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「ありがとう」という言葉の役割を考える——『「ありがとう」も「ごめんなさい」もいらない森の民」と暮らして人類学者が考えたこと』を読んで——

奥野克己の著書『「ありがとう」も「ごめんなさい」もいらない森の民」と暮らして人類学者が考えたこと』を読み、「ありがとう」という言葉の意味について改めて考えさせられた。

この本では、マレーシア・ボルネオ島の熱帯雨林で狩猟採集生活を送るプナンの人々の社会を描いている。彼らは「ありがとう」を言わないが、それは感謝の気持ちがないからではない。むしろ、「助け合いが当たり前」という価値観が根付いているからこそ、感謝を言葉にする必要がないのだ。

では、「ありがとう」が不要な社会とはどのようなものなのか? 私たちの社会と比べて何が異なるのか? 本書の内容をもとに、社会学や民俗学の視点から考えてみたい。


「ありがとう」が必要な社会とは?

「ありがとう」という言葉は、助けてもらったことに対する感謝の表現であり、社会生活を円滑にする役割を果たす。特に個人主義が進んだ社会では、互いに独立した関係を維持しながらも、助けてもらった際に「ありがとう」と言うことで人間関係の調整を行う。

例えば、現代の都市社会では、親しい間柄でも「ありがとう」を頻繁に言うことが多い。それは、以下のような意識が背景にあるからだ。

◯他者に負担をかけた
◯借りを作った

このような社会では、感謝の気持ちを明確に示すことが、人間関係をスムーズにするために不可欠となる。

しかし、プナンの社会では「ありがとう」は不要である。なぜなら、助け合いが当然のことであり、「貸し借り」の意識が生じないからだ。


互酬性とは何か?

プナンの社会を理解する上で重要なのが、「互酬性(ごしゅうせい)」という概念だ。

🔶互酬性とは?

◯見返りを求めずに助け合う社会の仕組み
◯必要なものを必要なときに融通し合う文化

プナンの人々にとって、助け合いは特別な行為ではなく日常の一部である。そのため、感謝を言葉にする必要がない。

この考え方は、日本の伝統的な農村社会にも見られる。例えば、以下のような相互扶助の仕組みがあった。

◯「結(ゆい)」 田植えや家の建築を互いに手伝う制度
◯「講(こう)」 地域でお金を出し合い、冠婚葬祭などを支える仕組み

これらの社会では、「ありがとう」を言わなくても、自然に助け合いが成り立っていた。


現代社会における「ありがとう」の役割

現代の市場経済社会では、「交換の原理」が支配的である。そのため、何かをしてもらった際に、以下のような意識が生じやすい。

◯「借りを作った」から、返さなければならない
◯「お礼を言うことで関係を円滑にしたい」

また、SNSなどのデジタルコミュニケーションでは、感謝の気持ちを可視化することが求められる。

◯「いいね」やスタンプで手軽に感謝を伝える
◯コメントで「ありがとう」と書くことで関係を維持する

このように、「ありがとう」の重要性は、社会の仕組みによって変化することが分かる。


「ありがとう」がいらない社会の理想と課題

もし「ありがとう」を言わなくても成立する社会があるとすれば、それは互酬性が強く機能する社会である。

🔶理想的な点

◯人々が自然に助け合う
◯貸し借りの意識がなく、信頼関係が強い

🔶課題

---個人の自由の制約
◯互酬性が強いと、助け合いが義務化しやすい。
◯プナンの社会では、物の独占や他者の要求を断ることが難しい。

---感謝を伝える機会の喪失
◯日本の「おもてなし文化」も、ある意味で「ありがとう」がいらない社会の一例。
◯ホテルや飲食店では、最高のサービスが当たり前とされ、提供者が感謝を受けにくい。

このように、互酬性が強い社会にはメリットもデメリットもある。


「ありがとう」のバランスを考える

「ありがとう」がいらない社会は、理想的に見えるかもしれないが、個人の自由や公平性とのバランスが重要となる。

🔶社会学的な視点

◯「ありがとう」が多用されるのは、社会の分業化が進み、人間関係が希薄になったため。

🔶民俗学的な視点

◯互酬性が強い社会では、「ありがとう」を言わなくても助け合いが成立する。

現代社会では、「ありがとう」を適切に使いながらも、感謝の言葉に頼りすぎない互助の精神が求められているのではないか。


「ありがとう」がいらない社会は本当に理想か?

本書を通じて、「ありがとう」という言葉の意味について深く考えさせられた。「ありがとう」が不要な社会とは、互酬性が機能し、強い信頼関係に支えられた社会である。しかし一方で、個人の自由を制限する可能性や、感謝を伝える機会が失われるリスクもある。

社会がどのように変化しても、「ありがとう」の役割は変わり続ける。だからこそ、私たちは「ありがとう」をどう使い、どう感謝を伝えるべきかを考え続けることが大切なのではないか。

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