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【夜の静寂🌙、昼の気配】(4)建前と本音のあいだ

⇧ 🌙  前 話  🌙 ⇧


社内で浮いた存在だったあの男性社員は、

難関の国家資格、

その二次試験に挑もうとしていた。



私は一週間、彼の隣に座った。


試験対策の話を聞き、

世間話に相槌を打ち、

ときおり思いつくままの助言を差し込む。


特別なことはしていない。

ただ、話を遮らずに聞いた。



試験前日、

例の派遣の彼女が、

部署も違う彼に声をかけた。


短い言葉だったが、

はっきりとしたエールだった。



彼にとって、

この会社で応援されるという経験は、

おそらく初めてだったのではないかと思う。



同時に、

私は彼女の距離の詰め方の巧みさを感じていた。


誰もやろうとしないことを、

あっさりと、しかし自然にやってのける。


そこに、

わずかな「あざとさ」を見た気もする。


もっとも、それは私の偏見なのだろう。



試験翌日、私は一応、彼の隣に座った。

手応えを聞くためだった。

少し、彼のことを心配していたのだ。



だが、それは杞憂に終わった。


彼は、

「面接官とのやりとりがうまく噛み合った」

と語った。


会話のキャッチボールが成立していた、と。



私は安堵し、

翌日から、また別の席に戻った。



数日後、

個室スペースで彼とばったり顔を合わせた。


彼は、

自分のチーム内での関係性がうまくいっていないと、

ぽつりと愚痴をこぼした。


私は、それを聞くだけにとどめた。



さらに数日後、

派遣の彼女と話す機会があった。



あの男性社員から、

何かきつい言葉を向けられていないか。


それに耐えられているか。


私は、そう尋ねた。



「大丈夫です」



淡々とした返答だった。

立場上、社員を悪く言えない。


その距離感の取り方に、

私はまた、彼女の上手さを見る。



そのとき、私は彼女の顔を、

はじめてまともに見た気がした。



遠目の印象は変わらない。


だが、

正面から見ると、

頭の中で描いていた像と、

わずかにずれる。



その夜、ふと、

数年前に

一度きりの関係を持った女性のことを

思い出した。


彼女に、

似ている気がしたのだ。



もちろん、別人だろう。


だが、

もしかしたら、という考えがよぎる。


理屈では否定できるのに、

感覚だけが、

過去を引き寄せる。



それから、夜になると、

派遣の彼女と、かつての記憶とが、

頭の中で重なり始めた。



昼間の私は、距離を詰めない。

いや、詰めないように我慢している。


存在感を示したい衝動を、

理性で押さえ込む。



近づけば、

彼女は男性を翻弄する側かもしれない。


その手の内で、

自分が転がされる姿も、

容易に想像できた。



だから、平静を装った。

他の女性社員とも、偏りなく会話する。


公平で、淡々とした人間であることを、

さりげなく示す。



だが、意識は抜けない。



今年最後の出社日、

定刻前に簡単な飲食会が催された。


私は意図的に参加せず、

委託された仕事を黙々と片付けた。



定刻が近づいたころ、

人の多い中で、

気配を消すように退社するつもりだった。



荷物をまとめ、

部屋を出ようとした、

その瞬間。


彼女が、すぐ近くにいた。



「お疲れ様でした」



彼女特有の、囁くような声だった。



本音では、

立ち止まり、

視線を合わせ、

丁寧に返すべきだった。


だが私は、

急いでいるふりをして、

すれ違いざまに

「お疲れ様でした」

と返し、

そのまま部屋を出た。



逃げたのだと思う。



ここまで近い関係ではない。

気にも留めていない。


そう振る舞うことで、

自分を守ろうとした。



帰り道、

ひょっとしたら

電車が同じになるのではないか、

そんな淡い期待が浮かぶ。



立ち止まるべきだったのではないか。

ちゃんと、

向き合って挨拶すべきだったのではないか。



建前と本音が、

静かに、

しかし確かに、

ぶつかり合っていた。



年末年始休みは、

まだ、始まったばかりだった。


⇩ 🌙  次 話  🌙 ⇩



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