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「頭がいい」って何? 曖昧さが生む大人も子供も生きづらい社会。

1人で過ごした祝日
私は、大好きな丸善本店でこちらの本を衝動買いした。

発売日は2026年2月3日。
1日1冊本を読み、毎日ブクログの新刊情報をチェックして、週に2~3回大小問わず書店へ行くのに、「完全にノーマーク」だった本と著者。

帯に書かれたこの一言で思わず手に取り、購入してしまった。

評価され続ける社会は生きづらい

本の帯より

そうなんだよ。
働いても、働いていなくても。
電波の届かない無人島にでも行かない限り、何かと評価がつきまとう昨今。

私は購入した当日に一気読みした。
この本は一言で言うと、「脳内対話が止まらない本」だった。

「頭がいい」というザックリとした言葉の意味を一緒に考えたり、新たな問いを投げかけられる楽しさを味わいたい方に是非おすすめしたい。

因みに私は学生時代の成績は小学校から高校卒業まで一切振るわず…。
就職率の高さだけを誇る短大へ進学した、世の中的には「頭が良くない界隈」に生息する専業主婦だ(笑)

そんな私が、この本と対話した事の一部をご紹介したいと思う。


「頭がいい本」ブームの対象者


2000年に「バカの壁」という本が大ベストセラーになった。
その後、日本では四半世紀に渡り「頭がいい」と名の付く本が続々と出版されてベストセラーになっているようだ。

確かにその日、私がこの本に出会った丸善本店1階の一番目立つ「話題の書」コーナーには、沢山の「頭がいい〇〇」という本が並んでいた。

だけど、そもそも「頭がいい人」ってどんな人なの?

それがこの本の問いだ。


この「頭がいい本ブーム」は大人のみならず、子ども向けの本の世界でも2010年頃から増えてきているそうだ。

この本の中に掲載されていた、子供向け「頭がいい本」のタイトル。

・頭のいい子を育てるおはなし366
・本当の「頭のよさ」ってなんだろう?
・頭のよさはノートで決まる
・1日15分の読み聞かせが本当に頭のいい子を育てる

著書から抜粋

あ、耳が痛い…。

この中に列挙された本は持っていないけれど、似たようなタイトルの本を購入した事がある。
それに、書店に並んでいたら「つい、手に取ってしまう」と思う。

大人向けの「頭がいい人本」は、正直ちょっと手に取るのが恥ずかしい。
だけど子供向けの「頭がいい子に育つ…」は、躊躇なく手に取っている。

その差こそが、「頭ワルイ界隈」に生息しているクセに「子どもには期待してる親だ」という事を自覚させられた気がして急に恥ずかしくなった。

マイッタ!

この本の中で著者は、『本当の「頭のよさ」ってなんだろう?』を読んでみた感想をこう書かれていた。

中高生向けに書かれたという「本当の「頭のよさ」ってなんだろう?」ですが、読んでみるとなかなかハードルが高いことに驚かされます。

テストの点数が取れるのはただの秀才であり、学校を出たあとは勉強ができることから、社会に適応できることが「頭のよさ」に切り替わるとのこと。
身体能力の高さも頭と身体を巧みに連動させられる意味で「頭のよさ」の一種であり、先が読める能力も「頭のよさ」、自分や他人を上機嫌にするのも「頭のよさ」、といった具合に、さまざまな能力が「本当の頭のよさ」に回収されていく.....。こんな人どこにいるの・・・・・・・。

うがった見方をすると、「社会に適応できる人間=本当に頭がいい」という主張だと言えますが、心・身体・性格まで含めたあまりにも全人的な能力を子どもに求めてはいないかと心配になってしまいます。

著書より

わぁ、ハードル高い…。

でも、何となく分かる。


そう言えば、2000年代後半。
私がまだSEとしてシステム開発の現場にいた頃の事。

その年に同じ部署に配属された新卒社員3人のうち1人が「東大卒」だった。現場では配属前から「東大卒が来るらしい!」とはしゃいでいたけれど、イザ配属されてみたらちょっとメンタルが弱い子だったのか、配属されて1週間もしないうちに出社できなくなり退職してしまった。

私はその人と全く接する事もなく、遠巻きに見ていただけだったので詳細は分からないけれど。

事前に「東大卒が来る!」と盛り上がっていた事もあり、出社できなくなってからは「勉強はできても社会では通用しない」とか「東大卒なのに大した事ない」みたいな悪評があちこちから聞こえてきた。

その当時は、私も何となく同調していたのかもしれない。
だけどこうして月日が流れて今振り返ると、強い違和感を感じる。
勝手に「東大卒が来る」って期待値上げておいて、色眼鏡で見て評価する…って何様のつもり?…と。

メンタルが弱かろうが何だろうが、「東大を卒業できた」という事は事実なワケだし。
つまるところ、皆「求めすぎ」というヤツだ。

日本の定義はごちゃ混ぜ


本の中で、海外では「頭がいい」に相当する表現はあるのか?を掘り下げていた。

例えば英語ではこんな表現が紹介されていた。

smart:賢い、機敏、実用的知恵
intelligent:論理的、高度な知性(IQ寄りの知性)
brilliant:抜群の才能、優秀さ
clever:機転が利く、創造的な賢さ

著書より

こうして並べてみると、英語では4つの単語それぞれでカテゴリー分けできるのに日本では、ごちゃ混ぜになっていないか?と。

つまり、テストで高得点を取れることも「頭のよさ」、仕事が速いのも「頭のよさ」、波風立てずに場をおさめることができるのも「頭のよさ」。
そんな風に学力や洞察力、器用さ、コミュニケーション力までも、あらゆるものがまぜこぜになった「頭がいい」という概念が存在している。
(中略)
さらに言えば、「頭がいい」は「評価者」の立場によって意味が変化するところも私達を混乱させる一因になっています。

著書より

うーん、やっぱり曖昧だ。

更に言えば「勉強ができる」についても、何をもって勉強ができると言うのか?という問いもあるよね…と、私は考えた。

計算が速い事?
国語の教科書の物語文から、筆者の気持ちがわかる事?
読解テストで「出題者の意図」を読み取って回答できること?
歴史の年号や元素記号など「暗記」が得意な事?
教科書に書かれている説明を鵜呑みにしない事?
外国語が2か国語以上話せること?
タイピングが速い事?
プログラムが書ける事?
批判的思考がある事?
大人が喜ぶ「良い子像」に染まれる事?

私の頭の中

ダメだ。
止まらん…!

もうね。
何が「良い」のか分からない。

評価軸も曖昧、評価する人によっても曖昧。
そんな「頭がいい」という幻の人物像に、ついつい引き寄せられてお金を落としてしまうという構造。

こんな曖昧な指標に大人どころか、子どもまで振り回されているなんて。
そりゃぁ子どもも不登校やら、引きこもりやら、色々と心が病んでしまうのも仕方がないよな…と、妙に納得してしまった。


この本の後半では、こんな生きづらい世の中を生き抜くためのヒントが示唆されていた。

この本を読んでも、大多数が「頭がいい」という幻想を追い求めている事に変わりはなく、突然「生きやすくなった」と思えるワケではない。


だけど私のように「世間で評価が高そうなもの(バリキャリ、学歴)」に対して若干ひねくれた目で見てしまうタイプの人間(笑)にとっては、ウンウンと共感できる点が多い本だった。

〈あとがき〉
本の主題は勿論ですが、本編以外のコラムで「圧巻の佐藤ママ講演会の謎」というページがあり、こちらがかなり興味深くて買った…というのも本音です。またどこかで紹介したいと思いますが、あの佐藤ママに対する世の中の「ニーズ」を冷静に分析してる点がめちゃくちゃ面白かったです。

今日も有難うございました。


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