【夜の静寂🌙、昼の気配】(8)無言の距離
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しばらく、
派遣社員の彼女から意識的に距離を置いていた。
不用意に近づけば、自分の心の均衡が崩れる。
それに、私が感じているほど、
彼女は私の存在を気に留めてなどいないはずだ――
そう言い聞かせていた。
その頃、
所内では別の緊張が私を包んでいた。
私の存在を快く思わない所員と、その周囲の人間たち。
表立っては何も起こらないが、
水面下での微妙な駆け引きが続き、
私は知らぬ間に神経をすり減らしていた。
ある週末、その緊張が一時的に緩んだ。
月曜の朝、久しぶりに少しだけ心が軽かった。
その日、座席を探していると、彼女が視界に入った。
気づけば私は、言葉ではなく、
視線と小さな身振りで
「あの席は空いていますか」
と問いかけていた。
彼女は一瞬こちらを見て、静かにうなずいた。
無言のやり取り。
それが成立してしまう程度には、
私たちは互いの存在を認識し合っているのだと、
遅れて気づく。
席に着く直前、彼女がふと口を開いた。
「このマグカップ、誰のかわかりますか?」
意外な問いだった。
もっと曖昧で、
感情の縁に触れるような言葉が来るのでは
と、どこかで構えていた自分がいたからだ。
「ここに置いておけば、持ち主はいずれ気づくでしょう。」
それだけ答えた。
彼女の声には、
いつもの落ち着きとは少し違う、
かすかな迷いが滲んでいた。
彼女にも、心が揺れる朝があるのだろう。
その日は、通路を挟んだ隣の席に座った。
近いようで、決して交わらない距離。
視線を合わせることもなく、
言葉を交わすこともなく、
ただ同じ空間にいるという事実だけが、
静かに意識の奥に残った。
「あのカップ、まだ誰も取りに来ていませんよ」
そう声をかけようと、一瞬思った。
だが、
その言葉は胸の内にとどめたまま、
私はキーボードに視線を戻した。
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