授業はヤだけど。先生もうざったいし。
今の俺の標的は、光一だ。俺の前の席にいる、無口なヤツ。話しかけてんのにあんまり返事をしてくれないから、どうにもコイツは気に入らない。
イタズラの標的にするには、これで十分。
それからイタズラを沢山やった。変なあだ名をつけてやったり、トイレに行くときに行先をふさいでやったり、授業中に消しゴムのカスを延々と投げつけたり、机の中に虫を入れたり、靴をゴミ箱に隠したり。それにムスッとした表情をして何か言おうとしてくるんだけど、結局何も言えずに、体をぶるぶる震わせているのを見ると笑いがこみ上げてくる。
今日は、授業中指されて立ち上がった光一のイスを引くイタズラをした。光一は見事に、どしん、と床にしりもちをついた。そのときに出した「うぐっ」という声で、大爆笑しそうになる。
で、流石にそのイタズラはやりすぎだったみたいで、生徒指導室に呼ばれたってわけだ。
「お前なあ!」ゴリ公は大声を出す。耳がキンキンする。「前々から光一のことをイジメてるって聞いてるぞ! それをお前、ストレス発散だと! ふざけるなよ!」
「ふざけてないですよ」
俺は答えた。
「というか、前々から聞いてて、俺のイタズラが悪いことだと思うなら、なんで止めなかったんですか? 早く止めれば良いのに」
「話をそらすな!」
ゴリ公は机をバンと叩く。部屋の隅に大事に飾られている竹刀に目をやる。昔だったらこれで叩かれてたんだろうな、と思う。
「そっちも、早めに止められなかったことから、目をそらさないでくださいよ」
「テメ――」
ゴリ公がつかみかからんばかりに立ち上がって、それからせき払いして座った。……惜しかったなあ。つかみかかってきたら親に言いつけてやったのに。
「とにかくだ、ヒロシ」ゴリ公は少し冷静になった。わざとらしく舌打ちしてはみるけど、ゴリ公は構わない。「お前のそのイタズラとやらで、光一はケガをしたんだ。ちゃんと謝りなさい。その場は、教室で設けてやる」
教室でやる――多分、さらし者にするためなんだろうけど、別に謝ってほとぼりが冷めたらまたやればいいだけだし。
しょうがない、つきあってやるか――そう思いながら俺は「わかりました」と答えた。
そうして謝った後――イタズラは、しばらく続けることができた。まったく、形だけでも謝ればいいのだから、本当に楽で仕方ない。
しかし、イタズラを続けていたある日から、光一は学校に来なくなった。いわゆる不登校ってヤツだった。
俺はまたもこっぴどく叱られたけど、内心ではガッカリしてた。せっかく、遊び相手を見つけたってのに。
まあ、でも。
もし光一がダメになっても、新しいのを見つければいいか。
***
その日からだった。
留守番中、お菓子を食べながらゲームしてる時、ピンポンが鳴り始めたのは。
最初は宅配便かと思ったけど、呼びかけても何の返事もない。おかしいなと思ってゲームをポーズし、それからインターホンを付ける。
「はい、誰ですか?」
しかし、返事がない。
不思議に思って玄関を開けると――誰もいなかった。
「……? …………ああ」
これ、ピンポンダッシュか。
俺は理解した。
誰だよ。ゲーム、良いとこなのに。
ドアをバタンと閉めて、またゲームをしに戻る。それからしばらくすると、またピンポンと鳴る。
またかよ、と思いながら、今度はぬき足さし足しのび足で玄関まで向かう。こういうのはインターホンで答えるとすぐいなくなってしまう。だから、背伸びしても届かないドアスコープを、玄関に置いてある台に登ってのぞく。
誰もいない。
ピンポンの音も鳴り止んでるから、多分もうどっか行ったのかもしれない――ちょっとの間ドアスコープをのぞいてたけど、なにかピンポンを押しに戻ったヤツはいない。
「……何なんだよ」
台から降りて、ゲームしに戻ろうとする。
ぴんぽーん。
「……〜っ! だーもう! 何なんだよさっきからっ!」
ガチャリ、とドアを開ける。
そこには、光一が立っていた。
今まで見たことないような……笑い慣れてないような、気持ち悪い笑みを浮かべてる。
「……は?」
俺が声を上げた瞬間……光一が逃げた。
「あ、テメ……光一ィ!」
俺はくつをはいて急いで玄関を出る。
そして、右を見て、左を見て。
どっちにも、光一はいない。
「……」
いないはずない。
あの、運動音痴が、こんな速く逃げ切れるはずがない。目の前もあり得ない――哀川さん家しかないから。
でも、確かに、光一はいない。
「……アイツ、どこに……」
とりあえず、俺は玄関のカギを閉めて、外に光一を探しに行く。
でも、俺の家の周りをぐるっと1周探しても見つからなかった。
「……」
俺は、結局無視することにして、家に帰った。これ以上、光一の思うようにピンポンダッシュに引っかかるのもシャクだったし、そんなことより俺はゲームがしたかった。
リビングに戻る。ポーズしてたゲームを再開する。
ぴんぽーん。
また、鳴った。
でも、もう出ない。
光一。お前のつまんねえピンポンダッシュにはもう乗らないぞ、と。
ぴんぽーん。
また鳴る。
……俺が出るまで押し続けるつもりか?
いいぜ。だったら、ガマン比べだ。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
……けど。
5分経っても、10分経っても……30分経っても、鳴り止まない。しかも、一定間隔で鳴ってる。
いくらなんでも、長すぎる。
俺は、ゲームを中断して、インターホンを押す。
「おい、光一。テメェ何のつもりだ!」
そう大声で呼びかける。
けど返事はない。
ふざけやがって――そう思ってインターホンを切
《えへ。たの、しいね。いたずら》
……光一の声がして、インターホンが切れた。
光一の声。それを聞いて俺の中に湧き上がったのは、怒りと、ちょっとした違和感だった。
なんか。少し、声がかすれてるというか。か細いというか。
そう、わざとのどを締めてるような、変な話し方だ――
ぴんぽーん。
また、鳴る。
流石に、少し怖くなってきた。
でも、これもしょせんはイタズラ。光一もそう言ってた。だから、怖がる必要はない。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
ぴんぽーん。
……。
……。
……。
…………………………。
ぴんぽーぴんぽーぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ
「っ!?」
突然、光一は連打し始めた。
イタズラ。
そうだ、これもイタズラ――。
どん。
どんどんどんどんどんどんどんどん
今度は、ドアを叩き始めた。
なのに、ぴんぽんという音は鳴り続けてる。
「……は?」
俺ん家は、インターホンがドアの横に付いてない。どころか、大人が手を伸ばしたって、ドアとインターホンを同時に触ることすらできやしない。
コイツ、一体どうやってインターホンを押しながらドアを叩いてるんだ。
ドアを、チラッとのぞく。ドアが叩かれて少し震えてる。スゴイ力で叩いてるのが分か――
ガチャガチャ
ガチャ
ガチャガチャガチャ
ガチャガチャッ。
「っ、ああああっ!!」
今度はドアノブが。
ドアノブが、ものすごい勢いでガチャガチャと回り始めた。
まるで、「早くココを開けてくれ」と言わんばかりに。
イタズラ。
これが、イタズラ?
ふざけるなよ。
「ふざけんなよ、光一ィィィッ!!」
俺が叫ぶと。
全ての音が、ぴたり、と止まった。
そして。
玄関のカギが開く音がした。
もう上手く息できない。
すでに泣きそうだ。
俺は、どうにかトイレに逃げ込んだ。それから、手で口を押さえる。漏れ出そうな声を出さないように。
玄関のドアが開いた。
かつ、かつと玄関に入ってくる。
そして。
「ただいま〜。ヒロシ、帰ってる?」
母親の声だ。
母親の声が聞こえた。
緊張の糸が、全てほぐれるのを感じて、トイレから出る。そして母親を出むかえに、玄関に行く。
「ただいまー」
「おかえり、母さ――」
母親じゃなかった。
「えへ、えへへへへへへへへ」
母親の声を真似した、光一が立っていた。
のどが締まったような笑い声が、響く。
***
そこから、少しの間、記憶がない。
後で聞いた話だと、俺が玄関で倒れてて、色々大騒ぎだったらしい。
とりあえずケガもなかったので、入院もなし。母親は安心していたけど、俺はめちゃくちゃ怒っていた。
光一に。
次の日、学校に行ったら覚えてろよ――そう思いながら。
***
次の日。
朝会で、「昨日の朝、光一が自殺した」と、先生から告げられた。ウワサだと、首吊り自殺らしい。当然、元凶である俺はゴリ公や先生に呼ばれて怒られたり、教室も授業どころじゃなかったりしたけど、俺はさらにそれどころじゃなかった。
光一が死んだ。
しかも、朝。
じゃあ。
学校終わって帰ってきた後、あのピンポンダッシュをしに来た光一は、何だ?
どう考えても明らかに、生きている人間の動きじゃなかった。インターホンを押しながらドアを叩くなんて、大人でもできない距離だし、母親の声を俺が聞き間違えるくらいに真似るなんて、よっぽどじゃなきゃあり得ない。
それに。
光一の声を、思い出す。
あの、のどが締まったような声。
光一の死因は、首吊り自殺。
……身の毛が、一気によだった。
ピンポーン。
――インターホンが鳴っている。
この、ピンポンの音を聞くたび、俺は子供の頃の記憶を思い出しては鳥肌が立ってしまう。あれ以降、光一のイタズラは起きていないのに。
インターホンの映像を確認する。Amazonの配達員だ。そういやペットボトルのお茶を箱買いしたんだった。
玄関に行き、ドアを開ける。
そこには、誰もいなかった。
そうして小説を読んでいると、通知が飛び込んできた。
反射的に、さっき投稿した俺のホラー小説に遂に感想が……と一瞬思ったが、違う。
ツイッターの通知だ。
まあ、こっちにも何か反応があっても嬉しい。リポストとかされてたら尚のこと――と思ったが。
通知内容は、リプライだった。
ヒロシさんが返信しました:
ありがとうございます
つづく
