【付き添い登校】小1の教室で私が「イラッ」としてしまった理由
こんにちは、サチです。
次男の付き添い登校を始めてから、もうすぐ2ヶ月になります。
少しずつ離れられる時間が増えてきました。
それ自体はすごく良い変化なんですが、最近、今度は別の難しさが出てきています。
付き添い登校をしている私が、教室の中で「イラッ」としました。
相手は、我が子じゃなく、他の子どもに、です。
こんなこと言っていいのかなー、と思いつつ、でも書きとめておこうと思います。
次男のそばにいる、がいちばん大事な役割だった
付き添いを始めたばかりの頃、私の役割はシンプルでした。
次男のそばにいること。
不安そうな時にすぐ対応できること。
学校の中で何がしんどいのかを見ておくこと。
とにかく、次男がこの環境の中で少しでも安心できるように、ただそこにいる。
それだけでした。
付き添いを続けるうちに、次男にもいろんな変化が出てきました。
クラスメイトの顔と名前が全員一致してきた。
先生に用事がある時、前は私と一緒じゃないと言いに行けなかったのに、自分で言いに行けるようになった。
保健室にも何回か行ったことで、「教室以外に逃げ場所がある」とわかったのも、次男には大きな安心材料になっている気がします。
それは、付き添ってきたからこそ見られる変化だと思います。
次男から離れられるようになったら、別の難しさが出てきた
次男の安心が少しずつ育ってきたことで、私が教室を離れられる時間も増えてきました。
でも、そうなったからこそ、新しい問題が出てきたんです。
他の子たちから話しかけられることが、ぐっと増えた。
「なんでさっきいなかったの?」
「1時間目はこれやって、2時間目はあれやって、…」
「一緒に朝顔の水やり来て」
「ねぇ!◯◯くんが◯◯してきた!😭👉」
……気づいたら、我が子以外の子たちの対応に追われていました。
少し離れられる時間が増えたことで、逆に「いる時」の存在感が上がってしまったのかもしれません。
声をかけてもらうくらいなら、全然いい。
でも、急に抱きついてくる子もいる。
次男と手をつないでいるのに、その手を奪うようにつないでくる子もいる。
私と次男が話しているのに、横からおんぶや抱っこを何度も求めてくる子もいる。
そのたびに、正直しんどいな、と思うようになっていきました。
「子どもだから仕方ない」では済まない感覚
外から見たら、「小1の子どもだし、甘えてるだけじゃない?」と思うかもしれません。
でも私の中には、それだけでは済まない感覚がありました。
いちばんしんどいのは、こっちの状況を全く見ずに、自分の要求をそのまま押し付けてくる感じです。
私は今、次男と話している。
今は次男と手をつないでいる。
今は対応できない。
そういう状況があるのに、それを全く見ずにぐいぐい入ってこられると、やっぱりイラッとする。
急に抱きつかれるのも、イラッ。
子どもだからいい、とは思えない。
嫌なものは嫌なんです😭
でも、バシッと言い切れない自分もいた
やっかいなのは、嫌だと思っているのに、言い切れない自分もいることでした。
本音を言えば、
「私はあなたのママじゃないよ!」
「それはあなたのママにやって!」
と、バシッと言いたくなる瞬間もある。
でも一方で、その子と次男との関係を、私の対応のせいで悪くしたくない。
無下にしたくない。
嫌な大人にもなりたくない。
そう思うと、つい自分が我慢する方向に傾きやすくなる。
昔の私なら、全部受け入れて疲弊していたと思う
こういう時、昔の私だったら、たぶん全部受け入れていたと思います。
「嫌だな」と思っても飲み込んで、ずっと笑って対応していたはずです。
聞こえよく言えば関係性を重視していた、なんだけど、実際は「人の反応を優先していた」に近かったと思います。
でも、それをやっていたら、私はすごく疲弊する。
付き添い登校って、ただでさえエネルギーを使う。
そこにさらに、誰にでもいい顔をして、どんな接触にも応じていたら、自分がもたない。
今は、そのことが前よりはっきりわかるようになってきました。
わかることと、引き受けることは別
その子たちも、私を困らせたいわけじゃないのはわかります。
学校の中って、担任やサポートの先生たちはいつも忙しいし、ピリピリしている時間も多い。
子どもが安心して甘えられる大人が、意外と少ないんだと思います。
だから、教室に少しやわらかく応じてくれそうな大人が毎日いたら、寄ってくるのも自然なことです。
それは、頭ではわかる。
でも、わかることと、全部引き受けることは別の話です。
私はその子たちの安心の受け皿になるために、学校にいるわけじゃない。
まず大事にしたいのは、自分と、我が子です。
最優先すべきは、自分。そして次に我が子
結局これは、「誰が大事なの?」という話なんだと思います。
最優先すべきは、自分。
そして次に、我が子。
ここを曖昧にしたまま、誰にでも優しく、誰にでも応じて、誰の気持ちも損ねないようにしようとすると、自分が壊れる。
そして、自分がしんどくなったら、付き添いそのものがつらくなる。
それは結局、次男のためにもならない。
付き添い登校に必要だったのは、境界線だった
付き添い登校というと、子どもの安心のことばかりに目が向きやすいです。
私も最初はそこだけ見ていました。
でも、少しずつフェーズが変わってきて気づいたのは、付き添う母親の側にも、ちゃんと境界線が必要だということ。
「今はだめだよ」「それは嫌だからやめて」と、必要な時には言っていい。
言い方は考える。
相手は小1の子どもだから。
でも、境界線を引くこと自体は、冷たさじゃない。
自分を守るために必要なことです。
子どもの安心を積む時間でもあるけれど、同時に、自分の境界線を育てる時間でもある。
付き添い登校を、最近そう捉え直しています。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今まさに付き添い登校をしているママさん、いつもお疲れ様です。
後日談として、私が付き添い登校を2ヶ月続けた中で、母が消耗しすぎないために「やめてよかったこと」は、有料記事にまとめました。
付き添い登校を早く終わらせる方法ではなく、子どもに寄り添いながら、自分を全部後回しにしないための記録です。
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また、今回のように、私自身の見方や境界線が変わってきた背景には、自分の価値観を見直した時期がありました。
そのことを書いたマガジンはこちらです。
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