香川綾・「大さじ・小さじ」を生んだ栄養学の開拓者【手のひらの偉人伝19】
あなたは、台所の計量カップや計量スプーン(大さじ・小さじ)を生み出したのが、日本人であることを知っていますか?
それらは、栄養学者の香川綾(かがわあや、1899~1997)が、1948年頃に考案したものです。
香川は、カンや目分量に頼っていた料理の世界に、分量や時間を正確に計る「計量化」を導入しました。それで、初心者でも名人の味をかなり再現できるというのです。
「誰もが美味しい料理をつくれるようになれば、食生活が向上し、健康の増進につながる」と、彼女は考えました。
しかし、彼女の功績は計量カップとスプーンだけではありません。彼女は栄養学という当時の新しい科学の日本での開拓者で、生活や社会の改革者でした。「昭和の巨人」の一人ではないかと。
香川は、東京女子医専(今の東京女子医大)を卒業しました。しかし、臨床には進まず、栄養学者である東大教授の門下となり、栄養と料理についての研究を始めました。女性科学者は皆無だった昭和初期(1920年代)のこと。
たとえば、一流の料理人に料理をつくってもらい、「素材や調味料を何グラム使い、何分加熱するか」などを計測し、膨大なレシピのデータベース(紙のカードによる)をつくる……
また、栄養学や料理を学ぶ学校を設立し、さらに今も続く雑誌『栄養と料理』を創刊。
以上は昭和の戦前期の、彼女が30歳頃~40代のときのことです。
その後大戦の空襲で、彼女の学校は焼失。しかし戦後に再建され、現在の女子栄養大学に発展しました。
そして、「料理の科学」のための道具として、計量カップなどを考案。
さらに1956年頃には、献立の指針となる食品分類「四つの食品群(のちに四群点数法)」を提唱。この分類は実用性の高い優れたもので、高校の教科書にも採用されました。
なお、「適切な食事で健康を守ること」は彼女自身も実践し、80代の終わりまで、大病をしたことはありませんでした。
1997年に98歳で亡くなった彼女の遺体は、本人の希望で解剖され、高齢者の健康に関する貴重なデータが得られました。人びとの健康のために生涯を捧げ、貢献した彼女でしたが、死んでもなお貢献し続けたのでした。
***
*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。
(参考文献)
・香川綾『栄養学と私の半生記』日本図書センター、1997年
・香川芳子『栄養学の母 香川綾 九十八年の生涯 人生あせることはない』毎日新聞社、1999年
「手のひらの偉人伝」の次の記事。マガジンにもまとめています。
前の記事。
