偽憎代稿(九)
前話↓
「ゆるしてください」という名前のユーザー――非常に言いづらいので以降は「ゆる」とでも呼称しよう――は、作品を1つも投稿していない。コイツも読み専か……と思ったが、今度はプロフィールも、近況報告も、さらにはブクマもなかった。
「ゆる」がやってるのは、直近のヒロシの近況報告に「ゆるしてください」というコメントを付けているのみだ。
つまり。
「ゆる」は、ただひたすら、「ヒロシ」に対して許しを乞うだけのために作られたアカウント。
よっぽど「ヒロシ」よりも気持ち悪いアカウントだし、余計に謎が増えただけだ。
にしても。
「ヒロシ」に対して、許しを乞う。
「ゆる」は、一体何に許しを乞うているのか? この、ただひたすら自分を痛めつける物語を蒐集するだけの変なヤツに。
そう。「ヒロシ」は、言動1つ1つに気味悪さを感じさせはするけど、誰に対しても――それこそ、「ゆる」に対しても攻撃をしている訳じゃない。それどころか、感想までくれる(感謝だけしてくる意味不明なやつだけど)。
強いて「攻撃をしている」とするのならば、それは「ヒロシ」自身に対してだろう。だって、自分が酷い目に遭っている物語をわざわざ集めるなんて、言葉を選ばずに言えば、精神的にリストカットしてるようなもんだ。
だったらなおのこと、「ゆる」は何に許しを乞うているんだろうか。
俺は、「許しを乞う」という行為は攻撃から身を守るためのものだと思ってる。これは明確な持論であって、どこかからの受け売りなんかじゃない。例えば許しを乞う時は、悪役が銃を突きつけられたり、無垢な子供が肩同士をぶつけてカツアゲにあったり、(俺は大学生なのでよく知らんが)なんか仕事でミスしたりとか……そういう時だ。「これ以上は俺に危害を加えないでくれ」という降参の意思表示、とも言い換えられるだろう。
だとすると、だ。
この状況を整理すると、「ゆる」は「ヒロシ」に降参している――『「ゆる」に危害が及ぶので、「ヒロシ」が酷い目に遭う小説を蒐集するという精神的自傷行為をやめさせようとしている』ことになる。
……うーむ。
「ヒロシ」の謎の感謝だけならば、「ヒロシ」がドMだからということで無理矢理片付けてしまえる。けど、そこに「ゆる」の行動が重なるとまるで訳がわからない。
俺の論理的思考に間違いはない……はずだ。そこから間違っているとしたら、それこそ手に負えない。
それでも無理やり考えると、例えば「ゆる」と「ヒロシ」には、何かしらの因縁がある……とか。その因縁があるために、「ヒロシ」のこの行為は「ゆる」を明確に傷つけるものとなる、とすれば……いや、どんな因縁だ。
「……訳わかんねえよな」
俺でも分かる。あまりにも無理筋だと。無理が通れば道理が引っ込む、ということわざはあるが、こんなの引っ込むどころじゃない、破綻だ。
だから、多分「ヒロシ」と「ゆる」の関係性を調べるのが第一だとは思うんだが……流石にこれだけの情報じゃ厳しい。2人とも、SNSへのリンクは無いし。
何となく諦めきれなかった俺は、SNSを開いて試しに検索をかけてみる。大体WEB小説家なんてのは承認欲求の塊だ、検索すれば何かしらは出てくるだろう――という読みだ。「ホラー小説」とか、「ヒロシ ゆるして」とか、そういうワードで色々検索してみるが……。
「……まあ、出てこないか」
ということで――詰み。
悔しいが、これ以上は俺は、投了するしかなさそうだった。
何かしら創作の糧になれば……とは思ったが、どうやら期待外れだったみたいだ。
ま、良い暇つぶしにはなったけど。
スマホの電源を消す。腹が減っているのに気がついたので、とりあえずスーパーで安売りしていたクッキーでも食べようと部屋を出る。
戻ったら、また執筆するか……折角だし、他のヒロシホラーを暇つぶしに読んでみても良いかもしれない。中々に面白いのもあったし、他にも、もしかしたら期待できるモノがあるかもしれない。
つづく
