日本のアイドルも見習ってほしい。キム・セジョンに座布団10枚を投げたくなる『社内お見合い』の泥臭い仕掛け
重厚なドラマの息抜きに見始めた『社内お見合い』。徹底的な実力主義が光るキム・セジョンの怪演と、緻密に計算されたマルチラインの恋愛プロットから、外資ITアラフィフが「傍にいる人の大切さを見極める目利き」を解剖する。
僕は、3年前から毎晩ドラマを欠かさず見ている。基本的には韓国ドラマが主食だが、最近は時々日本の作品をつまむこともある。
前回視聴した『鉄槌教師』は、学校教育の闇に切り込む痛々しくも硬派な作品だった。
社会問題を考えさせられる素晴らしい内容だったが、いかんせん脳への負荷が高い。仕事でデータをシリアスに扱い、夜も重厚なテーマに向き合うのは、アラフィフの脳には少々タフすぎる。
そこで、クッション材として少し柔らかい作品を並行して見ることにした。大人の夜には、息抜きの「余白」が必要だ。無難な逃げ道といえばラブコメだろう。
そうしてチョイスしたのが『社内お見合い』である。
きっかけは、YouTube Musicだった。
ある日、韓国ミュージックを流し聞きしていたら、妙に耳に残る曲があった。それが、MeloManceの『Love, Maybe(사랑인가 봐)』だ。
韓国の音楽を聴いていていつも思うのだが、とにかく誰も彼もが歌が上手い。日本のアーティストを腐すわけではないが、日本のエンタメ界は様々な大人の事情が絡み合った海千山千の世界という印象がある。
対して韓国は、徹底した実力主義だ。生半可な実力では表舞台に立てない厳しさがある。だからこそ、聴いていて純粋に心地いい。
この心地よい音楽の背景にあるドラマを探していたところ、妻からのリコメンドもあり、その流れで視聴を決めた。
ヒロインを務めるのはキム・セジョン。『悪霊狩猟団: カウンターズ』で、気の強いヌナ(お姉さん)であるト・ハナを演じていた彼女だ。あのクールなアネキが、コテコテのラブコメでどう化けるのか。僕の期待値は自ずと上がった。
注:ここから先は一部ネタバレを含みます。ご覧になっていない方は注意してご覧ください。
■ キム・セジョンに座布団10枚を
結論から言おう。今回、改めてキム・セジョンの多彩さに唸らされた。
『悪霊狩猟団: カウンターズ』のト・ハナは、暗い過去を背負い、仲間と笑顔を交わしながらも常に周囲に牙を剥くような、比較的カッコいいキャラクターだった。
第1話で
「밟았다(踏んだ)」
と呟き、赤ジャージ姿で飛び出していくシーンは今でも印象深い。
しかし本作で、彼女はまったく異なる世界へとダイブする。
まず、親友の財閥令嬢から依頼された「お見合い代行」での演技力が凄まじい。
お見合い相手を撃退するため、彼女は徹底的に嫌われる演出を買い受ける。徹底的に盛られた「模範的な女性像」の枠組みを完膚なきまでに破壊し、ノースリーブの服を見せつけながら、全力で「또라이(変人、頭のおかしいやつ)」を演じきるのだ。
ブランドバッグに話しかけ、自分の胸を「サマンサとレイチェル」と呼ぶ暴走ぶり。極めつけは、初対面のお見合いでホテルに誘う狂気。足元では緊張でガタガタ震えているというコミカルなディテールも含めて、コメディとしての打率が異常に高い。表情の引き出しの多さで作品を一貫してリードし続けたのは、完全に彼女の実力だ。
妻に言わせれば、表情に動作に心の声まで、すべてが
「いちいち可愛いんだがっ!🥰」
ということらしい(ちなみに、このお見合いシーンは、既に何度も再視聴してしまうほど、僕ら夫婦のお気に入りである)
さらに劇中、彼女演じるシン・ハリが「子供の頃から歌と演技が上手かった」という設定が登場するが、これは彼女自身が元アイドルグループ出身であるという出自をセルフオマージュしているのだろう。とにかく歌がウマい。後半に歌を披露するシーンがあるが、これがまた秀逸なのだ。日本のアイドルにも見習ってほしいレベルである(えらそうに、すいません)
何より、ドラマの挿入歌である『Love, Maybe(사랑인가 봐)』を、彼女自身がアコースティックバージョンでカバーしている。
👉キム・セジョンが歌う『Love, Maybe(사랑인가 봐)』
この遊び心と実力の掛け算には、座布団10枚を投げざるを得ない。
■ 開発1チームという、最高のコント集団
今回のドラマを支えたのは、主役の二人だけではない。ハリが所属する「ジーオーフード食品開発1チーム」の面々が、コメディのクオリティを数段階引き上げている。
部長のヨ・ウィジュ、次長のケ・ビン、そして後輩のキム・ヘジ。この4人が同じ島に座って繰り広げるやり取りは、上質なオフィス・コントそのものだ。
ヨ部長が鋭いツッコミに回る一方で、ケ次長がひたすらボケ倒す。このケ次長がまた、いい味を出しているのだ。
出張先で腹を下してトイレに行きたい会長に対し、韓国の地名を巧みに織り交ぜたオヤジギャグを連発するシーンや、飲み会での爆弾酒(ソメク)パフォーマンス。コメディシーンの打点を彼が一人で引き上げている。
後輩のヘジも、ただの飾りではない。要所でボケとツッコミを切り替える優秀な遊撃手として立ち回り、次長に冷ややかなツッコミを入れたかと思えば、自ら酔いつぶれて笑い転げる。
こんな泥臭くも愉快なチームが職場にあれば、日々の仕事はどれほど楽しいだろうか。外資ITのシリアスな環境に身を置く身としては、少し羨ましくもある。
■ 初期設定の妙味と、後半の失速という悲劇
ラブコメの初期設定における大原則は、「絶対にマッチングしない、距離のある男女」だ。最悪の第一印象から始まり、結ばれそうにない二人がバタバタと距離を縮めていくプロセスこそが、このジャンルの最大の旨味である。
その点、本作の冒頭のインパクトは完璧だった。「親友の身代わりでお見合いをぶち壊す」というカード。結ばれるわけがないどころか、嫌われるために出会うのだから、コメディプロットとしては最高にドライブする。
しかし、そこから先が少し苦しかった。
通常のラブコメは、第一フェーズで距離が設定され、第二フェーズで結ばれるまでの過程を描き、最終フェーズで二人に降りかかる試練を乗り越える。本作は第二フェーズあたりから、二人が結ばれるまでの過程が若干雑になり、サイドストーリーのコメディ路線で場を繋ぐシーンが目立った。
前半で「身代わり」という最大の嘘を消化してしまったが故に、後半で二人を阻む障害や伏線が少なくなってしまったのだ。結果として、エンディングはだいぶ穏やかで、悪く言えば刺激の少ない着地になった。初期のインパクトが強すぎたが故に起きてしまった、構成上の悲劇と言えるかもしれない。
ただ、見終わった後に「もう少し彼らの続きが見たかった」と思わせるのだから、エンディングとしては成功だろう。総合的な満足度は非常に高い。
■ メタ構造としての「ドラマ・イン・ドラマ」
本作の隠れたスパイスが、劇中のテレビで時折流れる連続ドラマ『がんばれクムヒ』だ。
あらすじの詳細は語られないが、財閥の息子がチキン屋の娘と恋に落ちるという、まさに『社内お見合い』そのもののメタファー(入れ子構造)になっている。
視聴者は、劇中のキャラと一緒にこの『クムヒ』を見ることで、「次に本編で起きるかもしれないベタな展開」を予期し、オチを先回りして楽しむことができる。ラブコメを何倍も美味しくする、心憎い演出だ。
衝撃的だったのは、『クムヒ』の中で財閥の母親が主人公に薄っぺらいトンカツを投げつけるシーン。俳優の顔に衣のカスがついている様は痛々しくもあるが、コメディとしてのレア演出として、妻は固まり、僕は思わず吹き出してしまった。こうした細部へのこだわりが、作品全体の「遊び心」を担保している。
■ 乱立するマルチラインの恋愛線
通常の恋愛ドラマは、男女4〜5人の矢印が複雑に交錯する三角関係を楽しむものだが、本作の人間関係は驚くほど直線的だ。一度見えた矢印がブレない。その代わり、驚くほど多くのカップルラインが並行して走る。
カン・テム × シン・ハリ(メイン):王道の身分差&契約恋愛。
チャ・ソンフン × チン・ヨンソ(親友ライン):社長秘書と財閥令嬢。一目惚れからスタートし、メインとは真逆で、ヨンソ側がぐいぐい攻める押し引きの構図が小気味いい。キャラクターの濃いチョ・ユジョンが途中で乱入する伏線も効いている。なおソンフンが、終盤にてとある話を「先に言わないで。」とヨンソに言うのだが、とても素敵なシーンだ。
イ・ミヌ × ユラ(停滞ライン):ハリが7年間片想いしていたミヌ。彼はハリに思わせぶりな態度を取り続けながらも、元カノのユラを選ぶ。しかし、エゴにまみれた関係は破局を迎える。現実の「慣れ合い」が持つ苦さを、このマルチラインの中で唯一のリアルとして着地させたのは見事だ。
ケ・ビン × ヨ・ウィジュ(渋みライン):開発1チームの熟年(?)コンビ。独身を貫いていた二人が、グループチャットの誤爆をきっかけに結ばれていく。コメディをまぶした大人の渋い関係性が、良いアクセントになっている。
クムヒ × 財閥の息子(バーチャルライン):前述の『がんばれクムヒ』。
これほど多くの恋愛プロットを並列展開しながら、破綻させずに描き切った脚本の構成力は、素直に評価すべきだろう。
■ 大切な人は、常に傍にいる
この賑やかなラブコメを解剖してみて、僕の胸に残ったのは「傍にいることの大切さ」という極めてシンプルな哲学だ。
どんな相手であれ、長い時間を共に過ごせば情が生まれる。怒りや憎しみすら内包して、相手を受け止めるようになる。
そう考えると、7年間も全力で傍にいてくれたハリの大切さに気づけなかったイ・ミヌは、ビジネスで言えば最大の「優良資産」を不意にした大失策だ。一方で、偽りの契約関係という短い期間の中で、ハリの本質を見抜き人生のパートナーに選んだカン・テム。彼はさすがに「仕事ができる社長」と言うほかない。人間に対する投資の目利きができている。
家族、親友、職場の仲間。このドラマは、コメディのオブラートに包みながら、僕たちのすぐ傍にある「かけがえのない存在」への視線を思い出させてくれる。
気楽なクッション材として見始めたはずが、思いがけず深い発見をもたらしてくれた。これだから、毎晩のドラマ実験はやめられない。
皆さんは、この『社内お見合い』という作品に、どんな発見をしましたか?
ぜひコメントやフィードバックで、あなたの視点を教えてください。
💡 ドラマで学ぶ『社内お見合い』の韓国語
せっかく韓国ドラマを毎晩観るなら、ストーリーを楽しむだけでなく語彙も泥臭く拾い上げて自分の血肉にしたい。本作の原題や、ラブコメ特有の「お見合い」「オフィス・契約関係」にまつわる語彙は、漢字語の仕組みやニュアンスを知ると一気に解像度が上がる。学習の小ネタとしてチェックしてみてほしい。
まずは原題のタイトルから紐解いていこう。
原題:사내 맞선(社内お見合い)
・社内(사내):「사(社)」+「내(内)」
日本語の「社内(しゃない)」と同じ漢字語の組み合わせだ。
・お見合い(맞선):「맞(向き合う)」+「선(お見合い:先)」
「맞」は「向き合う・向かい合う」を意味する固有語の接頭辞で、「선(見合い)」と合わさって「お見合い」という意味になる。
ビジネスとプライベートが交錯する作品のテーマが、このシンプルな4文字にそのまま凝縮されている。
その他、作中で繰り広げられた「替え玉お見合い」や「爆笑のオフィスシーン」、そして「偽装恋愛」にまつわる頻出語彙をまとめた。
主要キャスト
カン・テム:강태무(アン・ヒョソプ:안효섭)
シン・ハリ:신하리(キム・セジョン:김세정)
チャ・ソンフン:차성훈(キム・ミンギュ:김민규)
チン・ヨンソ:진영서(ソル・イナ:설인아)
ラブコメ・お見合い用語
お見合い代行(替え玉):대타 맞선(デタ マッソン)
変人・頭のおかしい奴:또라이(ットライ)
一目惚れ:첫눈에 반하다(チョンヌネ バナダ)
契約恋愛:계약연애(ケヤッヨネ)
偽装:위장(ウィジャン)
オフィス・職場用語
食品開発:식품개발(シップムゲバル)
出張:출장(チュルチャン)
爆弾酒:폭탄주(ポッタンジュ)
誤爆(誤送信):메시지 오발송(メシジ オバルソン)
会長:회장(フェジャン)
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