見出し画像

【言語聴覚士15年、患者さんに教わったこと④】「普通に話せる」では足りなかった──学生だった私が出会った、失語症の営業マン

今回は、私が言語聴覚士になる前。

臨床実習生だった頃の話です。

今回登場する男性は、私が担当した患者さんではありません。

リハビリを考え、実施していたのは実習先の先生方で、私はその場にいた学生の一人でした。

それでも、15年以上経った今も忘れられない患者さんがいます。

50代になったばかりくらいだったと思います。

脳梗塞を発症した男性でした。

麻痺は比較的軽かったと記憶しています。

失語症もありましたが、私が会った頃には、少なくとも日常会話ではかなり流暢に話していました。

正確な失語症のタイプや、当時どのような評価所見だったのかまでは、もう覚えていません。

ただ、一つだけ、はっきり覚えています。

ものすごく話す人でした。

しかも、かなり速く話す。

学生だった私から見ると、

「普通に話せているじゃないか」

と思うくらいでした。



学生だった私には、「何がそんなに不満なのか」が分からなかった

もちろん、まったく何もないわけではありませんでした。

話している途中で、

少し言葉が引っかかる。

一瞬、止まる。

何かを探しているような間が入る。

確かに、そういう瞬間はありました。

でも、私がその人と会話をするぶんには、大きく困ることはありませんでした。

話も分かる。

説明も分かる。

会話も続く。

だから当時の私は、どこかで、

脳梗塞になって、失語症になって。
それでもここまで話せるようになったなら、かなり良かった方なんじゃないか。

そんなふうに考えていたのだと思います。

でも、本人は納得していませんでした。


「もっと話せていた」

私は、その男性と直接話をさせてもらったことがあります。

本人から、私と話すことも練習になる、という趣旨のことを言われた記憶があります。

学生相手でも真剣に、自分の言葉がどう届くかを確かめようとしていた。

その人は、学生相手でも真剣でした。

自分の話し方について、私にもいろいろ聞いてきました。

声はどうか。

抑揚はどうか。

説明は分かりやすいか。

聞きやすいか。

そして、自分の状態についても話してくれました。

今でも、かなりはっきり覚えています。

「もっと話せていた」

「もっと頭が回ったのに、今は頭から引っ張り出してくるのが大変だ」

話している途中、自分で、

「あ、また引っかかった」

と指摘していたことも覚えています。

「考えがまとまらない時もあるんだよね」

とも言っていました。


私は、思ったことをそのまま答えた

本人から話し方について聞かれたので、私は思ったことをそのまま答えました。

たしか、

「少し引っかかっていますね」

でも、

「すごく聞きやすいですけど」

そんな感じだったと思います。

後になって、スーパーバイザーの先生から言われました。

「もう少しオブラートに言ってほしかったけど、学生だからまあいいでしょう!」

率直に伝えるだけでは足りないことを、私はこのときまだ分かっていませんでした。

……。

すみませんでした。

当時の私は、

患者さんには、もう少し明るいことを言った方がよかったのかな。

と反省しました。

今でも、あのとき何と答えるのが一番よかったのかは分かりません。

ただ、率直に伝えることと、その伝え方に配慮することは、両立できたのだと思います。

学生だった私は、まだその加減を知りませんでした。


その人は、営業の仕事をしていた

この男性は、営業職でした。

管理職だったと記憶しています。

それでも、自分でも営業に出る人でした。

後輩を連れていく。

人前で説明する。

顧客から質問される。

その場で考えて、答える。

本人から、

「営業では、言葉に詰まったり、すぐに返せなかったりするのは大きいんだ」

そんな趣旨のことを言われた記憶があります。


談話室に、10人ほどが集まった

ある日、今でもよく覚えている訓練がありました。

場所は談話室だったと思います。

リハビリスタッフや学生など、10人ほどが集まりました。

独特の緊張感がありました。

患者さんだけではありません。

学生だった私まで緊張していました。

その男性が、みんなの前で営業をするのです。

談話室に集まったスタッフや学生を前に、男性は本気で説明を続けていた。

自分が仕事で扱っていた製品について説明していたと記憶しています。

患者さんは本気でした。

聞く側のスタッフも、ただ見守っていたわけではありません。

説明を聞く。

質問する。

それに患者さんが答える。

多少、質問には手加減があったようにも思います。

それでも、

「患者さんだから、とりあえず最後まで話してもらって終わり」

という空気ではありませんでした。

その中で、男性は説明を続けました。

私はそれを見ながら、

「すごいな」

「結構ちゃんと営業できているじゃないか」

と思っていました。


当時の私は、「仕方がない」と思っていた

正直に書けば、当時の私はまだ、

「脳梗塞で失語症になったのに、これだけ話せるなら、かなり良かった方なんじゃないか」

というところから抜け切れていませんでした。

本人から、

「営業ではこれでは足りない」

と言われても、

どこかでは、

そこまで元通りにするのは難しいんじゃないか。

と思っていました。

今振り返ると、私は「障害がどのくらい軽くなったか」を見ていたのだと思います。

でも、この人にとって必要だったのは、それだけではありませんでした。

管理職として、人前で話す。

後輩を連れて営業する。

質問されれば、その場で答える。

そういう仕事に戻るのであれば、私が「ちょっと引っかかるくらい」と感じていたものも、本人にとっては決して小さな問題ではありませんでした。


今になって、あの談話室の意味を考える

当時の私は、

「先生たちがいっぱいいるな」

「なんか緊張するな」

「患者さん、頑張ってるな」

くらいしか考えていなかったと思います。

あの訓練を、先生たちがどこまでの意図をもって組み立てていたのか、今の私には確認できません。

ただ、15年以上経った今振り返ると、

一対一の会話ではなく、

大勢の前に立つ。

説明する。

質問を受ける。

その場で返す。

そういう環境を実際に作っていたことの意味は、とても大きかったのではないかと思います。

患者さんの話し方を、静かな訓練室だけで見るのではなく、

実際の仕事に近い条件に置いたとき、どうなるのか。

私は学生の頃、その場を目の前で見ていながら、そこまで考えられていませんでした。


その後、男性は職場へ戻った

実習が終わった後だったと思います。

後になって、スーパーバイザーの先生から、その男性のその後を聞きました。

私の記憶では、男性は管理職として職場へ復帰したそうです。


復職後、以前とまったく同じ形ではなく、役割を調整しながら働いていたと聞きました。

ただ、以前とまったく同じ働き方ではなかったようです。

パソコンを使う社内業務を増やした。

営業に出る場合も、後輩に同行したり、以前から本人をよく知っている取引先を担当したりする形にした。

そのように聞いた記憶があります。

15年以上前の話なので、細かな仕事内容まではもう正確には覚えていません。

ただ、

「元通りになったから、元の仕事に戻った」

という単純な復職ではなかったことは覚えています。

少なくとも、以前とまったく同じ働き方ではなかった。

その一方で、できる仕事や役割もあった。

仕事内容や役割を調整しながら、職場へ戻っていった。

そういう復職だったのだと思います。


「普通に話せる」と「仕事に戻れる」は、同じではなかった

学生だった私は、

失語症がどこまで良くなったのかを見ていました。

でも、あの人が考えていたのは、

この言葉で、どうやってもう一度働くか。

だったのだと思います。

日常会話で大きく困らないことは、とても大きな回復です。

でも、それだけで、その人が必要としているところまで戻ったとは限りません。

症状が軽いことと、その人の生活や仕事にとって「十分」であることは、同じではない。

そして、以前とまったく同じ状態まで戻らなかったとしても、

仕事の内容や役割を調整しながら、働く場所へ戻る方法もある。

私は15年以上経った今になって、

あの談話室で見ていたものの意味を、少しずつ理解しています。


あわせて読んでいただけたら

このシリーズの②では、脳梗塞後に声の問題を抱えたお坊さんについて書きました。

あの方にとっては「声が出ること」と「お経を読める声」が同じではなかった。
今回の男性にとっては「普通に話せること」と「仕事で使える言葉」が同じではなかった。

似ているようで、少し違う二人の「戻りたい場所」の話です。

▶︎【言語聴覚士15年、患者さんに教わったこと②】「お経を読めない坊主は、ただの坊主です」──声を取り戻したお坊さん


※本記事について

※本記事は、私が言語聴覚士を目指す学生として臨床実習に参加していた頃の記憶をもとにした振り返りです。今回登場する患者さんは、私自身が担当した方ではありません。リハビリの計画・実施は、実習先の言語聴覚士をはじめとするスタッフが行っていました。

個人や施設が特定されないよう、一部の情報を調整しています。また、15年以上前の出来事のため、年齢・役職・仕事内容・訓練の詳細など、記憶が曖昧な部分については断定を避けています。患者さん本人から直接聞いたこと、当時私が見聞きしたこと、後から指導者の先生から聞いたこと、現在振り返って考えていることは、できる限り区別して記載しています。

失語症の症状や回復過程、復職の形は一人ひとり異なります。本記事は、一人の患者さんについての私自身の記憶に基づく振り返りです。


いいなと思ったら応援しよう!