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きみだけが知らない歌(5)|小説

前回のお話し
4.事情を知る人物


5.央里文乃


 ビートニクの本社ビルに着いた。ちょうど、約束の十時だった。
 俺は少々緊張していたが、大元は普段と変わらない様子。肝が座っているのか、何も考えてないのかはわからないが、今は大元の性格が羨ましい。

 受付で名前を告げると、すぐ社長室に通された。
 社長室は、二十畳ほどの広さで、いかにも高そうな調度品で統一されていた。
 奥のデスクには、品の良いスーツに身を包んだ女性が座っている。

「初めまして。悠大と申します」

「央里です。初めまして。あなたは、先生が言っていた助手の」

「はい、大元と申します」

「どうぞ、お掛けください」

 央里さんはそう言って、部屋の真ん中で存在感を放っている応接セットを示した。

「志波田先生は責任を持つとおっしゃったけど、あなたを信用しているわけじゃないの。途中で気が変わって止めるかもしれないけど……良いかしら」

「はい」

「じゃあ、よしんば千秋が活躍した当時のこと、で良いのよね」

 彼女の名前が出た瞬間ヒヤッとしたが、想定はしていたので、身体に変化はなかった。

「大変申し訳ありません。お話の前に、そのお名前なのですが……。私は、彼女の歌や名前を聴くと、頭痛や目眩を起こすことがあります。幼少期の嫌な体験とこの歌が結びついて起こる防衛反応だそうです」

「それで、志波田先生のところへ。それは大変ね。今、名前を出してしまったけれど、平気なの?」

「ええ、大丈夫でした。志波田先生から、他人事として聴くよう教わりましたので、その心づもりがあれば、いくらかは平気なようです」

「それで付き添いがいるというわけね。わかったわ。では、私も『彼女』と呼ぶことにするわ」

「勝手を言って申し訳ございませんが、よろしくお願いします」

「でも、そんなにしてまで彼女のことを知りたいのは、なぜなのかしら?」

「初めは、知らない歌があるという事実を認めたくない、という、音楽ライターのプライド、みたいなものでした。彼女のことを調べてみると、大手レコード会社から発売されたレコードがあるにも関わらず、彼女や歌に関する記録が残っていないことに、疑問を持つようになりました。何か特別な理由があるのではないかと」

「あなたの好奇心というわけね」

「そうです。発売直前に中止になったので記録が残ってない、ということだけは、志波田先生からうかがいました」

「それでだけでは納得いかないと」

「そうです」

「いいわ。誰にも口外しないって約束できる?」

「はい、約束します。志波田先生に誓って」

「私は、彼女のマネージャーだったの。メジャーデビュー直前、引退を切り出したのは彼女よ。本当に歌が上手かったし、カリスマ性もあった。ライブのチケットは必ず完売。間違いなくメジャーでやっていけると思ったわ。だから続けようと説得した。でも、彼女の意思は固く、変えることができなかったの。 私達は高校の同級生でね。何でも通じ合える友達だと思っていたし、歌が大好きという彼女の気持ちは、誰よりも理解しているつもりだった。でも、この時は理解できなかったの」

「それで、喧嘩別れ、みたいなことですか?」

「いいえ、私が折れて、彼女の意思を尊重することにした。その後は、レコード会社に頭を下げに行ったわ。その時、初版二千枚はプレス済で、デビューに向けたプロモーションも話が進んでいたの。当然、レコード会社は納得するはずもなく、損害賠償という話になったわ。その時、力を貸してくださったのが志波田先生よ」

「志波田先生が……」

「どういう繋がりかはわからないけど、謝りに行くから何時何時空けておいてと連絡が入って、先生と彼女と私の三人で、謝りに行ったわ。プレスしてくださった工場やプロモーター、広告のデザイン会社に至るまで。彼女がいない方が治り易い場合は先生と二人で。たぶん先生お一人で話を収めてくださった所もあるはずよ。その甲斐あって、損害賠償には至らず、掛かった実費だけ、私達で持つというところで落ち着いたの」

「それでも相当な額になるのでは」

「そうね。当時、シングルレコードは六百円。今の価値にすると二千円くらいかしら。レコードだけでもデビュー前のミュージシャンが払える金額ではないわね。当時、親衛隊もいて、彼女はそのお一人と付き合っていたの。彼女から聞いたのね。彼は、あっ、……ご存知なのよね?」

「お会いしたことはありませんが、吉田公輝君のお父さんですね」

「そう、吉田さんがやってきて、その引き取ったレコードを、ファンに買ってもらうことを提案したわ。その許可を得るための交渉は、志波田先生がしてくださり、準備は整った。でも、彼女が、お金は受け取れないと言って聞かなかったわ。吉田さんは『聴いてくれるファンがいなければ、今のお前はない。最後にファンの気持ちに応える方法を考えろ』と言って彼女を説得し、ライブ会場や親衛隊のネットワークを通じて、売ってくださったの。中には、六百円のレコードに、三千円払う人もいたわ。吉田さんが言っていたことは本当だった。ファンが彼女のことを、心から愛してくれていたと、教えてもらったわ。勿論それだけでは足りないから、残りは分割して支払うことになった。その時も志波田先生が話を収めてくださったの」

「志波田先生様々ですね」

「本当にそう。志波田先生には感謝してもしきれない。私達の大恩人よ。これで納得できたかしら」

「話はわかりましたが、まったく記録が残っていないというのが、腑に落ちなくて」

「それは、彼女の存在を消したかったからよ」

「自分の経歴に汚点を残したくない、みたいなことですか?」

「そう考えていただいて構わないわ」

  そう言うと、立ち上がり、別室につながる扉の前に立ち、カギを開けた。

「こちらへどうぞ」

 そこは物置のようだった。八畳ほどの広さで、一面棚に段ボールが埋め尽くされていた。目を凝らすと、箱の表に、レコードや販促品、資料〇〇社などと書いてあった。当時の物のようだ。

「売れ残ったレコードや引き取った資料よ。損害賠償の件が一段落した後も、関係者に頭を下げて回って、譲ってもらったの。ネットオークションで買ったものもあるわ。物も情報も何もかも、彼女の存在がどこにも残らないように。痕跡がないのはそのためよ」

 物置には窓がないにも関わらず、埃っぽさやカビ臭さがない。普段から掃除がなされているのだろう。どう考えても、捨てられない宝物だ。本当に消したいのならば、処分してしまえば良い。

「汚点を残したくない、というのは嘘ですね?」

 そう言ったのは大元だった。
 またか!

 央里さんの言っていることが例え嘘だとしても、話しぶりからこれ以上踏み込むべきではないと思っていたのに。また俺に尻拭いさせるつもりじゃないだろうな。

「あらあなた、志波田先生の助手ではなかったの?」

「助手である前に人間です」

「それで、私のしたことが許せないと?」

「いいえ、違います! 目の前で苦しんでいる人を見過ごせません!」

「私が苦しんでいるというの?」

「はい! 本当は、彼女も彼女の歌もずっと大好きで、自慢の友達と言って回りたいくらいなのに、汚点を残したくないだなんて嘘をついて。ずっと嘘をつき続けて。今も苦しんでいらっしゃいます」

「真っ直ぐなのね。あなた」

「空気が読めない馬鹿と思われても構いませんが、この気持ちが間違いだとは思いません!」

「……」

 俺は大元の左袖をつかみ、「大元……」と、そっと声をかけた。

 しばらくの沈黙の後、央里さんは小さなため息をついた。

「志波田先生が適任と言っていたのは、あなたかしら」

「いいえ、先輩のことです」

 央里さんが、俺の方を見た。

「私、公輝君に会わせてもらえるかしら?」

「本当の理由を話していただけるのですね」

「ええ……。でも、公輝君よりも先に話すわけにはいかないわ。吉田さん親子と、志波田先生と、一緒にお話しできる機会を作っていただけないかしら。そこにお二人もいてくださる?場所や時間は合わせるわ」

「わかりました」

* * *

 帰りの車内で、大元は黙り込み、助手席で萎んだ風船のようになっていた。

「落ち込んでいるのか?」

「落ち込んでます……。わかっているくせに聞かないでください」

「気にするな、大元の真っ直ぐさが、央里さんの気持ちを動かしたんだ。だれにでもできることじゃない。凄いよ、大元」

「そこじゃありません……。マネージャーに、ってとこです……」

 あの後、大元の実直さを気に入った央里さんから、お誘いを受けたのだが、マネージャーにという話だった。


 俺は、マイミュージックの玄関前で車を止めた。

「着いたぞ、大元」

「あれ?寄っていかないんですか?」

「吉田君がカセットテープを聴くものがないと言っていたから、兄貴にラジカセを借りに行く。ついでに、小学生の頃の話も聞いてくるよ。吉田君と連絡が取れたら電話する」

「わかりました。お気をつけて」

 そう言って、大元は手を振って見送ってくれた。

 それにしても、大元が、タレント志望だったとは、恐れ入った。


(つづく)

エンディング

- Spacial Thanks -

サクライ セイタAugment


この物語はフィクションです。
実在する人物・団体とは一切関係ありません。


0.君はよしんば千秋を知っているか?
1.僕だけが聴けない歌
2.音楽と記憶
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
7.千秋あおい
8.あおいと文乃
9.兄弟喧嘩(最終話)


主な登場人物

悠大 達人(ゆうだい たつと:男性):
この物語の主人公。フリーの音楽ライター。

大元 彩子(おおもと さいこ:女性):
音楽雑誌の出版社に務める編集者。悠大とは先輩後輩の関係。彼がフリーになってからも先輩と呼び慕っている。

志波田 一尉(しばた いちい:男性):
志波田医院のオーナーにして、自称ボイストレーナー。業界の重鎮(黒幕)。

央里 文乃(おうさと ふみの:女性):
大手タレント事務所ビートニクの社長。よしんば千秋の元マネージャー。志波田先生は恩人。

吉田 公輝(よしだ こうき:男性):
よしんば千秋の長男。遺品整理をして見つけたカセットテープがきっかけで母が歌手だと知った。悠大が連載している音楽雑誌の読者。

よしんば千秋(よしんばちあき:女性):
1970年代後半に活躍したアングラ界の歌姫。
吉田公輝の母親。彼が一歳の時に他界。

TALES版


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