カント・地元の町を出ることなく世界を語る【手のひらの偉人伝23】
「ドイツ観念論」の大哲学者イマニュエル・カント(1724~1804)は、大学で哲学のほかに地理学の講義も行いました。その講義は大好評で、多くの学生や市民が聴講しました。彼は世界の町や自然を、目に浮かぶように生き生きと語りました。
また、カントと話した東洋帰りの商人が、カントの中国に関する知識に感嘆するといったことも。
しかしカントは、中国に行ったことはありません。それどころか、生まれ育ったドイツ(当時プロイセン)の都市ケーニヒスベルクをめったに出たこともなかったのです。
毎日決まった時間に散歩するなど、規則正しい生活をしながら研究に打ち込み、市内の大学で講義するのが、カントの毎日でした。
その合間に、休みの日にはいろいろな職業の、さまざまな経験を持つお客さんを自邸での食事会に招いては世間話を楽しみました。
地理学の講義は、そんなふうに書物や人から得た知識で話していたのです。
なお、カントは生涯独身でした(召使や料理人はいました)。学究肌で内向的なところがありましたが、中高年になると自邸での食事会を積極的に楽しみました。その際には、休日の数時間をかけ、それなりの食事も用意するなど、相当に力を入れています。
カントにとってこの食事会は、社交の場であるとともに知的な研鑽の場でもあったはずです。この世界についてのさまざまな視点・情報の窓口であり、自分の思考や知識を一般市民に語って試す場でもあったのです。
「それにしても、自分の町から一歩も出ていないのに、それで世界を語るなんて、ホラ吹きだなあ」と思うかもしれません。
しかし、「そんなことはない」というのがカントの立場です。カントは「人間や世界を知るには旅行は大事だが、人や情報が行きかうそれなりの都市にいれば、旅行しなくても世界についていろいろとわかる」ということを、晩年の著書『人間学』の序言で述べています。
地元から出ることなく世界について説得力をもって語ること、つまり「リアルなホラを吹く」ことは知性の力なのです。豊富な知識と、想像力・構成力のたまものです。
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*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。
(参考文献)
・小牧治『カント(人と思想)』清水書院、1967年
・石井郁男『カントの生涯 哲学の巨大な貯水池』水曜社、2019年
カント『人間学』岩波文庫、1952年
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