ファーブル・人生後半からの「楽園」の暮らし【手のひらの偉人伝11】
『昆虫記』で知られる博物学者アンリ・ファーブル(1823~1915、フランス)は、エリートの科学者ではありません。第一級の発見をしたわけではなく、科学読み物の著者として優れた仕事をした人です。
子ども時代の彼は、学業優秀でした。しかし、飲食店を営む親が経済的に破綻し、学校は中学程度で一度辞めています。10代半ばの彼は、底辺の労働者としてきびしい生活を送りました。
しかしその後、師範学校の奨学生(無償の食事付きの寮あり)に応募して合格し、学業に復帰。
そして、19歳で卒業した後は、教師をしながら好きな動植物の研究を続けます。若くして結婚し、家庭も持ちました。また、大学で科学の学位も取得しています。
教師の給料は安かったので、研究費は、科学を教える個人教師のアルバイトでまかないました。
30代半ばには、彼の研究は学会で評価されるほどになります。また、科学の読み物や教科書を出版したところ、好評でした。
40代後半で彼は、思いきった決断をします。教師を辞め、著述業で生きることにしたのです。それが軌道に乗ると、55歳のときには、郊外に大きな庭付きの家を買って家族で移り住み、周囲の自然を素材に観察と実験ざんまいの日々を送るようになりました。
ついに手に入れた「楽園」の暮らし。その中で『昆虫記』の大部分は書かれました。
その暮らしは、終生続きました(91歳没)。そして、『昆虫記』は次第に高い評価を得て、かなりの収入にも恵まれたのでした。
苦労人のファーブルが、人生の後半には思う存分好きなことができたのです。それをみると、多少とも明るい気持ちになりませんか?
***
*古今東西の偉人を数百文字で切り取って紹介した記事を、その都度思いつきでアップしています。
(参考文献)
・奥本大三郎『博物学の巨人 アンリ・ファーブル』集英社新書、 1999年
ファーブル研究の第一人者が、読みやすく、コンパクトに述べています。
より詳しい定番の伝記のひとつ
・イヴ・ドゥランジュ『ファーブル伝』ベカエール直美訳、平凡社、1992年
サムネイルの写真は、同書から。
「手のひらの偉人伝」のつぎの記事。マガジンにもまとめています。
前の記事
