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断捨離シリーズ─【#8】親の「もったいない」を、否定しなくなった日

こんにちは、サチです。

前回の断捨離シリーズ【#7】では、1月の三連休に、実家の片付けを手伝った話を書きました。

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段ボール14箱、ゴミ袋6袋。
7〜8時間かけて、それだけの不用品が出ました。

がんばった

数字だけ見ると「だいぶ進んだ」ようにも見えるけれど、正直な体感は、100あるうちの2〜3が減ったくらい。

それでも、私にとっては大きな一歩でした。
モノが減ったから、というより、親の「もったいない」に対する見方が、はっきり変わったからです。


昔の私は、母の「もったいない」を正したかった

以前の私は、親の「もったいない」という言葉を聞くたびに、どこかイラッとしていました。

・何年も使ってないし、今後も出番がなさそう
・場所を取っているだけ
・しかも片付いていないことを不満に思っているのに捨てない

そんなふうに見えてしまって、「それ、もう要らないじゃん」「なんで捨てないの?!」と、意見をぶつけて、空気が悪くなって、ケンカになって、最後は私が投げ出す。

今思えば、私は「片付け」をしようとしていたのではなく、母の価値観を正そうとしていたんだと思います。


今回は、「否定しない」と決めていたわけじゃない

今回の実家の片付けで、私は母の「もったいない」を否定しませんでした。でもそれは、我慢したからでも、優しくしようと頑張ったからでもありません。
ただ、母の価値観を、そのまま“前提条件”として扱っただけでした。

たとえば、こんな声かけをしました。

「これ、新品なら売ったら?」
「もし新しい家に引っ越すとして、お金かけてこれも持っていく?」

母は、今の家にずっと不満を持っています。
「本当は引っ越したい」という気持ちが、ずっとある。
そしてもうひとつ、母には、お金に対する不安(不満)もあります。

だから、「捨てる・捨てない」ではなく、
「お金をかけて新しい家に持っていく?持って行かない?」
「売ってお金にする?しない?」
という問いの方が、母にはフィットした。

結果的に、
「じゃあ、これは売って」
「これも、もういいかな」
と、母の方から判断が進んでいきました。


「もったいない」は、合理性じゃなく感覚だった

母の「もったいない」を見ていて思ったのは、それは単なるケチさでも、執着でもない、ということ。

・これまでの人生で、何を大切にしてきたか
・どこで安心してきたか
・何を失いたくなかったか

そういう生き方の感覚が、モノに染みついているように見えました。
だから私は、「それは違う」と言うのをやめました。
正解か不正解かではなく、「そういう価値観なんだな」と認めるだけで、片付けは意外なほど進みました。


理解と同意は、やっぱり別

ここは、はっきり分けておきたいところです。

私は、母の「もったいない」を理解するようになりました。
でも、同じ生き方をしたいわけではありません。

これからの私は、
・必要以上にモノを持たず
・選び直せる軽さを持ち
・判断にエネルギーを取られない暮らし
を大事にしていきたい。

それでも、母の生き方を否定する必要はない。
理解と同意は違うし、距離を取ることと、拒絶することも違う。
この線引きができたことで、親との関係が、かなりラクになりました。


否定をやめたら、動いたのは母の方だった

「捨てなよ!」と言わなくなった。
「そんなのおかしいって!」と思わなくなった。
代わりに、母の価値観に沿った問いを投げる。
すると不思議なことに、母の方から「これはもういいかな」と言い始めました。

変えようとしない方が、人は動く。
これは、片付けに限らないなと思っています。


断捨離は、関係性の設計だった

最初は、断捨離って、モノを減らす話だと思っていました。

でも今は、
・相手の価値観を前提にする
・自分の正解を押し付けない
・課題を分離する

そういう、人との距離感を整える作業だったんだなと感じています。

段ボール14箱、ゴミ袋6袋。
その裏で、私の中では、もっと大きなものが整理されていました。


余談:その場で売れると、さらに加速する

今回の片付けでは、「これはメルカリで売れそうかも」と思ったものは、その場で写真を撮って、すぐに出品しました。
すると、早いものは数分で売れて。

「売れたよ」と母に伝えると、「え、もう!?」と目を丸くして、そこからさらに手放しが加速しました。
結果的に、売上金は1万2,000円くらいに。

すぐに梱包してその日のうちに発送しました

「今度これで、美味しいものでも食べに行こうか」と言ったら、母は少し間を置いて、こう言いました。

「それなら、子どもたちに何か買ってあげて」

あぁ、こういうところだな、と思いました。

モノを溜めてきた理由も、なかなか手放せなかった理由も、全部この人なりの“愛の形”だったんだな、と。
こうやって母の愛を受け止められるようになったのも、断捨離して良かったなと思うことのひとつです。


次に読むのにおすすめ

最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回👇
断捨離シリーズ─【#9】親の価値観は、歪みじゃなく「合理」だった
親世代の時代背景や価値観にも、もう少し踏み込んで書いてみようと思います。


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