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【#29】連載小説 『美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第5章10話「そっちからみたら」末継の場合②)

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末継家で代々引き継がれているのは、物、というより、こと、だった。
誰かに心から逢いたいと願う人が、美容室「ヨアケ」に引き寄せられてくる。その橋渡しをするのだ。


継いだ者「ヨアケびと」が本を開くと、文字が現れる。名前、条件などの指示を読み取って手紙を書き、猫の「小夜さよさん」が届ける。
本は基本毎日チェックするが、気まぐれなのでいつ文字が現れるのか、誰が選ばれるのかは「ヨアケ人」にも分からない。
ときには、誰かの名前をこちらから書き込むケースもあるらしい。


けれど、
「美容室ヨアケに行けば、あいたい人に逢える」
などという噂が広まってしまえば、色々な想いを持った人達が全国から押し寄せかねない。
だから、親しい人にも絶対に秘密にしなければならない、とのことだった。


「普通はあり得ない話だし、どうせ誰も信じないから言っても平気なんじゃない?って思うでしょ?」


母親が言った。


「でもね、誰かに逢いたくてたまらないって人は、藁をもすがる思いでいるから、そんな話でも信じちゃうのよ…っていうより自分が信じたいものに、すがっちゃうのね」


母親がもし自分で本に書き込めるとしたら、誰の名前を書くのだろう。
たくさんの出逢いをつないでいるのに、自分の番は来ないのだろうか、と末継は思った。


「継いだ人にはね、その仕事を通して関わる人たちを癒す力が備わるのよ。
あ、もちろん大企業になれるとかって約束されるわけじゃないわよ。それは他の人と同じで本人次第ね。まあ、ウチを見てれば分かるか」



「あいたいひとに逢える」というのは、ただ実際に会えればそれで終わり、というわけではない。何か後悔などの思いを抱え強く願った人が、その相手と心から向き合える、ということだ。
時には痛みを伴うこともある。

猫の名前は「小夜さよさん」。母親も親から引き継ぐときに初めて紹介されたそうで、何歳だかは誰も知らない。
ちなみに引き継いだそのときから、母親は小夜さんと会話ができるようになったとのことだった。


「誰にも言えない秘密を長い間抱えるって、自分で思ってたよりキツかったみたい。別に悪いことしてるわけじゃないのにね。なんだかお母さん、暁に言ったらホッとしちゃった」


母親は晴れ晴れとした様子で言った。そして立ち上がると、



「ホッとしたら、なんか小腹すいちゃった!」



と、冷蔵庫を覗きに行った。
今まであっけにとられて黙っていた末継は、混乱する頭をなんとか整理しようとしてみたが、到底無理だった。


「そんなこと、急に言われたって…」


何かの冗談にしか感じられなかったが、母親の真剣な様子をみるとそうとも言い切れず、いよいよ本格的にボケたか?!とも思ったがそれも違うような気がした。
さっきあの猫に見つめられてから、なんだか調子が狂ってるな、と末継は思った。


「まあ、今急いで決めなくてもいいわよ。私の代で閉じても良いんだから。大体、一生かけたボランティアみたいなもんだしねぇ。あたしったら、なんで引き継いじゃったのかしらね~。暁、プリン食べる?」


母親はスーパーで買った三連のプリンを、パキッと切り離しながら言った。


「…閉じてもいいって…そんな軽いもんなの?」


末継は言った。


「うーん、もちろんそういう訳でもないけど…。尊い仕事だと思ってるわよ。でもね、いやいや継いでも上手くいかないと思うのよ。あんたが嫌なら辞めた方が良い。もちろん誰も責めないわ」


「じいちゃんもばあちゃんも、美容師じゃなかったよね?確か、仕立て屋やってたって聞いたような…。その古い本だけ引き継いだってこと?」


こんな質問をするのだからもう結構信じちゃってるかも、俺…とその事実に末継は驚いた。


「そうよ。その時はこのチェストじゃなくて、ボディ(洋裁用のマネキン)だったんだって。映画の撮影所が近かったから、有名な俳優さんとかも来てたのよ!
えっと…誰だっけ?ほらほら、えーっと…あっ!そういえばこの間テレビでやってた昔の映画観た?金曜ロードショー。それに出てた…えーと…なんだっけ?」


話が脱線しそうになり末継は閉口したが、さすがの母親も大事な話をしていたことを思い出したようだった。



「まあ、ヨアケを引き継ぐってことは、今の店舗どうするとか、一人で美容室立ち上げなくちゃならないから、そんなすぐには決められないわよね。考えといてね。あ、プリン食べなさい!」


母親はプリンのアルミのフタをめくり、嬉しそうに一人で食べ始めた。



***



『坂本さん、倉庫で私…じゃなくて、あーちゃんに会ってかなり驚いてたけど、大丈夫だったかしら…。
それにしてもアカツキ、あの対応は無いわ。あーちゃんのこと心配して掛けてきた電話だったのに、すぐ切ったりして』


シルバーグレーの猫、小夜さんが言った。
小夜さんはヨアケの店長、坂本亜里沙の幼い頃の姿「あーちゃん」になって、ときどきヨアケに行っている。
代々伝わる本に現れた文章をいつものように末継が読み取り、二人で動いていた。


ある夜、倉庫に探し物にきた坂本に、あーちゃんは初めて話しかけたのだった。

坂本が幼い頃から、家には叔母が同居していた。長男である兄があらゆる面で優遇されていた上に、自己中心的な叔母に母親は常に従っていて、坂本も母親に頼まれ、従わざるをえなかった。
その小さな積み重ねによって、心に少しずつ傷をつけられていた子供時代だった。


「あーちゃん」は倉庫の奥で坂本に、『あのとき守って欲しかったんだよね』と伝えたが、あまり意味は分からなかったようだった。


「坂本が気付くかも…って思ったからさ、つい急いで切っちゃったよ。
上手く対応するのとか、俺はどうも苦手なんだよね」


『アカツキは昔から、そういうところがあるわよね。女心とかもあまり分からないし。モテるのにねぇ。私のコートのこだわりにも気付いていないでしょ?』


「え、コート?何それ?いつも自前の毛皮でしょ?」



『違うわ。あーちゃんになるときのコート。私の美しい毛皮にそっくりでしょう』


「…そうだっけ?」


『シルバーグレーのふわふわコート!!…あーあ、これだからアカちゃんは…』


「そのアカちゃん、っていうの、いい加減やめてくれよ。俺もう四十越えてるんだから」


末継が言った。


『アカツキだからアカちゃんで良いじゃない。あなたが赤ちゃんの頃から知ってるんだし』


小さな頃からよく近所でシルバーグレーの猫は見かけていたが、まさかずっと同じ猫だとは思っていなかった。猫が数十年生きるなんて昔話でしか聞いたことがない。
末継は、まるで母親が二人いるみたいだな、と、もう何百回目だか分からないが思った。


「でも小夜さん、あーちゃんになったときに言う言葉って、自分で考えてるの?」


『いいえ、ひとりでに出てくるのよ。言わされてる感じ。私は今回は身を任せていればいいみたい』


「あ、そういえば今度のクリスマスパーティー、吉祥寺くんが、あーちゃんのコスプレ衣装持ってくるって張り切ってたよ」


『あの子は本当に優しいし、それに何と言っても抜群に面白いわよね。見ていて飽きないわ。小さな頃から知っているけれど一緒に遊んだのは初めて。すごく楽しいわ!』


気が遠くなる程長く生きている、小夜さんをも惹きつける吉祥寺…。さすがだな、と末継は内心思った。


『でもパーティーには、坂本さんの思い出のタータンチェックのワンピース、着ていく予定なのよね。そろそろ彼女気付くかもしれないのに、着替えてしまってもいいのかしら』


「ああ、さっきそこに出てきた、あれね」


末継はチェストの上を指差した。いつの間にか、坂本の幼い頃のワンピースが置かれていたのだった。


「叔母さんに勝手に捨てられたっていう…。そう言えば本にも昨日出てきてたね。でも今回は小夜さん、身を任せて良いんでしょ?」


『そうね、確かにそうだわ。成り行きに任せることにしましょう。吉祥寺くんの選んだ衣装、楽しみになって来たわ。
私、この美しい毛皮にこの上なく満足しているけれど、たまには違うものを着るのもいいわよね』


小夜さんは、チェストの鏡に映る自分の姿を、惚れ惚れと眺めながら言った。



***


クリスマスパーティー当日。
ヨアケの前の通りで、小夜さんと末継は窓越しに準備中の皆をこっそり覗いていた。
暗くなる頃、倉庫の奥で小夜さん扮する「あーちゃん」は、坂本とついに「逢う」予定になっていた。


『ビンゴってやったことないの。楽しみだわ』


「でも小夜さん、残念だけどビンゴ大会の時間までいられないかもしれないよ」


本に現れた言葉どおりに末継や小夜さんは動くのだが、抽象的に書いてあることもあるので、解釈が難しいときもある。
今回の場合、時間などははっきりしていなかった。

『そんな…ビンゴができるの、次は何十年…もしかしたら数百年ないかもしれないのに』

こんな会話をするたびに末継は、小夜さんは一体何歳なんだろう、と思うのだが、教えてもらったことはなかった。


『パーティーの最初にビンゴをやれば良いじゃない?』

「ビンゴは大体、パーティーの最後にやることの方が多いよ」


『そうなの…』


「まあ、なるべく早く始めてもらえるように言ってみるよ。景品、小夜さんの欲しいものがあるかは分からないけど…」


『何でもいいのよ、ビンゴがやりたいの。できると良いのだけれど…。ところで、まだ行っちゃダメかしら?』


「でも小夜さん、あまり長い時間あーちゃんになってられないでしょ?」


皆の準備の楽しそうな様子に、小夜さんは早く参加したくてうずうずしていた。


『まあ、確かにそうね。…あらっ、吉祥寺くん大変!おでこから血が出てるわ!!』


「ああ、大丈夫、あれは仮装だよ。特殊メイク。あいつ、クリスマスをハロウィンか何かと間違えてるんじゃない?」


『そうなのね、驚いたわ…!すごい技術ね』



「そろそろ入江さんのご家族が来るよ。隠れたほうが良いかも」


二人は倉庫に戻って行った。


(末継の場合③に続く)

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