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30年勤めた公務員の夫が病気休暇に入るまで――ある朝、食卓での異変から

noteにお越しくださってありがとうございます。そらまめです🕊
息子の不登校と向き合っていたその時期、実は夫にも限界が近づいていました。そんな夫が子どもたちとどう向き合っていたか…。

今回は、その頃を振り返ってみたいと思います。



◆公務員だった夫が壊れた日

私の夫は、地方公務員でした。
「でした」というのは、つい先日、30年務めた職場を退職したからです。9か月の病気休暇を経てのことでした。

夫はもともと農業職で採用され、農業普及指導員をしていました。
けれど時代の流れや人員不足もあり、専門外の部署にも転勤。慣れない仕事にも取り組みながら、いろいろな経験をしてきたようです。

そんな夫の限界を、家族がはっきりと知ったのは――

ある日の朝。
いつものように、家族で朝食の席に着きました。
「いただきます」と言った直後、夫は座ったまま、突然嘔吐したのです。

息子も娘も、そして私も何が起きたのかわからず、呆然となりました。
大人が、前触れもなく、食卓でそのまま嘔吐する…。

洗面器を求めることもなく、洗面所に駆け込むこともなく。
ただ座ったまま、吐いてしまったのです。

一呼吸おいて、やっと私たちは「大丈夫?」と声をかけることができました。衝撃的な出来事でした。

その頃の夫はいつも上の空で、子どもの話にも反応が薄く、予定を伝えても覚えていない。

毎日帰宅は遅く、ゆっくり話す時間もほとんどありませんでした。
「忙しいんだよね」としか思わず、夫の疲労感は理解していませんでした。

そしてその日も、夫は何事もなかったかのように出勤していきました。


◆退職までの日数を数える日々

犬の散歩のときには、よく「定年まであと〇年」という話をしていました。
自分の代からは定年が65歳になるけど、60歳で辞めてもいいよね――そんな言葉も増えていました。

私は「えー、働けるだけ働いたらいいじゃん。安定の公務員なんだから」と軽く返していました。

夫の本当の気持ちに気づかないまま。


◆きっかけになった出来事があった頃

「仕事辞めたい…」
夫がそうつぶやいたのは、いつだったかな…。

休職につながるきっかけは、その4か月ほど前の出来事です。
日々のストレスの積み重ねに加えて、強烈な一撃――。
いわゆる「カスハラ」にあたる出来事があり、夫はあまりの恐怖で手が震えたそうです。

その話をしていたのを、私はなんとなく思い出しました。
人の心は、本当にあっという間に壊れてしまうのだと痛感します。

ちょうど息子が中学3年生だった頃。

息子は修学旅行に行かない選択をし、気持ちが揺れていました。
受験も迫り、家庭全体が落ち着かない時期。私自身も余裕がなく、心がざわざわしていました。

そんなとき、私の通勤中に飛び石でフロントガラスが割れる出来事がありました。
乾いた「パーン!」という音。中央には穴が開いていて、呆然としました。
今思えば、それも何かの忠告だったのかもしれません。

どうすればいいのか悩み、星読みでもお世話になっている方に相談しました。
「今すぐ休暇を取った方がいい」
そう言われても、夫は真面目すぎて休む決断すらできず、ただ時間に追われ続けました。

再び、仕事で課題が起きます。

限界を感じてようやく病院へ。
かかりつけ医から神経内科を紹介され、診断書を受け取りました。
翌日、私が職場にそれを届け、病気休暇へ。

そして――9か月の休養を経て、夫は公務員を退職しました。

ストレスが溢れ出すと…こんな感じ⁇

◆病気休暇中にやってきた子犬と息子の不登校

夫は「子育てに協力的でない」というタイプではありません。けれども仕事が忙しく、「子育てをする暇がない」という状況が続いていたのです。

それでも子どもたちには愛情をもって接してくれていて、私に言えないことを夫に打ち明け、そこから私に伝わる――そんなこともよくあります。

全体的に見れば、父子関係は良好です。

そんな夫が病気休暇に入る少し前。まるで導かれるように、ペットショップの前に一台だけ駐車場が空いていました。

ふらりと立ち寄った先で出会ったのが、生後3か月のゴールデンレトリバー。その子を迎えたのは、夫が休暇に入るちょうど10日前のことでした。

神経内科の最初の診察で、脳波を撮りました。夫は「脳が緊張状態にあり、α波がほとんど出ていない」と言われました。

医師からは「とにかく休みましょう、寝ましょう」と勧められましたが、夫には薬をできるだけ使いたくない気持ちが強くありました。

整体や漢方の先生も「飲まずに済むならそのほうがいい」と背中を押してくれたため、薬を使わず過ごすことを選びました。

本来なら、家でただ横になって休むはずの日々――。ところがそこに、元気いっぱいの子犬がやってきたのです。

3か月のゴールデンのお世話は大変です。休みたくてもそうはいきません。私はその頃まだパートに出ていたので、家のことは後回しになりがち。夫にとっては思わぬ試練となりました。

さらに追い打ちをかけるように、中学3年の息子が再び学校に行けなくなってしまいます。

卒業を前にした「思い出作り」の一環で、2年生のクラスに戻って過ごす企画がありました。

けれど、そのクラスこそ息子が不登校になったきっかけの場所。なぜ今さら戻らなければならないのか――息子にとっては耐えがたいことで、結局また足が止まってしまったのです。

私は、怒りで手が震えたほどです。

病気休暇に入った夫が家にいることは、そんな我が家にとって思いがけない支えになりました。

ゴールデンの子犬に、息子の不登校。てんやわんやの毎日でしたが、夫が家にいてくれることは心強かったのです。

もちろん夫自身にとっては、決して休まる状況ではありませんでした。リビングに布団を敷き、いつでも横になれるようにして、隙間時間を見つけては眠る。そうやって少しずつリラックスを取り戻していったのです。

そして驚いたのは――。
子どもが小さい頃には仕事に追われ、子育てはどうしても片手間になってしまっていた夫が、ゴールデンの赤ちゃん期の世話は見事にこなしていたことでした。

トイレの始末から食事の管理、遊び相手まで、一通り引き受けてくれる。

気づけば夫は「子犬のお父さん」として、しっかり役割を果たしてくれていたのです。

生後3ヶ月のころ

◆「要らんことを言う」父親

ただ、夫が朝の登校時間に居合わせると、つい口にしてしまうんです。
「ちゃんと学校に行きなさい」

私だって同じことを言います。でも、夫が言うと腹が立つんですよね(笑)。

子どもの反応まで想像せずに言ってしまう。朝の駆け引きに必死な私のシナリオが、台無しになるのです。

夫にしてみれば、「妻が悩んでいるのだから自分も何とかせねば」という思いがあるのでしょう。

でも、その思いが空回りしてしまう…。そんな試行錯誤を繰り返してきました。


◆息子とスピリチュアルな悩み

息子にはスピリチュアル的な感覚があり、ときに私もどうしていいかわからないことがありました。

「お祓いに行ってみる?」「パワーストーンは?」「セッションしてもらう?」と私が思いつく方法を口にしても、夫は一度も否定しません。

「やってみたらいいよ」と受け止めてくれる。

この姿勢は、子どもたちにも共通しています。


◆父親の一言の大きさ

「やってみたらいい」
その夫の一言があったからこそ、不登校という暗闇の中、色々なことを試してみることができたのだと思います。

子どもが学校に行かないとき、父親の関わり方は母親から見ると“余計な一言”に見えることもあります。

でも、子どもにとっては確かな愛情として受け取られている。

私たち夫婦も、空回りしながら試行錯誤しつつ、家族で歩んできたように思います。


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次回は、夫が病気休暇中に家族で訪れてみた、伊勢神宮での様子を書いてみたいと思います。


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