本田宗一郎・学校で科学を勉強し直した社長【手のひらの偉人伝3】
自動車メーカー・ホンダの創業者・本田宗一郎(1906~1991)は、丁稚奉公で自動車修理の技術を身につけ、22歳で修理工場を開業して成功します。30歳頃には、エンジンに使うピストンリングという部品の製造をはじめました。
しかし、どうしても満足なものができません。工学の教授に相談すると、その原因をすぐにつきとめてしまいました。
自らの科学知識の不足を痛感した本田は、社長を続けながら地元・浜松の高等工業学校に入学しました。
しかし、仕事に直結する物理などの科目以外の講義には出ず、試験は受けませんでした。それで退学になってしまいますが、出たい講義にはモグリで出続けました。
のちに本田は「卒業証書はいらない。でも、科学の勉強はたいへん役立った」と述べています。
これは、「学問の意義」や「何のために勉強するのか」を考えるうえで参考になる事例ではないでしょうか。
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*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。
(参考文献)
本田宗一郎『スピードに生きる』実業之日本社、2006年復刊
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