H3再起の積み荷——BULLの「HORN」が宇宙へ旅立ち、デブリ問題に新たな一手が打たれた

2026年6月12日午前9時53分59秒。種子島宇宙センターから8回目のH3ロケットが飛び立ちました。打ち上げから16分4秒後、最初の2機の衛星分離が確認され、続いて残り4機についても分離信号が順次送出されています。全ミッション成功。

固体ロケットブースタを一本も使わず、液体エンジン3基だけで飛ぶ「30形態」の初飛行であり、前年12月のH3ロケット失敗からの飛行再開でもありました。
ちなみにH3ロケットは今回を含めて8回打ち上げられてきましたが、5号機の後に7→8→6号機という順番で飛んでいます。計画の変更や失敗を経た結果、機番どおりには飛ばなかった——そのわけあり感が、今回の打ち上げの重さをまた一段と増している気がします。
前回の8号機の失敗については以前詳しくまとめています。
[参考:H3ロケット、再起の条件——「剥離」が引き起こした連鎖と、6月からの逆転劇(2026年4月25日)]
簡単に振り返ると——原因究明を進めたJAXAは、ロケット2段目に衛星を搭載するための部品のひとつである衛星搭載アダプタに、製造の段階で部材の剥がれが生じて強度が低下した結果、打ち上げ中に2段目から衛星が脱落した可能性が極めて高いと特定しています。エンジンではなく、製造工程の見えない傷。それが引き金になったという話は、関係者にとって相当な衝撃だったはずです。
今回の6号機では対策として補修されたアダプタが使われ、無事に飛行を果たしました。また、地球を一周した2段目を制御落下させ、予定海域へ誘導できたことも確認されています。打ち上げる側が自ら「空間を汚さない」動作を実践した、という点は見落とされがちですが、記録に残しておく価値がある事実だと思います。
凧が宇宙ゴミを片付ける——BULLのHORNとは

今回の打ち上げで個人的に最も注目していたのが、栃木県宇都宮市に拠点を構えるスタートアップ、株式会社BULLが開発した「HORN-L」と「HORN-R」です。

スペースデブリ対策に取り組むBULL社が開発したこの装置は、薄いフィルム状の膜を広げて大気抵抗を増大させ、人工衛星を迅速に軌道から離脱・落下させる「PMD(ミッション終了後の処分)」装置の実証機です。HORN-LとHORN-Rにはそれぞれ異なる収納方法で、サイズの違う膜が搭載されており、宇宙空間での展開動作や軌道降下の様子を比較・実証します。
宇宙空間に凧のような構造物を広げ、軌道上のわずかな空気抵抗をとらえて衛星を減速し、大気圏へ再突入させる仕組みです。同じロケットで2パターンの実証機を同時に飛ばし、異なる設計のデータを比較する。手堅く、無駄のない実証戦略です。
地上からの遠隔操作を必要とせず、「自律的に」軌道を離脱できる点も大切なポイントです。通信が途絶えた衛星でも、あらかじめHORNを搭載しておけば、一定の条件でデブリ化を防ぐことができます。将来の衛星設計に組み込む「保険」と表現するのがいちばん近いかもしれません。
なお、今回の実証は文部科学省SBIR(中小企業イノベーション創出推進事業)フェーズ3基金の一環として実施されています。国として宇宙デブリ対策を重要産業政策と位置づけていることの表れでもあります。
なぜ「防ぐ」技術が求められているのか
軌道上には現在、1億個を超えるとも言われる破片が漂っています。特に低軌道は大気抵抗が極めて薄く、放置すれば数百年単位でさまよい続けます。衝突が衝突を呼ぶ「ケスラーシンドローム」はSFの話ではなく、特定の軌道帯では現実的な脅威として語られています。
宇宙デブリの対策には大きく2つのアプローチがあります。ひとつは「すでに漂っているデブリを除去する」技術。もうひとつが、BULLの取り組む「これ以上デブリを増やさない」技術です。衛星が役割を終えた直後に自ら落下していく仕組みを、最初から搭載しておく——シンプルですが、確実性という点では極めて合理的な発想です。
SpaceXが約4,400基のStarlink衛星を高度480kmへ降下させる計画を発表した背景にも、軌道上の渋滞問題への強い危機感があります。
[参考:SpaceXが示す宇宙の安全性への新たなコミットメント——4,400基のStarlink衛星軌道変更が意味するもの(2026年1月2日)]
欧州が認めた、栃木のスタートアップ

BULLの動きは国内にとどまっていません。2024年10月にはフランスのArianespaceとAriane 6ロケットへの「HORN」搭載検討に向けた覚書を締結し、2025年1月にはイタリアのロケット製造大手Avio社とも、小型ロケット「Vega-C」への搭載に向けたMOUを締結しています。Avio社は欧州宇宙機関(ESA)の「ゼロデブリ憲章」に署名しており、宇宙の持続可能性への取り組みを強化しています。
設立から4年も経たないスタートアップが、欧州の主要ロケットメーカー2社と協業関係を築いている。技術そのものの評価です。HORNのシンプルさ——複雑なロボットアームや推進システムを持たず、樹脂の膜一枚でデブリ化を防ぐという発想——が、導入コストの低さにも直結しているのだと思います。
[参考:日本発「BULL」が挑む宇宙デブリ問題——栃木のスタートアップが世界と組む理由(2025年10月2日)]
規制が追い風になる

宇宙デブリ対策の規制は、着実に強化される方向に向かっています。国際的には25年以内の軌道離脱というIADCガイドラインが長年の基準でしたが、2022年9月にFCCがこれを5年に短縮する規則を採択しました。背景には、大規模な衛星コンステレーションが次々と展開される時代に、25年ルールではもはや対応しきれないという現実があります。
こうした規制が厳しくなるほど、HORNのような装置を「最初から搭載しておく」という需要が生まれます。衛星メーカーにとっては、将来のコンプライアンスリスクを、コンパクトな初期コストで回避できる選択肢です。BULLの宇藤恭士社長は打ち上げ成功後の記者発表で「BULLとして初の軌道上実証で成功は喜ばしい」と述べ、今後は欧州ロケット大手との連携を強化していく意向を示しています。

H3が開けた扉と、BULLが踏み出した一歩

少し引いた目で今回の打ち上げを眺めると、ロケットと搭載物の組み合わせに何か意図的なものを感じます。
低コストで宇宙への扉を大きく開く30形態が、その最初の積み荷として持続可能な宇宙利用のための技術を運んだ。ここに、ただ打ち上げて終わりにしない意思を読み取れる気がします。
打ち上げコストを下げて宇宙へのアクセスを広げながら、宇宙を散らかさないための技術も同時に育てていく。H3の「30形態」とBULLのHORNが同じ便に乗った今回の打ち上げは、これからの宇宙ビジネスが目指すべき方向性が、小さく凝縮された瞬間だったかもしれません。
軌道実証のデータが積み重なれば、製品化への道筋はより具体的になります。栃木発のデブリ対策技術が、世界の衛星に標準装備される日は、じわじわと近づいているはずです。

参考記事
〇日本発「BULL」が挑む宇宙デブリ問題——栃木のスタートアップが世界と組む理由(2025年10月2日)
〇H3ロケット、再起の条件——「剥離」が引き起こした連鎖と、6月からの逆転劇(2026年4月25日)
〇SpaceXが示す宇宙の安全性への新たなコミットメント——4,400基のStarlink衛星軌道変更が意味するもの(2026年1月2日)
〇BULL、宇宙ごみ防止装置を打ち上げ 宇宙空間で動作検証(2026年6月12日)
〇H3ロケット6号機の打ち上げ成功|「H3-30形態」が初めて宇宙へ(2026年6月12日)
