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AC✖️HSPの私が、「タコピーの原罪」について考察する中で、改めて「ドラえもん」についても考えたこと

やまねです😊

前回の記事でもご紹介しましたが、先日ブログ版「Slow🌱growth」にて、「タコピーの原罪」の考察記事を公開しました!

👇ブログ記事はこちら
AC✖️HSPの私のアニメ考察|「タコピーの原罪」について考えてみたっピ

その記事の中でも書いたのですが、「タコピーの原罪」は「ドラえもん」との共通点がたくさんあって、タコピーは現代のドラえもん的なキャラクターとして描かれているんですよね。

主な共通点としては、土管のある空き地が重要な場所として出てくるところ、メインキャラクターの名前が「しずかちゃん」であること、タコピーは異世界(ドラえもんは未来だったけど、タコピーは他の星)からやってきた存在で、ハッピー道具というアイテムを出してくれるところ等があり、ドラえもんを知っている人なら誰でもドラえもんを連想してしまうような作りになっているんです。

ブログの記事では、「ドラえもん」との関係性について掘り下げて書く余裕がなかったのですが、これは結構重要なモチーフかなと思ったので、今回はnoteでその点について書いていきたいと思います。

👇タコピー関連の前回のnoteの記事
AC✖️HSPの私が『タコピーの原罪』を考察したことをきっかけに、8月の終わりに聴きたくなった音楽4選

現代のドラえもん「タコピー」

ドラえもんとタコピーの共通点と違い

ドラえもんでは、のび太がドラえもんに泣きついて道具を出してもらって、自分の困りごとを安易に解決しようとするというのがお決まりのパターン。

「タコピーの原罪」の中のドラえもん的存在タコピーも、ドラえもん同様道具を持っています。
タコピーはハッピー星から地球へ来た異星人で、ハッピーを広めるという使命を持っています。
ハッピー道具は、ハッピーを広めるための道具で、使った人がハッピーになるはずのもの。

しかし、「タコピーの原罪」の話は、タコピーが、しずかちゃんにハッピー道具を貸してあげようとしたら、「そんなものを使っても結局何も変わらないから」と拒絶されるところからスタートします。

というのも、しずかちゃんは、家庭内での孤独、学校のいじめなど現実の世界に完全に絶望している状態。

だから、タコピーのハッピー道具を見ても、そこに何の希望も見出せず、のび太のように「この道具があったらうまく行くぞ!」みたいな期待が全く持てなくなっているんです。

タコピーは現代に降り立った「ドラえもん」の再生記

そして、話が進む中で、ハッピー道具が活用される場面も出てきますが、使えばハッピーになるという本来の目的からは程遠い形。

そこで、ハッピーの化身であるタコピーは戸惑いながらも、それでもしずかちゃんの側に居続けることで、自分なりの答えを探していくという展開になります。
言わば、現代に降り立った「ドラえもん」の立ち直りを描いた再生記ですね。

そもそも「ドラえもん」とは何か?

「ドラえもん」へのアンチテーゼという声も多いようだけど・・・

ブログ記事を書くにあたって、タコピーについての考察とかを色々読んだり視聴したりすると、やっぱり「ドラえもん」について言及されていることが多かったです。

そして、「タコピーの原罪」は、「ドラえもん」に対する痛烈な批判という論評が結構多かった印象。

実際に作者のタイザン5先生がどう考えていたかは、インタビューなどを見つけられなかったのでわかりませんが、私としては「ドラえもん」へのアンチテーゼというよりは、現代におけるドラえもんの続きを描いたもの、再生記として位置付けた方がしっくりくるなと思いました。

大人になって気づいた「ドラえもん」のメッセージ

ドラえもんって、「あんなこといいな、できたらいいな、不思議なポッケで叶えてくれる」という歌詞にもあるように、道具で悩みを解決してハッピーにしてくれる的なイメージがありますよね。

でも、実際に漫画を読んでみると道具を出した後、一瞬面白可笑しく悩みが解決できたように見えて、結局思わぬ落とし穴が待ち構えていて、ハッピーには終わらないんですよ。大体、困ったことになってます。

漫画だからオチとしてそういう話になっている面もあるかと思いますが、でもこれがほぼ毎回のパターンなので、道具でハッピーになるという話ではないんですね。

ドラえもんが始まったのは、もう55年も昔。
その当時は科学技術の発展した明るい未来を誰もが信じていたんじゃないかと思いますが、そんな時代背景にありながらも、藤子・F・不二雄先生が描いていたのは未来の道具で簡単にハッピーになれるってことではなくて、その反対。

未来の道具、科学技術だけで、安易に問題は解決しないし、人間はそんな簡単に幸せになれるわけじゃないってことだったんじゃないかなと思います。

そう考えると、藤子不二雄Ⓐ先生の「笑ゥせぇるすまん」と展開はほぼ一緒ですね。

子どもの頃は、ドラえもんの道具の魅力に夢中で、どちらかというとハッピーな側面に気持ちが向いていましたが、大人になった今、改めて漫画を読むと根底にあるのは「心の隙間」への「ドーン!!!」という警笛なのかなと思います。

だからこそ、「タコピーの原罪」は「ドラえもん」へのアンチテーゼというよりは、現代にドラえもんが降り立ったとしたらという設定に始まる再生記と考えた方がぴったりなんじゃないかなと思ったわけです。

おわりに

前回の記事で「タコピーの原罪」に関連して音楽のご紹介をしましたが、今回も最後は音楽で締めたいと思います。

星野源さんの「ドラえもん」。
この歌詞の中では、未来からきた「ドラえもん」が今に「遺したもの」を「探し続け」て、今の自分たちが成長して未来に辿り着くというタイムループ的に人が成長する世界観が表現されていて、すごくよい歌詞だなと思いました。

「ドラえもん」って、結局、道具じゃなくってそれを使う人間がどうかってことが大事だよということを子ども達に教え続けてきてくれたんだと思うので、そのメッセージにぴったりの一曲だなと思います!

📚関連記事のご紹介

👇「タコピーの原罪」考察の本編ブログ記事はこちら
AC✖️HSPの私のアニメ考察|「タコピーの原罪」について考えてみたっピ

📝追記

「タコピーの原罪」は、ちょうどNetflixで鑑賞したものだったこともあり、この記事を「#Netflix感想文」として、投稿することにしました!

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