子どもが幸せな社会はここにある「デンマークのすごい教育」について。
工藤勇一先生がXで紹介されていたこちらの本を読んだ。
デンマークは、経済力と幸福度のどちらも高い国である。
「ビジネスの効率性」は日本51位に対して6年連続1位。
「世界競争力」は日本35位に対して世界4位(2022~2023年は1位)。
「1人あたりのGDP」は日本の2倍。
さらに、幸福度ランキングでも、デンマークは世界2位でトップ3の常連である(ちなみに、日本は55位。いずれのランキングも2025年)。
なぜ北欧の小国でこんなことが可能なのか。
その秘密はデンマーク流の教育にあった!
デンマークの学校では、宿題も定期テストもない。
入試がないから塾もない。
そんな「競わせない」「比べない」独自の教育で、なぜ個々の才能がぐんぐん伸びるのか。
デンマーク在住25年の著者が、自らもかの地で子育てをしてわかった、経済力も幸福度も高まるデンマーク流の教育のすごさを明らかにする一冊。
この本は「デンマークの教育、こんなスゴイんだぜ!」という自慢話ではない。
教育システム云々の前に、「人生とは?」を考えさせられる本だった。
私はこの本を読みながら、何度も涙を流した。
それはきっと、自分自身の人生の事や、親としての葛藤の全ての答えがここにあった気がしたからだ。
ずっと苦しかった
私は小学校入学直後から学校が大嫌いだった。
何で決められた時間に登校して、ずっと座って授業を聞いていなければいけないのか?よく分からなかった。
授業中も、謎にボールをぶつけられるドッジボールも。
全てが嫌で仕方がなかった。
小学校、中学校、高校…と年齢が上がるにつれて、特に行きたい大学もなく、目指してる仕事もなく、時代は就職氷河期が続いていた。
空白期間を作る事もできない空気だったので、「就職内定率の高さ」が売りの短大へ進学し、無難な事務職の仕事に新卒で入社した。
次から次へと節目がやってきて、立ち止まる事は許されない。
「自分は本当は何がしたいのだろう?」と考える暇もない。
その後2回転職をしたけれど、空白期間も1回目は2ヵ月、2回目は0日。
ゆっくり考える暇もなく、絶えず「自分の所属する組織」のルールに沿って毎日が過ぎていく。
そのベルトコンベヤーに乗せられたような日々に限界を感じて、去年長かった正社員生活から離脱した。
それに比べてデンマーク。
デンマークでは、「就学のタイミング」すら子どもの発達次第で早くする事も、遅くする事もできるそうだ。
更には義務教育を9年間受けた後に、1年延長する事もできる。
更に高校卒業後はすぐに大学等へ進学せず、「ギャップイヤー」を取る子どもも多い。
学校という学びの環境から少し距離を置いて、誰かの評価軸で生きるのではなく、自分でやりたいことにじっくり向き合ったり、独立準備のためにアルバイトをしたり、旅行をしたり、好きなことをするなど、自分の評価軸で生きる時間を持ちます。
2023年のデータだと、高校を卒業した学生で、1年以上のギャップイヤーを取った人は86%、つまり、そのまま大学などに進学した人は14%しかいません。さらに、3年以上のギャップイヤーを取った人は43%となっています。
デンマークでは、幼児や子ども時代、若者時代にもたっぷり時間を取りながら、その年齢、その年代だからこそやりたいこと、できることを思う存分楽しめる時間があります。
その時にやりたいことをやり尽くせるからこそ、次のステップにも思い残すことなく進むことができるのです。
これじゃない?
多くの日本人の悩みの根源、ここにありじゃない?
「自分は本当は何がしたいのか?」って、若者どころか40代、50代になっても悶々と考えている。
今になって、大企業を中心に「サバティカル休暇」の導入が広がっている。
だけど、子どもの世界は?
乳児期から「余白」がなく、4~5歳になれば「入学準備」、3~4年生に
なれば「中学受験」って、次から次へと余白を奪われている。
ベルトコンベヤーに乗せられた人生に苦しかった私が、子どもの事となると背伸びさせてしまう事が多々ある。
複雑な気持ちになり、泣けてきた。
遊びで問題解決を学ぶ
本全体を通して、何度も「遊び」の重要性の話が出てきた。
デンマークでは、多くの家庭が共働きのため日本と同じく乳幼児から集団生活が始まる。
だけど幼稚園で「先取り教育」的な事は一切しない。
もちろん、幼児教室と言う名の習い事もない。
とにかく、とことん遊び倒すそうだ。
遊びを通して、子どもたちは交渉、妥協、そして衝突した時の解決方法を学びます。
遊びの中からまた次の遊びが生み出されていき、子どもたちは常に互いに変化についていくことを強いられます。
子どもは、他人の遊びを観察している時にも多くのことを学びます。
遊びには決められたルールはあるけれど、独自のルールを作ることも知り、楽しみながら、まわりのみんなも遊びに引き込み、遊びを発展的に続けるための知恵も学びます。遊びを通して、子どもは実に多くの社会的スキルを学ぶのです。
これにはとても共感した。
我が家の子供達は、放課後の殆どの時間を公園遊びに使っている。
その様子を覗いてみると、「鬼ごっこ」でもやる/やらない、次は新しいルールを入れてみよう・・など、独自の発展をする場面を見かける。
それは確かに、「民主的なプロセス」を学ぶ為にはもっとも生きた教材だと思う。
子供は大人が近くにいると、何かトラブルがあったときに、大人にジャッジを求めてくる。
うちの子だけではなく、日本の子供はそういう子が多いのではないかと思う。
大人にジャッジをしてもらう事はとても簡単だ。
でも、それでは自分で考えることができないし、人と話し合って妥協点を見つけると言うスキルはいつまでも身に付かない。
そもそも、日本人の多くは大人も含めそのスキルが低いのでは?
敵か味方か?
好きか嫌いか?
議論ではなく感情論になってしまうことが多いように思う。
これは、自由時間の少なさやに加えて、あらゆる日本の教育施設に些末で細かいルールが溢れているせいなのかもしれない。
それに前述の通り、日本では幼稚園入園から大学卒業まで殆どの子が「切れ目なく」続いていく。
3月31日まで保育園児だった子どもは、4月1日から小学1年生になる。
1日も切れ目がないという事は、ずーっと「どこかの組織に属してる人」であり続けるという事。
新卒で企業に入社すれば、そのまま60代以降で「組織に属する人生」が続いていく。
となると、その組織のルールに身をゆだねる事が多い。
これが「自分で考える力」を奪っているのかもしれない。
国連から勧告を受ける
日本では子どもの自由時間が減っている。
著書で紹介されていた、NPO法人PLAYTANKのアンケート調査によると、日本の子どもで放課後に2時間以上外で遊ぶ子どもはわずか9%らしい。
因みにシニア世代に「子どもの頃の外遊び時間」を来た所、2~3時間と答えた人は44%で最多だったらしい。
日本は国連から再三にわたり、子どもの権利条約第31条で規定している「遊ぶ権利・休む権利」を侵害していると指摘され、勧告を受けているそうだ。
国連子どもの権利委員会の「最終所見」にみる日本の子どもの健康課題の特徴。
そりゃあそうだろうよ。
ずっと変だと思っていた。
中学受験の為に、まだまだ発育途中の小学生が夜9時どころか10時を過ぎても塾にいる事。
夕食を家族で囲む事すらできない事。
休日も、夏休みも、陽の光を浴びずにビルの中で1日を過ごす事。
「子どもの権利」が無視されている事に、ずっとモヤモヤしていた。
その一方で、そんなモヤモヤは呑み込んで「良い中学」「良い大学」へ進むのが、令和になっても「良い人生」なのか?
と、葛藤していた。
でもやっぱり変だ。
「世界」から見たら、日本はオカシイのだ。
この不自然な生き方をした代償について、P197に著書の見解が述べられていた(電子版はズレているかもしれない)
私はその言葉がグイグイと刺さりすぎて、涙が止まらなかった。
きっと私達はみんな、消火不良なのだ。
「あ、面白そう」と、心が動いた事に対して立ち止まる時間がない。
テストが、受験が、就職が…と。
この本を読んだからと言って、「じゃぁうちは中学受験は絶対ナシで!」と割り切れるワケではない。
だけど、やっぱり「今ここ」を大切にしたいと思う。
特に子どもについては、貴重な子ども時代を邪魔しない親でありたいと思う。
全くまとまりのない話だけど、とにかく一読してみてほしい←雑な締め方(笑)
立ち読みでも、図書館でも、勿論このリンクからでも、何でも良いので手に取って見てほしい。
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〈あとがき〉
そもそも、最近のビジネス書界隈は「休暇ブーム」ではないでしょうか?
大人に向けてはこんなに「休暇、休暇」と騒いでいるのに、子どもはどうした?
夏休みに22泊23日の受験合宿を開催しちゃうという、逆行ぶり(笑)
子ども時代をどう過ごすのか?が、その後の人生に大きく影響する事を痛感する1冊でした。
今日も有難うございました。
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