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きみだけが知らない歌(2)|小説

前回のお話し
1.僕だけが聴けない歌


2.音楽と記憶


 耳の検査をしてくれた金古医院長にもう一度お礼を言って、診察室を出た。看護師の後について、来た廊下を戻る。廊下の先には玄関が見えており、左に階段、右に待合室があった。
そこに大元の姿はなかった。

「あの、一緒に来た女性は」

「先に志波田先生のお部屋にご案内しました」

 金古医院長によると、編集長が『業界の重鎮』と言っていたのは、この病院の経営者である志波田先生ということだ。耳の検査を済ませてから重鎮のカウンセリングを受ける流れになっていたらしい。てっきり金古医院長が重鎮だと思い込みお土産を差し出したので笑われてしまった。

 大元の奴、知っていて俺に言わなかったな。あのガッツポーズはそういう意味だったのか。後でこっぴどく叱ってやらねば。

 耳は至って健康だった。聴力は平均より10歳ほど若いが珍しくはないらしい。こうなると、神経や脳といった話になる。厄介なのが残った。

 今、志波田先生は二階にいるそうで、看護師に案内してもらっている。

 志波田先生はこの病院の二代目だそうだが、『医者ができることは医者に任せれば良い。私は私にしかできないことをやる』と言い、経営を含めたほとんどを金古医院長に任せているという話だった。
 その『私にしかできないこと』というのが、『ボイストレーナー』らしい。二代目が会社を潰す典型的パターンだと思ったが、金古医院長は『誰よりも信頼できる方』と言っていた。

* * *

 階段を上り切ると、扉が五つあった。このうち二つはグレモン・ハンドル。いわゆる防音室のドアノブなので、レッスンルームなのだろう。残る三つのうち、階段に最も近い扉の前に案内された。
 子供のいたずらだろうか、ドアノブの下にマジックで『ざんげしつ』と書いてあった。

〝コンコンコンコン〟と、看護師がノックした。

「お連れしました」

「どうぞ」中から男性の声が返ってきた。

「失礼します」と言って下げた頭を起こし切る前に、大元が話しかけてきた。

「先輩、検査はいかがでした」

 大元に言いたい事が口をついて出そうになったが、先に挨拶だ。

 奥の机の前に立っていた男性がこちらに歩いてくるので、俺も歩み寄る。

「初めまして。悠大と申します」

「志波田です。どうぞこちらへ」と言って、部屋の真ん中に据えられたソファを示した。

 歳は五十代前半くらいか。背は俺よりも少し低く170センチを切るくらい。髪は真っ白で短めだ。近づいてみてわかったが、白髪と思った髪は、シルバーに染めたものだった。それにしても姿勢がいい。歩く姿に品がある。

 促された席に座ると、志波田先生は俺の正面に、大元は俺の右隣に座った。

 色白で細身の体型は、線の細い初老の紳士といった感じだが、下がった目尻とそこに刻まれた皺しわに貫禄を感じる。よく見ると、左目が青く、右目が茶色だ。確か、オッドアイと言うんだったか。初めて見た。

「珍しいでしょう」

 いかん、初対面なのにまじまじと見入ってしまった。

「すみません。失礼しました」

「皆さんそうなります。お気になさらず」と言って志波田先生は笑っていた。

「生まれつき色素が少ないので髪も目もこんなですが、ずっとこれですし、初対面でもすぐに覚えていただけるのでありがたいです」

 寛大な方で助かった。

「大元さんから概ねうかがいました。特定の曲を聴くと気持ち悪くなるそうですね」

 余計なこと言ってないだろうな、大元は。

「はい。仕事柄、音楽を聴く機会は多い方だと思いますが、これまで気持ち悪くなるようなことは一度もありませんでした」

「先輩、早速曲を聴いてもらいましょう」と大元が言った。

 MP3プレイヤーを取り出すと大元に取り上げられた。ティッシュを差し出すと、大元は一枚取って丁寧にイヤホンを拭き、志波田先生に渡した。
 先生は慣れた様子でイヤホンを装着し再生ボタンを押した。
 一瞬、表情が曇ったように見えたが、やはり曲に何かあるのだろうか。
 先生は曲が終わらないうちに再生を止め、外したイヤホンをティッシュで拭いて俺に返した。

「気持ち悪くなるのはこの曲だけ、ですね?」

「はい、これだけです」

 そう。この曲だけ気持ち悪くなるというのが、どうしても腑に落ちなかった。

「初めて聴いたのはいつですか?」

「先週日曜日に兄の家で聴いたのが初めてです」

「それ以前に聴いたことはないのですね」

「はい」

 先生は少し考えてから言った。

「ならば、気持ち悪くなる原因は、ココです」と言って右手の人差し指で頭を軽く叩いてみせた。

「やはり脳に異常があるのですか?」

「異常はありません。正常です。人並み以上に機能しているようです」

「では何があるのでしょう」

「記憶です」

 覚えが無いのに記憶とはどういうことだ?

「最近まで聴いたことがないと言われましたが、以前に聴いたことがあるのです。その記憶に自分自身で蓋をしている」

 そう言われても、まったく覚えがない。記憶に無いのだから思い出すことなど何もない。記憶喪失か?頭に強い衝撃を受けた覚えもない。

「本当に覚えていません。それに自分で蓋をしているとはどういうことでしょうか」

「そうですね。あくまで可能性の話ですが……。あなたとこの曲を繋げたのは、お兄さんだと考えられます。先ほど、お兄さんの家で聴いたとおっしゃいましたが、お兄さんとは良いご関係なのですね」

「まあ、兄には家庭もありますので、たまに一緒に食事をしたり、何かあれば電話する程度ですが。普通だと思います」

「幼い頃はどうでしたか? この歌から推測するに、あなたが小学校に上がるか上がらないかくらいの頃は?」

 兄との一番古い記憶を思い出してみる。

「いつも兄について回り、兄が友達と遊ぶ時も混ぜてもらっていたように思います。兄とは十四歳、離れています。私が小学校一年生の時、兄は大学生でした。年齢差もあってマスコット的な存在として可愛がられていたと思います。具体的なことは思い出せませんが、一緒に遊ぶというより、兄たちのいい遊び道具だったかもしれません……」

 なんだか気持ち悪くなってきた。

「先輩、顔色が良くありませんよ。大丈夫ですか?」

「少し休憩しますか?」

「いえ、大丈夫です。問題ありません。続けてください」

「では……。おそらくお兄さんと遊んでいる時に『よしんば千秋』の歌を聴いたのでしょう」

よしんば千秋……』

 だめだ、目眩がする。頭が痛い。姿勢を保つのも辛い。ヤバい。

「先輩!」ふらつく身体を大元が支えてくれた。

「すみません!急ぎすぎました!そのまま横になって目をつぶって!大元さん、冷蔵庫横の段ボールにペットボトルの水がありますので、飲めるようなら飲ませてあげてください!私は下で毛布とバケツを借りてきます!!!」

(つづく)

エンディング

ー Spacial Thanks ー

 流星群ラララ


この物語はフィクションです。
実在する人物・団体とは一切関係ありません。


0.君はよしんば千秋を知っているか?
1.僕だけが聴けない歌
2.音楽と記憶
3.過剰防衛
4.事情を知る人物
5.央里文乃
6.よしんば、揃ったとして
7.千秋あおい
8.あおいと文乃
9.兄弟喧嘩(最終話)


主な登場人物

悠大 達人(ゆうだい たつと:男性):
この物語の主人公。フリーの音楽ライター。

大元 彩子(おおもとさいこ:女性):
音楽雑誌の出版社に務める編集者。悠大とは先輩後輩の関係。彼がフリーになってからも先輩と呼び慕っている。

志波田 一尉(しばた いちい:男性):
志波田医院のオーナーにして、自称ボイストレーナー。業界の重鎮。

よしんば千秋(よしんばちあき:女性):
1970年代後半に活躍したアングラ界の歌姫。
吉田公輝の母親。彼が一歳の時に他界。

TALES版

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