《前編》繊細で敏感な息子の小学生時代ーー“いい子”の裏側で、ひとりで張りつめていた心
小学生だった息子を見て、「そんなに気を張らなくても…」と何度思ったかわかりません。
繊細で、よく気がついて、でも誰にも見えないところでずっと気をつかっていた――
そんな息子の小学生時代を、今回は振り返ってみたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございます。そらまめです。
前回は、「そんなことまで考えてるの⁉︎」という息子の様子について綴ってみました。
今回は、その続きとして、小学生時代の息子の“見えない疲れ”を振り返ります。
繊細で敏感な子は、学校という“にぎやかな世界”で、何を感じ、どう疲れていたのか。
「感じすぎる子」は、何に、どう疲れていたのか。
具体的なエピソードを交えながら、お話ししてみたいと思います。
1. 気配の音にさえ反応していた、繊細な聴覚
息子は、小さいころから「音」にとても敏感な子でした。
避難訓練のサイレンや校内放送の音を怖がったこともありますが、それだけではありません。
たとえば、誰かが近づいてくるときの「気配」のような、ほんの小さな音――
私たちにはまったく聞こえないような足音にも、ふっと反応することがありました。
誰かがこそこそ話をしているときも、普通なら聞き逃してしまうような距離でも、ちゃんと聞いていて、あとから「こんなこと言ってたよ」と教えてくれることもありました。
さらに印象的だったのは、同時に複数の話を聞き取っていたことです。
あちらの話、こちらの話、どれもしっかり内容を把握していたのです。
「ほんとに聞こえてるの⁉︎」
と驚くことが何度もありました。
テレビを見ていたり、漫画を読んでいたりしていても、私たちの会話を突然拾って返してくることもありました。
そのたびに、思わず「今の聞こえてたの!?」と笑ってしまうほどでした。
まるで、“感覚のアンテナ”が遠くまで伸びているようでした。

2. 「そんなの覚えてたの⁉︎」驚きの記憶力
もうひとつ印象的だったのが、記憶力の強さです。
通った道や行った場所はすぐに覚えて、「前にここ通ったよね」と正確に思い出します。
大人同士が話していた何気ない会話も、あとになって息子からさらっと話題に出され、ハッとさせられることがよくありました。
「そんなの覚えてたの?」と思うことまで、しっかり残っている。
彼にとっては、ひとつひとつの出来事が“ちゃんと記録される”ような感覚だったのかもしれません。
3. 「ひいおばあちゃんが見守ってくれてる」
息子がまだ幼稚園のころから、「もしかしたら霊感があるのかも?」と感じていました。
亡くなったおじいちゃんのことを、そこにいるかのように話してくれることがあったり、
小学生のころには「ひいおばあちゃん、こんなだったよね」とふっと話しはじめたり。
怖がらせようとか気を引こうとしているわけではなく、
ただ“感じている”ことを伝えようとしているように見えました。
「感じやすい子」って、こういうことなのかもしれないなと思っています。

4. 空気を読みすぎて、自分がいちばん疲れてしまった
息子は、先生の様子を本当によく見ていました。
「今日は先生、ちょっと疲れてそう」
「先生、プリント配るの忘れそうだった」
そんなふうに、先生が何を考えているか、どう動くかを、先回りして感じ取っていたようです。
教室では、カーテンを閉めたり、プリントを配ったり、集めたり――
細かいことにもよく気がついて、誰かの役に立とうと、いつも動いていました。
それも、誰かに頼まれたからではありません。
「これ、やっておいたほうがいいかな」
そんなふうに、自分で感じ取って、自然に動いていたのです。
お友だちの様子も同じように気にしていて、
「今、何をしておけばいいか」を、常に考えていたように思います。
学校では「気が利く子」「よく気がつく子」と言われていました。
でもその分、疲れてしまうこともありました。
「学校に行きたくない」と言ったのは、そんなときです。
あれもこれもと気がついて行動しても、まわりの子は気づかない。
むしろ、やってくれて当然のように受け取られてしまうこともありました。
手伝ってくれる人もいない。
結局、ひとりで細々としたことをこなすことになります。
「ありがとう」と言ってもらえても、
“ひとりだけが気を張っている”ことには変わらない。
それでも息子は、文句も言わず、
毎日、きちんと気を配っていました。
いま思えば、
「気を利かせていた」のではなく、
「気を張って、“空気を読んでいた”」のだと感じます。
そう思うと、あのときの「学校に行きたくない」は、
本当によくがんばっていたからこそ出た言葉だったのだと、今なら思えるのです。
毎日のように張りつめていた心の疲れまでは、
誰にも見えていなかったのだと思います。
誰にも頼まれていない。
だけど、やらなければならない気がしてしまう――
そんなふうに「気づいてしまう子」は、
どうしても自分のことを後回しにしてしまいます。
無理していないように見えるけれど、
本当は、静かにすり減っていたのかもしれません。
「学校に行きたくない」と口にしたとき、
私は最初、ただの“甘え”かもしれないと思いました。
けれど今は違います。
あの一言には、
“もう、ひとりでがんばるのは限界”という気持ちが、
込められていたのだとわかります。

🕊️後編につづきます
息子の「友達との関わり」や「転校の背景」について書きます。
そして最後には、「感じすぎる子」とどう向き合えばよかったのか――
親としての葛藤や気づきを綴る予定です。
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