【夜の静寂🌙、昼の気配】(7)温度のない視線と、滲むもの
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冷徹に見えた彼女の目。
いや、冷徹というよりも、
温度を感じない、
と言ったほうが近いのかもしれない。
この事務所では、
すれ違いざまに会釈をする習慣はない。
それが、この会社の空気なのだ。
加えて、私はあくまで外部の人間で、
社員同士の暗黙の距離感の外側にいる。
それでも、彼女は必ず会釈をしてくれる。
目が合っているかどうかは分からない。
ほんの一瞬、首をわずかに傾けるだけの動作だ。
だが、それは確かに、
こちらへ向けられたものだった。
彼女なりの、人との接し方なのだろうか。
形式ではなく、習慣でもなく、
ただ、そうするのが自然だから、
というような。
ある日、給湯スペースで珈琲を淹れていた。
カップに注ぎ、少量のミルクを落とす。
私はそれをかき混ぜない。
白がゆっくりと広がり、
境界が溶けていくのを眺めるのが、
昔からの癖だった。
その様子を、偶然、彼女が見ていた。
「ミルク、混ぜないのですか?」
珍しく、彼女のほうから声をかけてきた。
私は少し間を置いてから答えた。
「はい。
このまま、自然に浸透していくのを眺めるのが、
好きなんです。」
すると彼女は、ためらいもなく言った。
「私も、やってみます。」
思いがけない言葉だった。
こんな些細な癖を、
そのまま真似しようとする人に、
これまで出会ったことがない。
物珍しかったのかもしれない。
あるいは、
ただ、その場の流れだったのかもしれない。
だが、その一言が、妙に心に残った。
彼女は何を感じ取り、
何を意図していたのだろうか。
「私もやってみます。」
その声のトーンが、
彼女特有の、あの静かな響きのまま、
しばらく耳の奥から離れなかった。
混ざり合わず、
それでも少しずつ境界を失っていく、
珈琲の中の白い揺らぎを見つめながら、
私は、自分の内側でも、
何かが同じように滲み始めているのを感じていた。
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