【第3回】病院をハッキングする方法 | ドクターにA4・10枚の資料を叩きつけた理由
小学校入学から1週間、教室での娘の姿を廊下で見た後、「これはダメだ」と確信した。
机の上でピアノを弾くフリをして、ブツブツと独り言を言いながら、必死に自分を保とうとしていた娘の姿。あれは限界のサインだった。
とにかく、あの教室の空気はダメだ。
もっと先でもいいと思っていた小児精神科の初診の予約を、慌てて取った。WISC(知能検査)を取った前のドクターとこれ以上話しても消耗するだけだと思ったので、病院を変える決断をしたのだ。
とにかく早く相談したい。その一心で、病院への最初の問い合わせの段階から、娘の現状をギッシリと詰め込んだ文章を送った。
なぜそんなことをしたかというと、切実さを伝えたいのはもちろんだか、私がとにかく「話せない」からだ。
「始めからジャブを打っておこう」
そんな気持ちだった。
私は目の前に人がいると、いろんなことが気になって話に集中しにくくなってしまう特性のようなものがある。その上、毒親育ちの癖で、つい相手に話を合わせてしまう。
この自分の特性や癖をハッキリ自覚するようになったのは、1月末からの娘の不登園をきっかけに、幼稚園、病院、小学校と対話を重ねていった末のことだった。
その小児精神科は、初診にじっくり時間をかけるスタイル。はじめはじっくり子どもと話し、後半はじっくり親と話すというものだった。
◇
登校付き添い2週目に入り、娘に仲のいいお友達ができた。
が、その子は幼稚園で娘に意地悪をしていた子と、私から見ると瓜二つだった。
「これはまた、幼稚園の二の舞になるのではないか」
戦慄した。
娘は「仲が良い」の一点張りだったが、その子と関わることで心と体がすり減っている状況は、見て取れた。
早々にこの教室から娘を引っ張り出さなければいけない。焦燥感に駆られた。
教室での娘の不安定さと、イジメの芽。またしても問題がバタバタと降りかかり、二つを同時に解決しなければならなくなった。
当時、私はとにかく「支援級に行ったらいいのではないか」と安易に考えていた。
私の住む市では、年度の途中から支援級に入ることは制度上できない。
「でも、イジメからの隔離も絡めたら? 娘はイジメ防止対策推進法を盾に隔離を要求できる状況じゃないか。何にでも例外はあるはず。」
そんな考えが頭をもたげた。
もう、狂気の沙汰だった。
でも、それには味方をつけなければいけない。私一人では、WISCの数字一つひっくり返せない。
そんな中、幸運にも予約のキャンセルが出て、4月末に初診を受けられることになった。
とにかくWISCの結果だけでなく、娘の実像をわかってもらいたい。このイジメの芽をなんとか摘み取り、支援級に隔離させたい。
その一心で、A4・10枚にわたり思いを書き連ねた。対面では話せないから。
◇
初診当日。まず1時間半ほど、娘が診察を受けた。
娘はどこまでもマイペースだった。途中でしんどくなると自分から休憩を要求して診察室から出てきては、待合室で優雅にお菓子を食べ、お水を飲んで戻っていく。それを2回も繰り返した。
その後、私の番だ。
用意してきた10枚の資料を渡すと、ドクターから用意した資料の内容についてその場での説明を求められた。
想定外だった。
はじめは文章を見ながら話した。でも、読み上げるのは恥ずかしい。診察の時間を逆算しても、10枚を読み上げるのは物理的に不可能。じゃあ、どうする?
上の空で読み上げながら、頭の中でぐるぐると思考が回る。自分でも何をしゃべっているのか分からなくなってきた。
1ページ目の半分くらいで、「もう、どうにでもなれ」と思った。
上手く説明できなくても、伝わらなくても、とにかく結果を気にせずに話すしかない。そうしないと、娘の辛かったことが無かったことになってしまう。それだけは絶対にダメだ。
娘の特性はさっき診察しただろうから、イジメの芽のことだけは伝えよう。資料を後から読んで、行間を埋めてくれたらそれでいい。
そんな感じで、結局ほとんど読まずに終わった。
そこから、たくさんの質問をされた。もちろん、私の生育歴についても。
ドクターから、毒親育ちで子育てのロールモデルがないことの大変さに理解を示されたとき、自分でも思いもよらない言葉が飛び出した。
「幼稚園でいろんなお母さんたちを見てきましたけれど、多くの人が、気づかないうちに誰かを支配したり、支配されたりしているのを見ました。気づいている私と、気づかないうちに支配している人たちと、何が違うんだろうって思ったんです。こんな私ですけど、私はなんとかやれているんじゃないかなと思ってます。」
今でも、なぜあの場でそんなことが言えたのか分からない。
今までの私なら、波風を立てないように黙って、悪く言われても受け流していたはずなのに。私は初めて、ドクターに対して「自分の意見」をはっきりと口にしていた。
◇
私の覚悟に応えるように、ドクターは私が今まで上手く言葉にできなかった娘の特性を、バシッといい当てた。
「多くの子が長距離走をしている中、娘さんは100mを全力疾走しては倒れている状態です。珍しいタイプ。」
(それだ……)と思った。
そして、私がねじ込んでやろうと思っていた支援級については、冷静なアドバイスをもらった。
「支援級は必ずしもいいわけではない。おすすめできない。支援級に行って潰れた子もいる。」
確かに、支援級に行ったところで娘の特性をしっかり理解してもらえなければ、適切な支援は得られない。後々調べて分かったことですが、支援級は娘のようなタイプの子には慣れていないのが、今の日本の現状のようだ。
また、娘がDV被害者のような関係性になりかけていることについては、「子どもたちの間でもそういう関係性はよくあること。時間が経てば忘れる子(加害者)もいるからゴールデンウィークが終わるまで休んで様子をみてみては?」と言われた。
私自身、子ども同士で好きと嫌いがここまで混同することなんてあるの?と混乱していたが、これもまた一つの現実なのだと受け止め、しばらく休むというチケット(治療)を手に入れた。
着地点は、支援級への隔離ではない。
学校を「カスタム利用」することこそが、娘にとっての最善なのだと、考えを新たにした。
診察が終わり、この10枚の資料をドクターに渡して帰る間際。
最初のページをパラっとめくったドクターが、ボソッと一言、呟いた。
「核心ついてるね。」
どの部分を読んでそう言ったのかは、分からない。
でも、この言葉は、間違いなく私と娘にとって大きな大きな転換点となった。
自責している場合ではない。目の前の物事を動かさなけば。
【第4回】子どもの牙を折らない育て方 | ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める に続く。
▪️連載のラインナップ▪️
【第1回】「不登校という権利」の奪い方|周囲の同調圧力から自尊心を死守するサバイバル術
【第2回】WISC「103」の罠|数値に現れない子どもの限界と脳のサバイバルモード
【第3回】病院をハッキングする方法 | ドクターにA4・10枚の資料を叩きつけた理由
【第4回】子どもの牙を折らない育て方 | ちまたのアンガーマネジメントが不登校児を追い詰める
【第5回】育児は最大の「自分を知るチャンス」 | 娘の全肯定が、過去の私の傷を救い出す
【第6回】学校をハックした軌跡(前編) | 居場所ルーム拒否からの逆転劇。味方を作るルート
【第7回】学校をハックした軌跡(後編) | 先生の「傷つき」を演算し、お互いの境界線を守るロジック
【第8回】学校のトラックを降りる日 | 100mスプリンターたちが広大な大地で生きる知恵
