きみだけが知らない歌(4)|小説
前回のお話し
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
「志波田先生は、この歌をご存知だったのですね」
そう言ったのは、大元だった。
「ええ、若い頃、聴いていました」
「カッコいい歌ですよね……」
大元はそう言って立ち上がると、テーブルの端に沿って迂回し、俺の隣に座り直した。目が合うと澄ました顔で『どうぞ』という仕草。
なんだその『きっかけは作ってあげましたよ』的な態度は!最後までやれよ。さては、この先のことを考えていなかったな。
「私の知人に興味をお持ちのようですが、何か気になることでも?」
「いや、読者に取材するほど湧いた興味というのが、どのようなものか、私も興味が湧いただけです。ちょっとした好奇心というやつです」
「てっきりお知り合いなのかと思いました」
「どんな読者なのか、知っていた方が理解しやすいと思いまして」
話の軸をずらしにきてる。素直に答えられない事情があるのだろう。
ならば……。
「私が興味を持ったのは、この歌が大手レコード会社から発売されたにもかかわらず、どこにもその記録が無かったからです。偶然ですが、その知人も、最近この歌を聴いて気持ち悪いと感じたらしいのです」
「息子さんもそうなのかね!」
ヨシ!と心の中でガッツポーズをした。
「私は、知人が男性とは、一言も言っていませんが」
「……」
大元は小さくガッツポーズをしていた。
「先生が知っていることを話していただけませんか?…… もちろん、秘密は守ります」
先ほどまで、終始にこやかだった先生の目が険しくなった。
少しの沈黙の後、声のトーンを落とし「少し考えさせてくれ」と言って立ち上がると、窓際の机に向かって歩き出した。机の前で立ち止まると振り返って言った。
「ひとつ質問に答えてくれないか。知人の男性は『よしんば千秋』の息子さんかね?」
「彼が息子さんなら話していただけるのですか?」
「ああ、話すよ……」
「彼は息子さんです」
「そうか……」
先生は、鍵のついた引き出しを開けて何かを取り出すとソファに戻ってきた。手にしているのは使い込まれた手帳のようだ。
「私は、彼女と面識がある。引退される直前から、お亡くなりになるまで、お付き合いがあったよ。息子さんとは、赤ん坊の頃お目にかかったきり会っていない」
言葉を選びながら慎重に話している。
「君が興味を持ったレコードは、彼女のデビューと同時に発売予定だったが、直前で中止になった。だから記録にない」
「発売が中止になったとしても、何かしらの痕跡が残りそうですが……」
「……」
「発売が中止になったのはなぜですか?」
「……」
先生は腕を組み黙ってしまった。
何を答えるべきか悩んでいるようだ。
「では、歌姫とまで言われた彼女が引退したのはなぜですか?やはり出産がきっかけですか?」
「よく調べたね……。正直に言うと、そのあたりの事情はよく知っている。だが、私からは話せない」
「え、さっきは話してくださると!」
「先ほど君も言っていたじゃないか、個人情報だよ。私からは話せないが、当事者を紹介する。それも、本人の了承を得られたら、の話だが。少し待ってくれるかね……」
そう言って手帳を開き、携帯電話に番号を打ち込むと、大きく深呼吸して発信ボタンを押した。
電話の相手はワンコールで出た。
「突然のお電話で申し訳ございません。私は志波田一尉と申します。二十年以上前になりますが……」
「えっ!志波田先生!大変ご無沙汰しております!」
私のところまで相手の声が聞こえてきた。先生も携帯を耳から離して笑っている。電話の相手は女性のようだ。
「あの頃とお変わりないご様子、お元気そうで何よりです」
「先生もお変わりございませんか!」
「ええ、相変わらず自由にやらせてもらっています。少しお時間、よろしいでしょうか?」
「勿論です」
「お電話したのは、あの約束の件でして……」
「……」
相手の声は聞こえなくなった。
「偶然なのですが、今日いらした患者さんが公輝君の知人でして。その方が、当時のことをうかがいたいとおっしゃっているのです。私では話せないこともありますので、央里さんに確かめてからと思いまして」
「……」
「彼は音楽雑誌の編集者です」
「……」
「勿論、秘密は守ると言っています」
先生がこちらを見たので頷いた。
「はい、記事にしないと約束させます」
またこちらを見たので何度も縦に首を振る。
「はい……秘密は守れる人物です。先ほど個人情報の件で一本取られたばかりでして。そこは私が保証しましょう」
顔の前で両手を合わせて拝んだ。
「それから、ここからが本題なのですが」
ん、本題?
「彼の話では、公輝君がお母さんのことを知ったそうです。…… 公輝君も成人していますし、良い頃合いではないでしょうか。…… そう、悠大さんとおっしゃるのですが、彼が適任だと考えています」
何が?
「ええ、目の前にいます。…… 明日十時に会社ですか」
何度も縦に首を振る。
「では、十時に伺うよう伝えておきます。彼に携帯番号を教えてもよろしいでしょうか?…… 私は行けませんが助手を同行させます。…… ええ、若いですがしっかり者です。央里さんが気に入りそうな女性です。例え気に入っても、スカウトしないでくださいよ」
大元が今日何度目かのガッツポーズをしている。一緒に来る気だったのか。いや、スカウトの方か?
「何かあれば私がすぐに動きますのでお電話ください。…… はい、全て済んだらご一緒に。…… 楽しみにしています。では、失礼いたします。はい」
先生は電話を切ると、白紙のページに何やら書き出した。
「今の電話の相手はどなたですか」
「央里文乃さんだよ」
「聞いたことのあるお名前ですね」そう言うと大元は天井を見上げて、必死に思い出そうとしていた。
確かに聞いたことがある。どこの誰だったか。
「音楽雑誌の編集をしているなら知っているだろう。ビートニクの社長さんだよ」
「ビートニクの……、央里文乃さん……」
「え、えぇぇぇぇっ!」
ここでその名前を聞くとは想像もしなかったので、二人して大きな声を上げてしまった。
ビートニクと言えば、ミリオンセラーを売り上げるバンドや、連続ドラマの主役を張れる役者を抱えている、大手タレント事務所だ。
一般的にはそういう認識だがそれだけではない。
タレントの私生活やプライベートにも気を配り、アーティスト活動を妨げそうな事案には素早く対処し、どこよりもタレントを守る会社として、エンタメ業界では有名だ。ビートニクに入りたいというタレントは後を絶たない。
その力は出版にも及んでいて、所属タレントを記事にする場合、どんなに小さな記事であっても必ずチェックを受けなければならない。それは持ちつ持たれつの関係である以上当然なのだが、どこよりもチェックが厳しい会社として出版業界では通っている。チェックを無視してスキャンダルでも載せようものなら会社ごと潰されるという噂も聞く。
「念の為お伺いしますが、タレント事務所のビートニク……、ですよね?」
「そうだよ、知っているだろう」
「はい……」
取材ならともかく、少し興味が湧いただけのことで、とんでもないものを掘り起こしてしまったのではないかと後悔し始めている。
「はい、これ」と言って、先生が差し出したメモには、目にしたことがある『央里文乃』という名前と携帯番号が記されていた。
「住所は知っているよね。君たちの会社からそう離れていなかったと思うが」
「はい、何度か伺ったことがあります……」
「ん?どうしたね」
「私、消されたりしませんよね……?」
「それは君次第だろう」そう言うと先生はカッカッカッと笑った。
「キャンセル……、できませんよね……」
「それこそ危ないんじゃないか」
マジかー。
「冗談だよ冗談。二人でじっくり話を聞いてくるといい。聞けば君の疑問は解消するし、私の口が重い理由もわかるはずだ。君たちならわかってくれると信じているよ」
何かわからないが、いつの間にか先生の期待も背負わされた。この先生は『重鎮』よりも『黒幕』と呼ぶべきだろう……。
志波田先生は、姿勢を正すと、改まって言った。
「ひとつお願いがあるのだが……。もし、央里さんが公輝君に会いたいと言ったら、引き合わせてあげてくれないか」
(つづく)
この物語はフィクションです。
実在する人物・団体とは一切関係ありません。
0.君はよしんば千秋を知っているか?
1.僕だけが聴けない歌
2.音楽と記憶
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
7.千秋あおい
8.あおいと文乃
9.兄弟喧嘩(最終話)
主な登場人物
悠大 達人(ゆうだい たつと:男性):
この物語の主人公。フリーの音楽ライター。
大元 彩子(おおもと さいこ:女性):
音楽雑誌の出版社に務める編集者。悠大とは先輩後輩の関係。彼がフリーになってからも先輩と呼び慕っている。
志波田 一尉(しばた いちい:男性):
志波田医院のオーナーにして、自称ボイストレーナー。業界の重鎮(黒幕)。
央里 文乃(おうさと ふみの:女性):
大手タレント事務所ビートニクの社長。志波田先生には恩があり、何か約束をしている。
吉田 公輝(よしだ こうき:男性):
よしんば千秋の長男。母の遺品整理をして見つけたカセットテープがきっかけで母が歌手だと知った。悠大が連載している音楽雑誌の読者。
よしんば千秋(よしんばちあき:女性):
1970年代後半に活躍したアングラ界の歌姫。
吉田公輝の母親。彼が一歳の時に他界。
TALES版
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