瓶を開ける日|いちご酢から生まれた冬の前菜
冷蔵庫の奥で、ずっと静かに眠っていた瓶があります。
赤い実と、氷砂糖と、りんご酢。
そして、あのとき娘が「いい香り」と言った、
ゼラニウムの葉を一枚だけ入れて仕込んだ、いちご酢。
一週間で取り出そうと思っていましたが、
体調も思わしくなく、今日で十二日目になりました。
これまで、開けるたびにほんのり甘酸っぱい匂いがして、
そのたびに「もう少しだけ」と、そっと蓋を閉めていました。
その瓶を、ようやく開けます。
ふたを回すと、きゅっと澄んだ酸の香り。
そこに、かすかに残る、ゼラニウムの青い気配。
スプーンですくい上げると、
いちごはだいぶ、やわらかくなっていました。
取り出したいちごのひとつは、四つに切って飾り用に。
残りはミキサーにかけて、なめらかなピューレにします。
味見をすると、
甘さの奥にきちんと酸味があって、
ただの果物よりずっと複雑な味。
細いカッペリーニがあればよかったけれど、
ないので今日はオーソドックスなロングパスタを茹でました。
ゆであがったら、冷水でさっとしめて、
水気をよく切ってからいちごのピューレと和えます。
オリーブオイルを少し。
塩を、ひとつまみ。
いつもはミントを使いますが、
今回は、庭にまだ元気に育っているフェンネルの葉を刻んで、
少し添えてみました。
香りを楽しみたいので、
にんにくも、チーズも入れません。
小さなお皿に、くるりと盛って、
飾りのいちごをそっとのせます。
量は、ほんの数口ぶん。
冬の冷たい料理は、それくらいがちょうどいい。
隣には、残ったいちごのピューレに水を加え、
コンソメと塩で味を調えた、
温かいスープを小さなカップで。
酸味が強くなるので、
スープに入れるピューレは少な目に。
仕上げに、ピンクペッパーを一粒。
指先で潰して散らし、
甘酸っぱさの中にほんの少し刺激を。
冷たい赤と、あたたかい湯気。
そのあいだに、
ゼラニウムとフェンネルの香りがかすかに漂います。
今日の小さな養生
・仕込んだものは、少しだけ丁寧に食べる
・冬の冷たい料理は、前菜の量で
・香りのある食材は、引き算して残す
酸味が苦手な人は、
隠し味程度にピューレを入れるのがおすすめです。
同じいちごでも、
瓶に入っていた時間と、
娘の包丁の手つきと、
台所の会話と。
そういうものが重なると、
味はずいぶん変わるのだな、と思います。
お酒はいれないパスタなのに、
どこか大人びた味がして。
仕込む日と、開ける日。
そのあいだに流れた時間ごと、
今日の一皿になりました。
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