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樋口一葉・お嬢様コースを外れて生まれた文学【手のひらの偉人伝2】

樋口一葉(1872~1896)は、日本初の職業的女性作家です。

彼女は、東京でそれなりに裕福な士族の家に育ちました。つまり「お嬢様」だったわけですが、「女に学問は不要」という親の方針で女学校には行けませんでした。

ただし、和歌や古典を教える私塾に通うことはできました。それはやや「時代遅れ」の教育でした。しかし、そこでの学びは古典を踏まえた彼女独自の表現力を育みました。

その後、10代の終わりには、彼女の家は父の病死などで没落し、借金を重ねながら母や妹とともに貧乏暮らしをするように。その中で、吉原の歓楽街に近い(良くない環境といえる)借家に住み、雑貨屋を開業して失敗したことも……

苦しい家計のなかで、女性が身を立てる手段として、そして生きがいとして、彼女は小説家を志すようになります。そして、家族に支えられながら書き続けました。

彼女は24歳で結核のため亡くなりましたが、最後の1年半には代表作を次々と書き上げ、文壇で高く評価されるようになりました。

そのとき彼女は「富裕層に限定されるはずの高い教養と文筆の力を持ちながら、貧乏や底辺を知る唯一の女性」になっていました。だからこそ、市井の人々を見事に描いた名作を書くことができたのです。

彼女の文学は、順調なお嬢様コースを外れながらも必死に研鑽を積んだ成果です。

日記のなかで一葉は「千載(せんざい)に残さん名(千年後まで残したい私の名前)」と書いています。「一時の流行に迎合せず、千年残る作品を全力で書く」という決意と野心をあらわす言葉です。

「千年」とはいかなくても、死後100年以上経った今も彼女の作品は、文学の愛好者や専門家に高く評価されています。お札の顔にもなりました。彼女の思いはかなり達成されたといえるでしょう。

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*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。

(参考文献)
若い一葉が父を亡くした後、生活の問題を抱えながらも精一杯生きた姿を、具体的な家計や暮らしぶりを通して描いた、興味深い評伝。

・伊藤氏貴『樋口一葉赤貧日記』中央公論新社、2022年

「手のひらの偉人伝」のつぎの記事。マガジンにもまとめています。

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