第3章― 三角青輝は「善く戦う者」か ―『日本三國』を孫子で検証― データを持つ者ではなく、その意味を読み、行動に変える者が勝つ
第3章― データを持つ者ではなく、その意味を読み、行動に変える者が勝つ
※この記事では、漫画『日本三國』の内容に触れています。未読の方はご注意ください。
データがあればいいというものではない
「彼を知り己を知れば、百戦して殆うからず」は、おそらく孫子でもっとも有名な言葉でしょう。
この言葉はしばしば、「敵に関する情報をたくさん集めれば勝てる」という意味に理解されがちです。しかし、現実はそう単純にいきません。
兵数、装備、配置、発言、行動といった個々の事実を「データ」とすると、複数のデータを結びつけ、そこから戦況や相手の意図を読み取って初めて「情報」になります。データは、集めただけでは「情報」にはならないし、戦況を教えてもくれません。
たとえば、敵軍が自軍より多いというデータが斥候からもたらされたとしましょう。これだけで敵が強いと判断できるでしょうか。
反対に、敵軍の兵数が少ないことをもって、余裕ぶっこいてもいいのでしょうか。
謀攻篇で孫子が説いているのは、敵の兵数や配置などのデータを知っているかどうかだけではありません。
それらが戦場で何を意味するのかを判断し、情報へと組み立て、判断と行動に活用する「能力」なのです。この時に、整理して判断すべき項目の例として、以下の五つが挙げられています
戦うべき時と、戦ってはならない時を判断できるか。
兵力の多寡に応じた用兵ができるか。
上下が同じ目的に向かっているか。
自軍が十分に準備されているか。
有能な将軍に君主が余計な干渉をしていないか。
これに照らせば、例えば敵が大軍だったとしても、
指揮系統が分裂しているかもしれない。
補給が続かないかもしれない。
将兵が戦争の目的に納得していないかもしれない――。
こうした要素を判断材料に加えたら、結論は変わる可能性があります。
反対に、兵数が少なくても、地形を利用し、目的を共有し、指揮官への信頼が厚ければ、強大な戦闘力を持っていることだって考えられます。
賀来が残した手がかり
聖夷西征における賀来泰明と三角青輝の関係は、この点で興味深いものがあります。
金沢出兵前の軍議で、守山記室令は聖夷への帰順を進言し、福井の織田へ流罪となりました。
さらに賀来は、出征に際して青輝に意味深な言葉を残しました。青輝に何をしてほしいのかを具体的には語っていません。
青輝に残されたのは、断片的な言葉と、すでに起きた出来事、状況だけです。
守山が聖夷への帰順を進言した。
その結果として織田へ流罪となった。
流人一人の護送としては不自然な数の兵が同行した。
賀来が出征直前に「薪に臥して天を諭すべし」と告げた。
そして、軍を撤退させるには帝の勅許が必要である。
一つ一つのデータを単独で見ても、作戦の全体像は見えてきません。青輝はこれらを文脈として結びつけ、賀来が聖夷の策を警戒し、万一の場合には織田への偽装撤退を勝機へ変える準備をしていたのだ、と、芳経をして「変態」と言わしめた異能を発揮して読み取ったわけです。
ただし、賀来の真意を理解し、そのまま説明するだけでは帝は動きません。というより、動きたくても自由には動けません。藤三世には勅書を出す地位と権限がありますが、国家の実権を握る平殿器が目の前にいる以上、それを自由には行使できません。
だから青輝は、賀来の真意を、帝が平殿器の反対を押し切ってでも意思決定できる論理へと昇華し、藤三世の決断を迫ったのです。
こうして帝が勅書を出したことでやっと、青輝の読みは国家の正式な命令となり、初めて戦場を動かす力を得ました。
なぜ「手がかりだけ」なのか
では、なぜ賀来は、ここまで回りくどい方法を取ったのでしょうか。
ここで用間篇が関係してきます。
軍の内部に敵の間者が入り込んでいる可能性を考えれば、作戦の全体像を明白な言葉で伝えることはできません。
もちろん、賀来が実際に間者の存在を把握していたかどうかは、作中からは断定できません。しかし敵国への出征に際し、情報が何らかの経路で漏れる可能性を想定するのは軍師として当然です。
実際、聖夷側もその後、大和軍に撤退の勅書が出たというデータ自体は把握していました。これは大和軍内部に間者がいた証拠ではありませんが、敵が大和軍の動向を探る何らかの情報網を持っていたことは示しています。
もしここで賀来が青輝に
「聖夷の策が成功した場合には偽装撤退を行い、織田へ誘い込む。その時には守山の護送兵を伏兵として使う。この作戦のため帝から撤退の勅書を得よ。」
などと新人研修のように懇切丁寧に説明していたら、賀来は敵軍に作戦計画書を配布したのも同じです。
賀来の残した手がかりは暗号に似ています。
しかし、この手掛かりは、あらかじめ共有された解読表や鍵がある暗号とは違い、読み解く鍵は青輝が持つ知識、賀来への理解、複数の出来事を文脈として結びつける洞察力、そして賀来の青輝への信頼でした。
情報を読む条件の非対称性も、戦力差になる
もちろん、敵側に青輝と同等のデータと理解力を持つ人物がいれば、読み解かれる可能性はあります。しかし、周到に用意した暗号だって解読されることはあります。そう考えると、青輝ほどの異才が、必要なデータと文脈まで携えて敵側にいる可能性は低いと賀来が見積もったならば、これは十分に合理的です。
つまり賀来は、青輝という傑物がいるかいないかという、味方と敵の、データと文脈の「理解力の非対称性」を利用したと考えられます。
用間篇は、
微妙にあらざれば、間の実を得ること能わず。
と説きます。
ここでいう「微妙」とは、現代語の「ビミョー…」とは異なり、精緻で奥深いという意味です。
そして、孫子がここで「微妙」であることを求めているのは、間者を使う側です。
間者を置き、報告を受け取っただけでは、敵の実情を知ったことにはなりません。その報告がどこまで正しいのか、誰の意図が介在しているのか、何が語られ、何が隠されているのかを見抜かなければ、「間の実」を得ることもできません。
賀来が想定した「理解力の非対称性」は、見事に狙いどおりでした。
そしてこの非対称性は、賀来の手がかりの解釈だけでなく、青輝が起こした実際の作戦に対する読みにも表れます。
それが「撤退の勅書」に対する理解です。
前述の通り、聖夷側も大和軍に撤退の勅書が出たというデータ自体は把握していました。
データは正しかったのに、聖夷側は、傀儡の藤三世を説得し勅書を出させたのは平殿器であり、撤退の目的も平殿器の政治的な思惑にあると推測しました。
そして、偽装撤退の可能性を排除し、大和軍を追撃して織田へ向かうこととなりました。
聖夷側の読みは、結果として間違っていたとはいえ、一応の合理性を持っていたと思います。「並」の軍師ならそう判断するのが妥当でしょう。
違ったのは、複数のデータを説明する力と、その後の展開を予測する正確さ、そしてこれらを併せ持つ青輝という存在です。
正しいデータを得ることと、そこから正しい情報を作ることの間には、これだけ大きな開きがあり、小さな読みの違いが取り返しのつかない結果を招くことになるのです。
軍略監査所見
賀来はデータを残しました。
青輝は、それらを情報に組み直し、藤三世が決断できる論理を組み立てました。
そして藤三世は決断し、国家の命令に変えました。
一方、聖夷側もデータを得てはいたものの、その意味を読み違え、誤った情報として理解しました。
データを持っているだけでは勝てません。データを情報へ変え、情報を決断へつなぎ、決断を行動へ移したとき、初めてそれは兵力になります。報告書は、読まれただけでは敵を倒せません。しかも読み間違えると、倒れるのは味方です。
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