大きなライフイベントは自分で決めてきたのか
数日前のことですが、家族が「退院してから今日で1200日だよ」と教えてくれました。
一体どうやってカウントしたのかわからないのですが、「そうか、1200日か」と感慨に耽っていました。
知人と金沢旅行中に突然大動脈解離で倒れて救急車で病院に担ぎ込まれ、目が覚めた時には下半身が動かなくなっていた、というなかなかドラマチックな展開です。
最初の1年ぐらいは生活リズムを掴むのが大変でした。
2年目はリハビリに励んでひとりでも外出できるようになり、3年目は飛行機や新幹線も利用して泊まりの旅行にも行くようになりました。

障害者になって一番変わったのは謙虚になったことでしょうか。
ありがたかったのは家族や行政、友人のサポートです。
ありがとうと言うと運気が上がる、という話がありますが、日常で自然とお礼を言う機会が増えたので、運気もぐんぐん上がっている感覚があります^^。
仕事は自営で在宅でできるので、車椅子で満員電車に揺られることもありません。
以前ここにも書いた通り、自分と会話する時間も増えました。
空いた時間にはコーヒーを淹れて、ぼーっと過ごすのが日課になっています。

ところでスピリチュアルの世界では、人間は自分の人生を決めて生まれてくる、という意見があります。
100%決めてくる、と言う人もいれば、大事なことだけ決めて、あとは成り行き任せ、と言う人もいます。
そうかと思うと、決まっていることなんて何もない、という人もいます。
私は障害者になった時、これは自分が決めてきたことだろうか?と何度も自問しました。
2年前にはこんな記事を書いています。
今の私が思うのは、決めてなかったことにしておこう、、、と言うことです。
突発的に、あるいは今までの生活態度などが積み重なってこうなった、と思ってます。
もしこれが最初から決まっていた、と思うと、先日の記事に書いた「正解探し」の沼にハマるような気がするからです。
何が自分の人生の正解なのか?という、本質ではない問いかけを続けることになりそうです。
いずれにしても、このことをきっかけに周囲の人との関わり方や今後の人生について考えるようになりました。
ある意味偶然起こったことをきっかけにして、気づくべきことに気づいた、という感じです。
もし決定論を採用するなら、いつ頃、何に気づくか、ということは決まってたかもしれないけれど、何がきっかけになるかは状況次第、という感じでしょうか。
結局、どの程度自分の人生を信じているか、自分はこうしたい、と言う意図を持てるか、ということが一番のポイントです。
だからこれからも自分と自分の人生を信頼していれば、何が起こっても大丈夫と思えます。
なんとなく取り止めのない話になってしまいましたが、個人的な備忘録として残しておこおうと思います。
