【#11】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第3章 「はい、どーじょ。」第3話)
「ところで吉祥寺くんて、あの……出身って、どこ?」
「えーと、僕、東京です!」
「あ、東京?!そっかー、なんだー」
「えっ?」
智子が急に大きい声を出したので、吉祥寺はきょとんとしていた。
「あっ、ごめんごめん。そっか、東京なんだね」
「僕、一人っ子で、じいちゃんばあちゃんに育てられたんですけど、あんまりうまくいってなくて…今は一人暮らしです!」
「そうなんだね」
智子はほっとしたような、がっかりしたような、複雑な気持ちだった。
(そっか…東京なんだ…)
「入江さんは、確かちっちゃい子どもさん、いるんですよね?」
「あ、うん。今ね七歳。小一の女の子だよ」
「わあ!!今度連れてきてくださいよー。僕、子ども大好き!」
智子は、あなたが子どもみたいだけど、と思って、少し笑った。
***
「えー、やだー。めんどくさいです」
店長の坂本が言った。
「えっ、いいじゃん。楽しそう!新城も行くよね」
荒井が言った。
「あ、いいっすよ。入江さん、行けます?」
「行きたいけど…それっていつなの?やっぱり、定休日の火曜日だよね?」
「えっと…七月の二十六日みたいっす。火曜日」
「あー、夏休みで美久いるから無理かも…」
智子が言うと、オーナーの末継が言った。
「いや、大丈夫。むしろ夏休みだから美久ちゃんもこれるよね。バーベキューには子供がいたほうが楽しいからね。もちろんマッサンも大歓迎だから。肉、食べ放題だよ」
美久、というのは智子の七歳の娘で、マッサンは夫の正弘のあだ名だった。
ちょうどピークの時間が過ぎほっと一息ついたころ、オーナーの末継がやってきて、今度「ヨアケ」の従業員でバーベキュー大会をやる!と宣言したのだった。
「なになに?!なんですかーっ??なーんか、楽しそうな話っぽい!!」
そこへ、目ざとくかぎつけた吉祥寺がやってきた。
「今度、河原でバーベキューやるんだって。お肉、たくさん食べれるよ~」
荒井が言った。
「行く行く!いっきまーっす!おーい、田辺さぁーん!!肉ですよーっ!!」
「えっ、肉?肉って何が?」
麻衣は二階で後片付けをしていた手を止めて降りてきた。
「確か一昨年くらいにやったよね?コンロとかバーベキューセットが地下倉庫にあるはずだから、誰か出しておいてね」
末継は言うと、いつものように、さっとどこかへいなくなってしまった。
「えーっ、倉庫かぁ。あそこ暗くて怖いんだよね~。前も誰もいないのに物音したし。私やだ。新城行ってよ」
末継が行ってしまうと、荒井が言った。
「えーっ、いやっすよ。ここはやっぱり、公平にジャンケンってことで…」
「僕、全然だいじょぶでーす!バーベキューセット?取って来まーす」
吉祥寺が言うなり行こうとするので、坂本が止めた。
「ちょっと待った。シャッターのカギがないと開かないよ。それに吉祥寺だけじゃ分かんないと思うから、新城一緒に行ってきて」
「えーっ、結局俺っすか」
「お化け、一緒に連れて帰ってこないでよ~」
荒井がこわい声を出しながら、吉祥寺の前に急に顔を出して脅かした。
「うわぁぁぁーーっ!びーっくりしたぁ!!」
吉祥寺が本気で驚いたので、脅かした当の本人、荒井がびくっと跳ねてしまい、みんな手を叩いて笑った。
***
バーベキュー当日。
オーナーと智子の夫、マッサンが車を出し、分乗して約一時間半ほど行ったところの河原へ到着した。
夏休みの家族連れでにぎわっており、よく晴れていて暑かったが、山あいの水辺なので、都会よりはだいぶ過ごしやすかった。
「わーーーいっ!!気持ちよさそう!!僕、川に入って来まーす!」
吉祥寺が走って行こうとするのを、坂本がぐいっと引っ張って止めた。
「ちょっとちょっと!まずはバーベキューの準備でしょ?」
「あっ!確かに!!すみませーん!!」
ヨアケにいるときと変わらないやり取りに、みんなどっと笑った。
「あっマッサーン!!それ僕、持ちますよーっ!」
吉祥寺は入江家のワンボックスカーに乗ったので、マッサンと美久と、あっという間に仲良くなっていた。
「ねえ、大くん!!あそぼーよ!」
美久は吉祥寺の腕にぶら下がりながら言った。
「ほらほら、美久ったら、重いよ」
智子が慌てて言うと、
「ぜーんぜん、重くないですよぉ~!ほらー!」
吉祥寺は小柄だが意外と鍛えているようで、美久を腕にぶら下げたままクルッと回ったので、美久は大喜びで笑っていた。
その後も坂本に、
「あいつ~、サボってんな?」
とか言われつつ、美久と楽しそうに沢山遊んでくれたので、智子は大助かりだった。
*
「そういえばバーベキューコンロ、吉祥寺と倉庫に取りに行ったとき、やっぱりまた音がして…」
野菜を手際よくカットしながら、新城が思い出したように言った。
近くにいた坂本と新井が、
「えええーーっ!」
「こわっ!やっぱ、出るじゃん!」
と、口々に言った。
「とりあえず段ボール持って外に出ようと思ったら、奥の方からなんか視線、感じて…」
「やっぱ私はもう、倉庫入らないから」
坂本が宣言した。
「そっちのほう見てみたら…」
「見るんだ、やっぱ見ちゃうんだ。勇気ある~!」
荒井が鳥肌が立った腕をさすりながら言った。
「何かが光ってて…」
「で?」
「よく見てみたら…」
「ひえーーっ…」
「あ、猫でした」
「猫?!」
なーんだ、と、坂本と荒井は言った。
「暗闇で目が光ってたから、十分怖かったっすよー」
シルバーグレーの美しい毛並みの猫は、新城をじっと見つめると前足を口元に当て、シーッともとれるような合図した。
それからゆっくりと音もなく、シャッターの隙間から出ていってしまったのだった。
「吉祥寺はちょうど見てなくて。でも言うと大騒ぎしそうだったから、言ってないっす」
「確かに、バーベキューセット放り出して、ネコちゃーん!とか言いながら追いかけていきそう…!」
荒井が言った。
「ヨアケの倉庫に猫が住み着いちゃったら困るから、もっと早く言ってくれないと」
坂本が言った。
「そういえば、すっかり忘れてました、すみません」
「今度見かけたら教えてよね」
坂本が言ったとき、
「肉、焼けたよー。早い者勝ちー」
という末継の声で、みんなはコンロの方に集まって行った。
*
「美久ちゃん、めっちゃかわいいですねぇ!」
吉祥寺が肉ばかりを乗せて溢れる寸前の皿を片手に、智子のところへやってきた。
「ありがとう!美久とたくさん遊んでくれて。あの子、吉祥寺くんが“推し”になったって言ってたよ~」
「うわっ!ファン第一号〜!僕、一人っ子なんで、妹できたみたいでチョー嬉しいです!」
吉祥寺はタレをたっぷりかけた山盛りの肉を、もりもり食べながら言った。
「マッサン、小魚とか沢ガニとか探すの、めっちゃ上手くて…僕、アミをぶん回しすぎちゃってぜーんぜん取れなくて…師匠って呼んじゃいました!」
「小さい頃、毎日のように近所の川で遊んでたんだって。だからかも」
「僕のお父さん、全然そういうタイプじゃなくて…。でも僕も、今こんなだから信じられないかもですけど、小さい頃はけっこう暗かったんです。あんまり人としゃべれなくて…」
「えーっ?!」
「めっちゃ陰キャでした!だから、今日はアニメの中の夏休みの子ども、って感じでチョー楽しくて!」
「今の吉祥寺くん知ってると、暗かっただなんて…」
「ほんっとそうですよね!高校生くらいのとき、このままじゃ人生つまんねぇじゃん!って思って。そんですげぇ頑張って振り切ってみたら、今度はこんなになっちゃいました!!はははは!!お肉、取ってきまーっす!」
吉祥寺は大笑いしながら立ち上がると、空になった紙皿を持って走って行った。
(あんなに明るい吉祥寺くんだけど、そういえばおじいちゃんたちに育てられたって言ってたな…しかも、上手くいってなかったって)
智子は自分の心の中にずっといる大切な人の姿を、吉祥寺と重ね合わせていた。
「入江さぁーん!!この美味しいお肉、最後の一切れですよーっ!!焼けるまで僕が取られないようにガードしてるんで、来てくださーい!!」
吉祥寺がバーベキューコンロの横で叫んだので、智子は笑いながら立ち上がった。
*
夕方になり、そろそろお開きになる頃、末継がみんなを集めて言った。
「いやあ、今日は楽しかったね。僕はこの広い世界の中で、人と人が出逢うのは奇跡だと思っていて。ヨアケに集まってきてくれる人たち、スタッフもお客様もね。
せっかく出逢えたのなら、その奇跡を大切にして欲しいと願っています。後悔のないようにね。
君たち一人ひとりがいつも丁寧に仕事をしてくれているから、みんなが頑張ってくれてるから、ヨアケは存在できています。ありがとう。これからも、よろしくお願いします」
みんなは拍手をした。
「やっぱカリスマだーっ!かっけぇー!!」
吉祥寺が言った。すると坂本が、
「オーナー、柄にもないこと言うから、お肉焦げちゃいましたよ」
と言ったので、みんなはどっと笑った。
炭と化した野菜や肉の欠片をまとめたり、道具を洗ったりして、みんなは帰り支度を始めた。めんどくさい…とぶつぶつ文句を言っていた坂本も、来てしまえばそれなりに楽しめたようだった。
やがて全ての荷物を車に積み込むと、ヨアケのバーベキュー大会はお開きになった。
***
智子は、どこか人を安心させるようなところがあるらしく、暇なときはスタッフが代わるがわるフロントに降りてきて、世間話などをしていった。
ときには悩み相談なんかもあり、
(そんな、若いひとの恋愛相談なんて、わかんないよ…)
とか思いつつ、聞き役にまわったりしていた。
「ねねねね!入江さーん!!」
吉祥寺がダダダダと音を立て、フロントに降りてきた。
「どうしたの?」
疲れたなぁ、と思ってフロントにいても、吉祥寺の足音が聞こえてくると不思議と明るい気持ちになるなぁ、と、智子は思った。
「お願いがあるんすけどぉ~!」
吉祥寺は両手で拝むようにして言った。
