「Solaria 第二話|衝突の先にある光」
ー 春の朝 ー
星ヶ丘学園へ続く桜並木の坂は、いつもよりざわついていた。
「ねえ、見た?」「すごくない?あの子……」
登校してくる生徒たちが、坂の途中で足を止めている。
自然とできた人だかり。その中心に
音があった。
靴が地面を打つ、乾いたリズム。
鋭く踏み込む一歩。
空気を裂くようなターン。
ひなたは、人の隙間からその光景を見つけた。
視線が、奪われる。
息を呑むほど鋭く、けれどしなやか。
まるで音楽そのものが身体を持ったみたいに、その少女は踊っていた。
周囲のざわめきが、次第に消えていく。
ただ、その動きだけが世界を支配している。
ひなたは、思わず足を止めた。
「……なに、あれ」
そこにいたのは、一人の少女だった。

肩までの髪が、回転に合わせて軽やかに跳ねる。
踏み込むたびに、空気が震える。
最後のステップ。
強く、鋭く??
ピタリと止まる。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「……っ、すご……」
誰かが呟いた。
それをきっかけに、空気が一気に戻ってくる。
ざわめき。ざわめき。ざわめき。
その中心で、少女はゆっくりと顔を上げた。
ひなたと、目が合う。
「……見てた?」
その声は、少しだけ息が上がっていて、それでもどこか挑むようだった。
「う、うん……すごかった……!」
ひなたは思わず前に出る。
「ねえ、今のダンス……どこで習ったの?」
少女は、ふっと笑った。
「スペイン」
「え?」
「向こうでずっとやってたの。フラメンコとか、ストリートとか」
一歩、ひなたに近づく。
「で、あなた」
視線がまっすぐに刺さる。
「この前、屋上で歌ってたよね?」
ひなたの心臓が跳ねた。
「……見てたの?」
「ちょっとね」
少女は腕を組む。
「正直に言うと」
一瞬、間。
「中途半端」
その一言が、空気を変えた。
「……え?」
ひなたの笑顔が、固まる。
「楽しそうだったけど、それだけ」
少女は続ける。
「“やってみたい”って顔。悪くない。でも??」
ぐっと距離を詰める。
「それじゃ、何も届かないよ」
胸の奥に、何かが刺さった。
「あなたたち、“スクールアイドル”やるんでしょ?」
「……!」
「だったら、遊びじゃ無理」
はっきりとした声。
逃げ場なんて、どこにもない。
「本気じゃないなら、やめたほうがいい」
風が、吹いた。
桜のつぼみが揺れる。
ひなたは、何も言えなかった。
昼休み。
屋上。
「その子、絶対やばいよ」
しおりは腕を組んでいた。
「レベルが違う」
「でもさ!」ひなたが食い下がる。「すっごいんだよ!?あのダンス!」
「だからこそ言ってるの」
しおりの目は冷静だった。
「私たち、今どのレベルだと思ってるの?」
言葉が、刺さる。
「……」
「正直、趣味の延長。部活ですらない」
静かに、しかし確実に現実を突きつける。
「そんな状態で、あの子と並べる?」
風が吹き抜ける。
さくらが、小さく口を開いた。
「……でも」
4人の視線が集まる。
「悔しかった」
その一言。
「……私、歌うの怖いけど……でも……」
ぎゅっと手を握る。
「あの人の言ってること、少しわかる気がする」
ゆいが優しく頷いた。
「うん。私も」
「楽しいだけじゃ、足りないってことだよね」
沈黙。
そのとき――
「話、まとまった?」
声がした。
振り返る。
そこにいたのは、あの少女。
風を背に、立っている。
「……あなた」
しおりが一歩前に出る。
「勝手に来ないでくれる?」
少女は気にした様子もなく歩み寄る。
「で、どうするの?」
ひなたをまっすぐ見る。
「やるの?やらないの?」
ひなたは、拳を握った。
「……やるよ」
顔を上げる。
「本気で」
一瞬、少女の目が細くなる。
「へえ」
「だから、教えてほしい」
その言葉に、しおりが息を呑む。
「ひなた……?」
「このままじゃダメなの、わかってる」
真っ直ぐな目。
「でも、やめたくない」

風が強く吹いた。
桜の花びらが、ひらりと舞う。
少女はしばらく黙っていた。
やがて、口元がわずかに上がる。
「いいよ」
全員が驚く。
「ただし」
指を一本立てる。
「甘えはなし」
一歩踏み出す。
「私、手加減しないから」
「……!」
「泣いても、逃げても、止めない」
強い視線。
「それでもやる?」
ひなたは、即答した。
「やる」
その声は、震えていなかった。
しおりが、小さく息を吐く。
「……はあ」
髪をかき上げる。
「そこまで言うなら、付き合う」
「しおり!」
「勘違いしないで」
少しだけ照れたように目を逸らす。
「やるなら、ちゃんとやるだけ」
ゆいが微笑む。
「じゃあ、決まりだね」
さくらも、小さく頷いた。
「……うん」
少女は、4人を見渡す。
「いい顔してるじゃん」
そして、名乗った。
「橘あかり」
太陽みたいに、強い笑顔。
「今日から、よろしく」
その瞬間。
何かが、始まった。
放課後。ダンス練習室。
鏡張りの空間に、5人の姿。
「まず基礎から」
あかりの声が響く。
「リズム、甘い。姿勢、崩れてる。視線、弱い」
次々と飛んでくる指摘。
「もっと踏み込んで!足音で伝えなさい!」
「ひなた、元気だけじゃダメ!軸がぶれてる!」
「さくら、声出して!逃げない!」
息が上がる。
足が震える。
それでも――
止まらない。
止められない。
「もう一回!」
何度も、何度も繰り返す。
汗が床に落ちる。
呼吸が荒くなる。
それでも、誰も「やめたい」とは言わなかった。
夕暮れ。
練習室の窓から、オレンジ色の光が差し込む。
5人は、床に座り込んでいた。
静かだ。
でも、不思議と心地いい。
ひなたが、ぽつりと呟く。
「……楽しい」
あかりが、少し驚いた顔をする。
「え?」
「めちゃくちゃキツいけどさ」
笑う。
「でも、今までで一番楽しい」
しおりも、小さく笑った。
「……否定できないわね」
ゆいが頷き、さくらも照れながら笑う。
あかりは、少しだけ視線を逸らした。
そして、小さく言う。
「……バカだね」
でも、その声はどこか優しかった。

帰り道。
坂の上から見える街の灯り。
まだ揃いきらない5人の歩幅。
それでも、同じ方向を向いている。
「絶対、輝こう」
ひなたの言葉に、
「当たり前でしょ」
あかりが答える。
その目は、まっすぐで、熱かった。
こうして。
Solariaは、5人になった。
遊びじゃない。
本気でぶつかり合う場所。
それでも、進む。
その先に、光があると信じて。
ー もうひとつの夜 ー
自宅の扉が閉まる。
静かな部屋。
あかりは、鞄を床に置いたまま??
制服のまま、ベッドに腰を下ろした。
「……はあ……」
長く息を吐く。
そのまま後ろに倒れ込むこともなく、前かがみの姿勢でスマホを取り出した。
画面に映る、ひとつの名前。
スペインにいた頃。
同じ学校で過ごした、2つ年下の女の子。
指が、少しだけ止まる。
そして… 動いた。
打ち込まれていく言葉。
「わたし、日本でスクールアイドルをやることになったんだ」
少しだけ、考える。
今日の光景がよみがえる。
ひなたの目。
あの真っ直ぐさ。
もう一度、指が動く。
「スペインで見てきた、あの熱い瞬間を」
一瞬、言葉を選ぶ。
そして、静かに打ち込む。
「歌に乗せて、いつか届けられたらいいなって思ってる」
送信。
小さな電子音。
既読は、まだつかない。
あかりは、スマホを見つめたまま、小さく笑った。
「……負けないから」
誰に向けた言葉かもわからないまま。
ただ、その瞳には
確かな火が灯っていた。
第二話 衝突の先にある光 (終)
▶ Solaria 第三話|
― バラバラのリズム ― へ続く
