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きみだけが知らない歌(1)|小説

この物語の第0話 プロローグはこちらです。


1.僕だけが聴けない歌


「先輩、もう一度さっきの曲聴かせてもらえます?」

 鞄から取り出したMP3プレイヤーをテーブルに置き、イヤホンをティッシュで拭いた。

「そんなの気にしませんって、神経質そうとか思ってます?」

「大元を神経質と思う人間はいないだろうけど、耳を商売道具にしてる人を相手にしてるんだから、このくらい気遣いにも入らないよ。渡したイヤホンを眼の前で拭かれたらいい気しないだろ。こういうことは渡す側がやるもんだ」

「なんか良いこと言った風ですけど、さらっと悪口言われた気がします」

 一瞬膨れっ面でこちらを睨んだが、イヤホンを手に取ると機嫌よく聴き始めた。良いリアクションだ、いじり甲斐がある。

 彼女は、大元彩子。音楽雑誌『マイミュージック』の編集者で俺の担当をしてくれている。独立前は俺も席を置いていて、彼女が入社して1年ほど組んでいた時期がある。今は仕事を貰っている立場で彼女はお客さんにあたるわけだが、未だに先輩と呼び親しく接してくれている。ありがたい。

 次の海外取材の打ち合わせで訪問し仕事の話も済んだところで、例の歌の件を訊ねてみたのだが大元も知らなかった。同僚や編集長にも訊いてもらったが知らないという。知らないの良いとして、誰も気持ち悪くならないらしい。

 俺はこの曲を聴くと気持ち悪くなって意識が飛びそうになる。俺だけが聴けない歌。いや、吉田君も気持ち悪いと言ってたから、この歌をまともに聴けない人間が少なくとも二人いる。

 結局わかったのは二人以外は普通に聴けるということだけ。ただし気持ち悪くなる件は編集長が良い人物を紹介すると言って、その場でアポイントを取ってくれた。
 約束まで時間があるので、今は大元と二人で昼食を摂っている。

「色っぽくってかっこいい声ですよね。サビはお客さんとの掛け合いで盛り上がりますよ、これ。いつ頃の歌でしたっけ?」

「1977年あたりらしい」

「生まれる前なんで想像でしかありませんけど、人気があったと言われたら納得します」

「そうなんだ」

 自分でも、思いの外、テンションの低い声だと思った。

「あっ、ごめんなさい」

「別に気にしてない。なぜレコードを出している歌手の記録が無いのか考えていたんだ」

「自主制作って可能性はないんですか」

「それがレコードジャケットに〝初芝EMY〟って書いてあるらしいんだ」

「何かの事情で発売が中止されたとか」

「まあそんなところだろうけど、何も記録が残ってないってのがね……」

「初芝EMYってことは今のEMYレコーズですね、問い合わせてみました?」

「あるかないかわからないことをどう訊くんだよ。しかも今は日本法人もないイギリスの企業だぞ。相手にすらしてもらえないだろう」

「私が訊きましょうか」

「コネでもあるのか」

「ありません」

「なら止めておけ。俺が不思議に思っているだけで、誰も困っていない。個人的なことで人の手を煩わせるのは好きじゃない」

「少なくとも先輩は困っているように見えますけど、そこまで言うなら止めておきます。額のシワが増えても私のせいにしないでくださいね」

「するか」

 額のシワをいじられ、不覚にも口元が緩んでしまった。
 狙ってやっているのかわからないが、取材対象に一言でも多く語ってもらえるのは、大元のような人物だ。コミュニケーションに長けていると言えばその通りだが、それ以上の何かを感じる。いずれは編集長かもしれない。

 * * *

 車を降りると紙袋を渡された。

「何だ?」

「お土産です。編集長が『私から』と言って、ご本人に手渡すよう言われました。『業界の重鎮なので、くれぐれも失礼のないように』と、真面目な顔で念を押されましたよ」

 軽くモノマネが入っている。大元は編集長もいじるのか。誰にでもやってるんじゃないか心配になる。なにはともあれ編集長が一目置いてるのならば本当に重鎮なのだろう。

「この道を上がったところのようです」

 一車線ほどの舗装された道が、駐車場から小さな森に向かって伸びている。国道に接しているが鎖が掛けてあり、この駐車場に車を置いて歩いてお越しください、ということなのだろう。森はわずかに高台になっており、古墳のような雰囲気もある。

 綺麗に整えられた生け垣の上から、建物の二階が見えてきた。白い壁で、モダンな様式のコンクリート造り。執事が出迎えてくれそうな雰囲気がある。

「業界って、出版業界の?それとも音楽業界の……?」

 生け垣に沿って進むと、門柱に年季の入った看板が掛けてあった。

〝志波田医院 耳鼻咽喉科〟

 看板を指差し、大元に目をやると、大元はメモを持った右手を看板に向け突き出した。

「シ・バ・タ・イ・イーン!はい、ここです」

「医学界の重鎮か。医者なら医者と教えてくれればいいのに。まあ一度診てもらおうと思っていたから、探す手間が省けてありがたい」

 門を潜ると、少し先を行く大元の足取りが弾んで見える。他人事だと思って、絶対楽しんでいるだろ、こいつ。

 観音開きの扉を引くと、室内の空気に混ざって微かに消毒液の匂いが漂ってきた。好きでも嫌いでもないが、緊張してしまうのは注射が怖かった幼少期の体験が潜在意識にあるのだろう。入るとすぐ左手に受付があった。

「すみません、大元と申します」

「はい。『マイミュージック』の方ですね、伺っております。そちらに掛けてお待ちいただけますか」

 そう言って、待合室のソファを指す看護師。言われた通り腰掛けて待っていると受付の看護師が近づいてきた。

「本日診察をうけられるのは?」

 診察されると聞いていなかったが、話を通してくれているのだろう。

「はい、私です」

「では、こちらにお名前と生年月日とご住所、今の健康状態を項目に沿ってチェックして頂けますか。分かる範囲で結構です。あとこれで体温を測ってご記入お願いします。今日保険証はお持ちですか」

「ええ」

 保険証を差し出すと、看護師は両手で受け取り下がっていった。

 執事こそいなかったが、こじんまりとして安心感を覚える待合室。地域に根ざした町の開業医、ってところか。いい雰囲気の病院だ。

「お世話になるならこんな病院が良いな」

「先輩は診察を受ける前から、その耳で一生過ごすと決めているわけですか」

「雰囲気だよ、雰囲気。かかりつけなら、こんな雰囲気の病院が良いって話」

「確かにいい雰囲気ですね。多分ですけど。ここ、外の音を拾って待合室に流していると思うんです」

 言われて耳を澄ましてみた。壁はコンクリートで窓も閉めてあるにも関わらず、木の葉が擦れる音や鳥のさえずりが聞こえる。それも意識しなければ気づかない極めて小さな音。

「不思議と圧迫感を感じないのはそれか。国道から離れているのも、森の中にあるのもそのためか」

「フォレスト・セラピーとかいうやつじゃないですか」

「できるお医者さんかもな。医学界の重鎮というのは、大げさじゃないかもしれない」

 先程の看護師が近づいてきた。

「お待たせしました。ご記入は終わりましたか? では体温計とアンケートをお預かりします。それから保険証ありがとうございました。ではこちらへどうぞ」

 看護師の後をついていこうと立ち上がると「行ってらっしゃい」と言って小さく手を振る大元。そしてガッツポーズ。
頑張れってことか。反射的にグッドサインを返したが、何の頑張れだ?

(つづく)

エンディング

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miaカカオ3%


この物語はフィクションです。
実在する人物・団体とは一切関係ありません。


0.君はよしんば千秋を知っているか?
1.僕だけが聴けない歌
2.音楽と記憶
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
7.千秋あおい
8.あおいと文乃
9.兄弟喧嘩(最終話)


主な登場人物

悠大 達人(ゆうだい たつと:男性):
この物語の主人公。フリーの音楽ライター。

大元 彩子(おおもとさいこ:女性):
音楽雑誌の出版社に務める編集者。悠大とは先輩後輩の関係。彼がフリーになってからも先輩と呼び慕っている。

志波田 一尉(しばた いちい:男性):
志波田医院のオーナー。

よしんば千秋(よしんばちあき:女性):
1970年代後半に活躍したアングラ界の歌姫。
吉田公輝の母親。彼が一歳の時に他界。



あとがき

最後までお読み下さりありがとうございました。
この物語の第0話は、青豆ノノさんの小説『アングラ歌謡祭』の時代背景やキャラクターを含めた作品の空気感にハマり書いた二次創作短編でした。

解決編を書き進めるうち、広がり過ぎた妄想は1話に収まらなくなりました。その中で生み出したキャラクターが小説の枠を超え、私のリアルな音楽活動や思いの表現を可能にするのではないかと気づき、これまで書いたことのない長編へと舵を切る決断をした次第です。

仰々しく書きましたが、私の浅はかな考えも、エンターテイメントとして表現すれば伝わるのではないかと楽観的に考えたわけです(笑)
何も『文章表現』の勉強をしてない私が、小説にしたからと言って、いきなり伝わる文章を書けるわけありません。
ただ、私が読みたい小説ならば書けます!これは楽曲制作とまったく全く同じスタンスです。これだけは死守出来ます。
『文章表現』は都度都度勉強するとして、まずはここから始めたいと思います。

 この『きみだけが知らない歌』は、全6話の予定です。
しばらくはnoteで連載し、最終話の目処がたった時点で、Tales経由で創作大賞にエントリーする予定です。

昨日(4/22)からTalesが解禁されましたが、『栞』機能はないようです(涙)。読者と作家を繋ぐためには必要だと思うのですけどね。今はこうした要望も作品のネタにできる気がしています(笑)

 最後になりましたが、1stエピソードの執筆にあたり、元ネタとなった『アングラ歌謡祭』に登場する人物のお名前や設定を使わせて頂くことを快諾下さった青豆ノノ様に、あらためて御礼申し上げます。誠にありがとうございます。

TALES版


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