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大原孫三郎・知恵とセンスをこめてお金を使う【手のひらの偉人伝18】

大正~昭和初期の実業家・大原孫三郎(1880~1943)は、地元の倉敷で、親から受け継いだ紡績会社などを経営しながら、孤児院、社会問題の研究所、総合病院、美術館などの社会事業に私財を投じました。

大原が活動した大正期は、一部の恵まれた人たちによる、福祉や文化の向上をめざす社会事業が活性化した時代です。

当時は、政府による公共の病院も図書館も少なく、本格的な美術館はありません。そこで、民間でつくろうとしたのです。

大原は、そんな「大正の社会実験」の代表的人物です。

大原の魅力は、その事業が金持ちの道楽や恰好つけではないことです。そこには多くの知恵やセンス、そして本気の想いがこもっています。

大原は、各分野の創造的な専門家を見きわめ、その人たちとの深い信頼関係のもとで事業を行いました。たとえば、孤児院の石井十次、大原美術館の児島虎次郎、大原社会問題研究所の高野岩三郎……

石井十次は、日本の孤児院のパイオニアです。彼の運営する施設は、一時は千人以上の子どもたちを養育していました。

児島虎次郎は、若い頃から大原が支援する洋画家。今も続く大原美術館の基礎となる絵画のコレクションは、大原が託した資金で児島がヨーロッパで買い付けたものです。

その資金は、必ずしも潤沢ではありませんでしたが、児島の選択は的確で、大原コレクションの価値はおおいに高まっていきました。

高野岩三郎は、当時の著名な経済学者で、「統計による社会・経済研究」の日本における先駆者です。

高野は大原に招かれ、大原社会問題研究所の所長に就任。研究所は、統計調査を駆使した社会問題の研究で実績をあげました。

このように、「この人なら」という専門家にお金を託すから、活きたお金の使いかたになる。

今の私たちが、大原に学ぶことは多いはずです。現代の政府や民間の社会事業では「有効にお金を使うことのできる人や組織に、お金がきちんと流れていかない」ということが、あちこちでみられるのですから。 

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*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。

(参考文献)
かつては大原孫三郎傳刊行会編『大原孫三郎傳』(1983、タイトル写真は同書による)がほぼ唯一のまとまった伝記で、あとは城山三郎の小説『わしの眼は十年先が見える 大原孫三郎の生涯 』(新潮文庫)があるくらいだったが、近年は研究者による以下の新書の評伝も出ている。

・兼田麗子『大原孫三郎 善意と戦略の経営者』中公新書、2012年

「手のひらの偉人伝」のつぎの記事。マガジンにもまとめています。

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