きみだけが知らない歌(6)|小説
前回のお話し
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
兄の家に向かう途中コンビニで車を停め、志波田先生に先程の報告をした。場所や日取りは吉田さん親子の都合に合わせるというので、すぐさま吉田君に電話した。
お母さんの高校時代の友人が会いたいと伝えたところ、面倒くさそうな返事が返ってきたので、親父さんに代わってもらった。
央里さんと志波田先生の名前を出すと、親父さんはすぐに察してくださり、場所は、吉田君がお母さんのレコードを聴いたジャズバーが良いというので、店の手配と吉田君の説得は親父さんが行い、後日電話を貰うことになった。
再び志波田先生に報告をして、俺は車を走らせた。
* * *
兄の家を出た時には、日がすっかり落ちていた。
ラジカセを後部座席に放り込むと、ダッシュボードに仕舞っていたタバコを一本取り、咥えた。イライラを鎮めるためだったが、兄の話に、禁煙記録を止めるほどの価値はないと思い直し、火はつけずに吸ったつもりで大きく息を吐いた。
兄や俺はこの際関係ない。今は何より吉田君だ。志波田先生は「央里さんと吉田さんと私、三人の約束なのです」と言っていた。約束とは、吉田君が自分から興味を示すまで、お母さんが歌手をしていたことを秘密にするというものだった。
吉田君の年齢からして二十四年も守り続けられた約束ということになる。志波田先生と央里さん、電話口の親父さんの口ぶりから、三人はこの時を待ち望んでいたに違いない。
志波田先生は、「一番身近にいた吉田さんが一番苦しかっただろうし、彼女と一番長い時間を過ごした央里さんも同様に辛かったはず。それに比べれば私などたいしたことない」と言っていた。
そうまでして守りたかったもの。吉田君の他にない。
翌日、親父さんから電話があり、二十四年越しの約束が完遂される日は、次の日曜日に決まった。
* * *
約束の日。天気は午後から雨という予報。空は黒い雲で覆われていたがまだ降ってはいない。
マイミュージック社で大元を拾い、俺たちはジャズバーに向かった。
大元には、ここまでの経緯と俺の考えを伝えてあったが、もう一つ伝えておかなければならなかった。
「志波田先生から、急な来客があって来れないって電話があった」
「先生がいなくて大丈夫ですか?」
「あの先生のことだ、俺たちで収められると思っているんだろう」
「先輩、信用されていますね」
「いやぁどうだか。仮に、志波田先生も揃ったとして、多分俺たち三人にできることはないだろう。実際のところ、吉田君親子と央里さんの三人が揃えば済む話だと思う。先生もそう考えているんだろう。収集つかないような何かあれば電話をくれと言っていたしな」
「やっぱり信用されていますよ」
駐車場に車を停めると、ラジカセとカセットテープを持って、ジャズバーの扉をくぐった。
店内には、吉田君と親父さん、マスターの三人だけで、吉田君親子は緊張した面持ちで窓際のテーブルに並んで座っていた。
「お電話させていただいた。悠大です」と、俺は名刺を出した。
「吉田です。公輝がお世話になっております。そしてこの度は大変お手数をおかけしました」
続いて大元が名乗った。今日は先生の助手として俺の体調をサポートするため同行している、という体らしい。
テーブルを挟んで吉田君親子の向かいに俺たちが座ると、「何かお飲みになりますか?」とマスターに訊ねられたので、二人がホットコーヒーを飲んでいるのを見て、俺も大元もコーヒーをお願いした。
俺は持ってきたカセットテープとラジカセをテーブルの上に置いた。
「吉田君、これ、預かってたカセットテープ。それと、聴くものがないって言ってたからラジカセも。良かったら使ってくれ」
「こんなことまでしていただかなくても……」
「どうせ使ってなかった物なんだ。気にしないで。この前の取材に応えてくれたお礼だと思って貰ってくれると嬉しい」
「あぁ、すみません……」そう言う吉田君の目は、初めて会った時と同じように生気が感じられない。
「あの電話の後、親父さんと何か話した?」
「これから会う方が母のマネージャーをされていて、最期の時も看取ってくださった、母の一番の親友だと聞きました」
「それだけ?」
「はい……」そう言って吉田君は親父さんの方に目をやった。
親父さんはバツが悪そうに鼻の頭を掻いている。これから何を聞かされるのか?大切な話の前に、吉田君を不安にさせてしまったかもしれない。
何を話したものか悩んでいると、店の扉が開き、スーツ姿の央里さんが入ってきた。
(つづく)
エンディング
- Special Thanks -
この物語はフィクションです。
実在する人物・団体とは一切関係ありません。
0.君はよしんば千秋を知っているか?
1.僕だけが聴けない歌
2.音楽と記憶
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
7.千秋あおい
8.あおいと文乃
9.兄弟喧嘩(最終話)
主な登場人物
悠大 達人(ゆうだい たつと:男性):
この物語の主人公。フリーの音楽ライター。
大元 彩子(おおもと さいこ:女性):
音楽雑誌の出版社に務める編集者。悠大とは先輩後輩の関係。彼がフリーになってからも先輩と呼び慕っている。
志波田 一尉(しばた いちい:男性):
志波田医院のオーナーにして、自称ボイストレーナー。業界の重鎮。
央里 文乃(おうさと ふみの:女性):
大手タレント事務所ビートニクの社長。よしんば千秋の元マネージャー。
吉田 公輝(よしだ こうき:男性):
よしんば千秋の長男。遺品整理をして見つけたカセットテープがきっかけで母が歌手だと知った。悠大が連載している音楽雑誌の読者。
吉田 輝海(よしだ てるうみ:男性):
吉田公輝の父親で、よしんば千秋のパートナー。
よしんば千秋(よしんばちあき:女性):
1970年代後半に活躍したアングラ界の歌姫。
吉田公輝の母親。彼が一歳の時に他界。
TALES版
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