見出し画像

Anthropicに$300M投資した男が語るAIの4大ボトルネック——投資家が今知るべき「コンピュート・グリッド」「主権データ」「最適競争」の全構造

AI投資の最前線を15年以上にわたって走り続けるAnj Midha。Anthropicの創業期から投資し、a16z(Andreessen Horowitz)では、Black Forest Labs、Mistral、Sesameなどへの投資を主導。現在は、自ら設立した公益持株会社AMPで、独立したコンピュート・グリッドの構築に取り組んでいる。
本記事では、ポッドキャスト「The Twenty Minute VC」でのAnj Midhaのインタビューをもとに、スケーリング則の現状からAIの4大ボトルネック、欧州の主権データ問題、Anthropic創業期の苦闘、中国のAI戦略、そして「最適競争」の概念まで——AI投資を取り巻く構造的な論点を多角的に整理する。


1. スケーリング則は本当に死んだのか——ドメインによる決定的な違い


DeepMindのDemis Hassabis氏が、「スケーリングに対する収穫逓減の兆候」に言及し、業界で議論が続いている。しかし、Anj Midhaの見方はこれとは明確に異なる。

「コーディングのように十分に探索されたドメインでは、飽和したベンチマークで増分的な改善を得るために必要な計算量は確かに増えています。しかし、材料科学ではどうか。超伝導体発見におけるスケーリングの飽和はまったく起きていません」

Anj Midhaは、現在、自身のインキュベーション企業Periodic Labsで、メンロパークの約2,800㎡の施設を運営している。そこでは、LLMが新素材・新超伝導体を予測し、ロボットがそれを合成し、X線回折装置が物性を物理的に検証し、その検証データを再びトレーニングに還流させるというサイクルが回っている。

「この分野では、計算資源を投入すれば超指数的(super-exponential)なリターンが得られています。ビターレッスン(The Bitter Lesson)は健在です」

つまり、スケーリング則の"死"を論じる際には、「どのドメインで、どのベンチマークで」という文脈が不可欠である。コーディングのような成熟領域と、物理科学のような未開拓領域では、状況がまったく異なる。

2. AIの進歩を阻む4つのボトルネック


Anj Midhaは、AIのフロンティアを押し広げるうえでの主要なボトルネックを4つに整理している。

2-1. コンテキスト・フィードバック(Context Feedback)

プレトレーニングやミッドトレーニングにも価値はあるが、真の差別化は、「最後の1マイル」にある。モデルやエージェントを新しいドメインに展開し、リアルタイムでフィードバックを収集し、それを訓練に還流させるプロセスだ。

「約1年前、AIを科学に応用するという話題が盛り上がっていました。私はスタンフォードの応用物理学科で客員研究員をしていたので、Claude、Geminiなどのモデルをベンチマークしてみました。結果は散々でした」

原因はシンプルで、インターネット上のデータはブログやコードが中心であり、物理学や化学のデータが圧倒的に不足していた。そうしたデータは国立研究所や大学の研究室、半導体製造工場の中に閉じ込められている。Periodic Labsのように物理的な実験室を構え、ロボットで合成・検証を行い、そのデータをモデルに還流する仕組みが必要となる所以だ。

この論点は、投資家にとっても重要である。独自のコンテキスト・フィードバックループを持つ企業——つまり、他のチームがアクセスできないデータ生成の仕組みを構築した企業が、能力面でもビジネスモデル面でも優位に立つ、というのがAnj Midhaの見立てだ。

2-2. コンピュート(Compute)

フィードバックループを大規模に回し続けるには、膨大な計算インフラが必要になる。そしてそのインフラ確保こそが、今日最も逼迫した課題の一つである(詳細はセクション5で後述)。

2-3. キャピタル(Capital)

土地、電力、シェル(建屋)を確保し、コンピュート・インフラを継続的にスケールさせるには、エクイティ、デット、ストラクチャード・ファイナンスなど多様な金融手段が求められる。AMPでは、約1.3GWのコンピュート・インフラに対し、約20%がエクイティ(約$100億)、残りがデットで構成されている。

2-4. カルチャー(Culture)

Anj Midhaが、「史上最も重要なボトルネックかもしれない」と語るのがカルチャーだ。

「正しいカルチャーがあれば、最高の研究者を引きつけられます。最高の研究者はフロンティアを押し広げたいと考えます。すると、アルゴリズムのイノベーションは自然に生まれます」

2〜3年前はトランスフォーマーか拡散モデルかといったアーキテクチャ選択が大きなボトルネックだった。しかし、今日では、ミッション駆動型のカルチャーさえ正しく機能していれば、研究者は特定のアーキテクチャに固執せず、問題解決に最適な手段を柔軟に選ぶ。カルチャーが正しければ、アルゴリズムの問題は自ずと解決する——これがAnj Midhaの持論であり、投資判断においても、チームのカルチャーを最重要視する理由でもある。

3. 「AI for Science」はなぜ機能しなかったか——そして垂直統合モデルの台頭


3-1. マーケティングと現実の乖離

「AI for Science」の掛け声が盛り上がる一方で、既存のフロンティアモデルは科学分析において「散々な」結果を出していた。コーディングでは改善が見られたが、物理学・化学の推論能力は著しく低かった。

問題の本質は、インターネット上のデータがブログやコード中心であること。物理・化学のデータは国立研究所や大学の研究室、半導体工場に閉じ込められている。この「データの非対称性」が、科学領域でのAI性能のボトルネックだった。

3-2. 垂直統合型フロンティア・システム企業

Anj Midhaは、Periodic Labsのような物理的な実験・検証を組み込んだ垂直統合モデルが、今後多くのドメインで登場すると見ている。

「ドメイン内では超人的な能力が出現しています。物理的なラボから出てくる膨大なデータをAIモデルに分析させること——これは超人的な能力です。以前は不可能でした」

ただし重要なのは、これらの企業を「ファウンデーションモデル企業」と呼ぶのは誤りだ、とAnj Midhaは強調する。「フロンティア・システム企業」——モデル、インフラ、プロダクトをフルスタックで統合した企業こそが、正確な描写だという。Anthropicが、Claude Codeを、MistralがMistral Computeを展開するのも、最初から計画されていた全体像の一部であり、既存のマーケットマップの分類では捉えきれない。

3-3. 「Claudeに飲み込まれるか」の判断基準

垂直統合型モデル企業を評価する際、「汎用モデルに飲み込まれないか(Claudified されないか)」は重要な問いだ。Anj Midhaの回答は明快である。

物理的なデータ生成のフィードバックループを持つ企業は、汎用モデルに飲み込まれにくい。Periodic Labsのように、実験室でロボットが合成・検証を行い、そのデータがモデルに還流する仕組みは、ソフトウェアだけでは複製できない。一方で、Cursorのようにソフトウェア完結型の製品は、汎用モデルの能力向上により代替されるリスクがある。

4. 主権データとクラウド法——欧州のAIインフラが独立を必要とする理由


4-1. 米国クラウド法(CLOUD Act)の構造的制約

米国のクラウド法(CLOUD Act)は、米国企業が管理するインフラ上で処理されるデータに対して、米国政府のアクセス権を保証する法律だ。これは、欧州の軍事・防衛・ミッションクリティカルなワークロードにとって構造的な障壁となっている。

「もしASMLやCMA CGMのような企業が、クラウド法の対象となるサーバー上でサプライチェーンデータをAIに処理させていたら——それは許容できません」

結果として、欧州はローカルで独立したAIインフラの構築を迫られている。

4-2. MistralとAMPの投資テーゼ

2024年7月、パリのVivaTechにて、マクロン大統領とジェンスン・ファン(NVIDIA CEO)が、33歳のArthur Mench(Mistral創業者、元DeepMind研究者)とともに、パリでの1ギガワット規模のAIインフラ施設を発表した。
「これは15年間にわたるハイパースケーラーの支配が、初めてスタートアップに奪われうる機会です」

Anj Midhaにとって、Mistralへの投資テーゼの核心は、「AIインフラスタックの全階層における独立性の確保」だ。土地・電力・シェルは欧州のもの、コンピュート・インフラもローカル、モデルはローカルで訓練されつつフルオープンでグローバルに展開可能——この独立したフルスタックこそが賭けの対象である。

AnthropicやOpenAIも欧州市場を狙っている。しかし、Anthropicについては「ミッションとビジョンは常にアメリカに軸足を置いてきた」とAnj Midhaは指摘する。アメリカ政府とアメリカの生活様式(民主主義と自由)のために最善を尽くすという姿勢が基盤にある。一方で、世界最大級の法人顧客である政府やFortune 500企業の多くは海外に拠点を持ち、ワークロードをローカルで処理する必要がある。この構造的なギャップが、Mistralのような独立系プレイヤーの存在意義を支えている。

5. Anthropic創業期——22社中21社が「NO」と言った日々


5-1. GPT-3の著者たちとの週次セッション

Anj Midhaは、GPT-3の主要著者の一人であるTom Brown氏と長年の友人関係にあった。2021年初頭、Tom氏からの電話をきっかけに、Dario Amodei氏、Tom氏と毎週のセッションを開始。研究仮説(スケーリング・レシピ)をビジネス仮説に転換する作業に取りかかった。

「レシピはシンプルでした。資金を調達し、コンピュートを購入し、プログラミングのコンテキストデータを少し入手し、モデルの基本バージョンを公開し、信頼できるチームに展開し、そのフィードバックをトレーニングに還流させる。推論(inference)は、2つのものをもたらします——より多くのコンピュートを購入するための収益と、能力曲線を改善し続けるためのコンテキスト・フィードバックです」

5-2. 21回のNO

しかし、資金調達は極めて困難だった。Anj Midhaは、自身の貯蓄(当時はDiscord株に紐づいた純資産がほとんどだった)を投じつつ、Sand Hill Road沿いの22人の投資家を紹介した。

「21人にNOと言われました。理由を聞くと、『このレシピは理論的にはいいけど、証拠は?』と。私は『この人たちがGPT-3を発明したんですよ。これ以上の証拠が必要ですか?』と答えました。すると彼らは『GPT-3って何?』と」

当初は、5億ドルの調達を目指したが、最終的には1億ドルのシードラウンドに再設定。当時OpenAIが、既に10億ドル以上を調達していた文脈では小さかった。「1ドルのベンチャーキャピタルで、OpenAIの6分の1のコストで知能の単位を生産できる」というコンピュート乗数の概念を、当時のVCは理解しなかった。

5-3. 理解者の出現——MLコミュニティ、EA、そしてAmazon

理解したのは、機械学習コミュニティと効果的利他主義(EA)コミュニティの重複領域にいた人々(SBFを含む)、そして、Amazonだった。Amazonにとって、Anthropicのロジックは明快だった——AzureとOpenAIの関係を見ていた彼らにとって、最先端モデルをAWSでホストするパートナーは戦略的に極めて大きな価値があった。この認識が、当初40億ドルの資本・コンピュート提携へとつながった。

Anj Midha自身は、これまでAnthropicに対して、複数のラウンドにわたり「数億ドル」を投資してきたと語っている。そして、そのリターンの大部分を公益教育プログラムに寄付する意向を明かしている。

6. 公益法人(PBC)モデル——ミッションと利益は両立するか


6-1. REI、Ben & Jerry'sの先例

Anj Midhaは、AMPを公益法人(Public Benefit Corporation)として設立した。批判に対しては明快に反論する。

「Anthropicは史上最も急速に成長しているビジネスの一つです。公益ガバナンスと市場支配は両立します。REIも、Ben & Jerry'sも公益法人ですが、議会に呼び出されたことはありません。適切な時期に自己統制(self-moderate)したからです」

6-2. AMPにおける具体的なトレードオフ

AMPでは実際に、コンピュート・インフラの大部分を原価で提供している。株主からすれば、数十億ドル規模の資産を原価で提供するのは不合理に映る。しかし、Anj Midhaの論理は異なる。

「それが人類にとって正しいことだと考えるからです。長期的に健全で独立したエコシステムを維持するためには、真にフロンティアを押し広げている科学者やエンジニアが、法外な価格を支払わずに計算資源にアクセスできる必要があります」

公益法人ガバナンスは、経営陣に対し、「株主にとって最善ではないが、ミッションにとって最善である」意思決定を行う権限を与える。Anj Midhaは、シリコンバレーのテクノロジー企業にはより多くのPBCが必要であり、インフラ事業の歴史的アークを見れば、その方向に向かうだろうと主張している。

7. コンピュート・グリッド構想——「AMPグリッド」と1885年のアナロジー


7-1. 電力グリッドの歴史的並行

Anj Midhaは、現在のAIコンピュート・インフラの状況を1885年のイギリス産業革命に喩える。

「今は蒸気機関が発明された直後のような段階です。フロンティアラボは工場のようなもので、みんな裏庭で自前の発電機を半分の稼働率で回しています。これはナンセンスです。発電機をプールして、靴工場は昼間にスパイクし、鉄鋼工場は夜にスパイクすれば、稼働率とアウトプットを最大化できます」

AMPは自らを「独立系システムオペレーター(ISO)」と位置づけている。クラウドプロバイダーでもなく、データセンターを所有するわけでもなく、伝統的なVCでもない。エコシステム全体のキャパシティを調整し、最善のチームがベースロード(平常時の需要)に合わせてプロビジョニングしながら、トレーニングや推論のスパイク時には十分なキャパシティが確保される——そうした仕組みを構築しようとしている。

7-2. 計算資源の非代替性(Non-Fungibility)問題

「AIバブルではありません。GPU浪費バブルです」——これがAnj Midhaの中心的な主張だ。
数十億ドル規模の計算資源が未使用のまま放置されている。その最大の原因は、コンピュートが代替不可能(non-fungible)であることだ。電力ではメガワットはメガワットだが、コンピュートではそうはいかない。

  • メーカー間の非互換性:NVIDIAとAMDのチップは相互運用できない

  • 同一メーカー内の非互換性:H100、GB200、GB300はすべて異なるチップタイプであり、H100クラスターで始めたトレーニングをGB200にシームレスに移行することはできない

  • 世代間のミスマッチ:H100はメモリ特性の制約で最新のフロンティアモデルのトレーニングには不向きだが、新しいクラスターを丸ごと購入するしかない

「FLOPSが代替可能であってほしいのですが、現実にはすべてのFLOPSが同じではありません」

これがまさに、電力における1885年の「標準化以前の時代」であり、AC/DCの統一がなされる前の混乱期だ。コンピュートのオープンスタンダードが存在しないため、あるデータセンターのFLOPSを、チップタイプやセキュリティ境界を越えて別のユーザーに流すプロトコルがない。その結果、エコシステム全体に大きな非効率が生じている。

7-3. 標準化への最大の障壁——「人間のアラインメント」

コンピュート標準化の最大の障壁は何か。Anj Midhaの答えは技術的なものではなかった。

「アラインメントの問題に帰着します。AIアラインメントが難しいのは間違いありません。しかし最も難しい問題ではありません。人間のアラインメント(Human Alignment)こそが、今この世界で本当の問題です」

シリコンバレーとワシントンDCの間で、AIが「従来型のソフトウェア」として扱われるべきか、「新しい種類のシステム」として扱われるべきかすら合意されていない。統計的モデルと決定論的ソフトウェア(スプレッドシート)では本質的に異なるにもかかわらず、調達・規制のフレームワークが整備されていない。

必要なのは、TCP/IPがインターネットに、AC/DC統一が電力にもたらしたようなRFC(Request for Comments)プロセス——技術者が標準を提案し、NISTのような政府機関がレビューし、業界全体で標準化する仕組みだ。

8. 中国のAI戦略——フルスタック設計と蒸留攻撃


8-1. チップ競争ではなく「システム設計」競争

Anj Midhaは、中国のAI戦略の実行力を率直に評価している。

「彼らが理解したのは、AIスケーリング競争はチップ競争ではなく、フルスタックのシステムコード競争だということです」

中国のアプローチを段階的に整理すると:

  1. 最先端チップがないならシステム設計で競争する:Huaweiのチップとコンピュート・インフラ、トレーニングランをコ・デザイン(共同設計)し、スタックの全階層で性能改善を積み上げる

  2. 大規模な敵対的蒸留(Adversarial Distillation):西側モデルの各種エンドポイントから最先端の能力を蒸留し、そのデータで性能向上を図る

  3. オープンソースとして公開→フィードバック収集→次のラン:これを繰り返してフロンティアに追いつく

  4. フロンティアに到達した時点でオープンソースを停止する選択肢を持つ:国内需要に十分な能力が確保されれば、外部への公開を止められる

「これはGoogleの戦略と同じです。Googleは、土地・電力・シェル、TPU、Borg、XBorg、GQM、Gemini、デプロイメントまで垂直統合しています。中国は、オープンソースをブートストラップ機構として活用し、同じ戦略を再現しています」

8-2. 「推論のアイアンドーム」構想

この脅威に対するAnj Midhaの処方箋は、「西側全体のフロンティア推論をアイアンドーム(Iron Dome)の背後に置く」ことだ。

「もし我々がフロンティアモデルの推論——私が "最先端推論" と呼ぶもの——を協調的なアイアンドームの背後に確保しなければ、今後10年間フロンティアに留まる持続可能な見込みはないと思います」

具体的には、どの企業が推論を提供しているかに関わらず、すべての推論が共有プロキシを通じて提供され、フロンティアの一部で攻撃(蒸留)が検知された場合に相互に通知し、協調的な防御対応をとる——というデプロイメント調整プロトコルだ。

現状では、Anj Midhaが7〜8社のボード席を持つ立場を活かし、創業者同士のグループチャットで非公式に情報共有している段階に過ぎない。これをスケーラブルな仕組みにすることが急務だと訴えている。

9. 「完全競争は敗者のためのもの」——最適競争のフレームワーク


9-1. Peter Thielへのアップデート

Anj Midhaはスタンフォードでのかつてのクラスメイトとして、Peter Thielの「競争は敗者のためのもの(Competition is for losers)」というテーゼに言及しつつ、これを更新する。

「彼は間違ってはいなかったが、十分に精密ではなかった。完全競争(Perfect Competition)は、確かに敗者のためのものです。50社がLLMトレーニングやコーディングモデルで競合している状態は、レストランのように差別化が困難で淘汰が繰り返される。一方で、独占(Monopoly)は、マフィアです。スタックの一部で独占を達成すると、イノベーションを止めてバランスシートで上下に拡張し、資源を囲い込み始めます」

Anj Midhaが提唱するのは、「最適競争(Optimal Competition)」という概念だ。

「最適な競争構造とは、各フロンティアに3〜4チームが存在し、並外れた進歩を遂げている状態です。投資すれば並外れたリターンが得られる。しかし、独占するほど快適ではなく、イノベーションを止められない。彼らがイノベーションを止めたとき、人類にとっての損失は甚大です」

9-2. 推論市場への具体的な示唆

推論市場では、現在、50社以上の企業が「底辺への競争」を繰り広げている。Anj Midhaは、「4〜5社の信頼できる推論プロバイダーが存在する状態こそが最適」であり、VCが50社に数百億円を投じている現状は「自滅的メカニズム」だと指摘する。

「50社が希少なコンピュート資源を奪い合えば、実際にイノベーションを起こしているチームが資源を確保できず、次のプロダクト・イノベーションが止まります。最善の推論チームが私に電話をかけてきて『Anj、コンピュートある?』と聞いてきます。ハイパースケーラーに囲い込まれ、イノベーションしていない企業に溜め込まれているからです」

勝者と敗者を分けるのは何か。Anj Midhaの答えはシンプルだ:「コンピュート・サプライへのアクセス。それに尽きます」

10. ベンチャーキャピタルの「Back to the Future」——共同創業モデルへの回帰


10-1. Arthur Rock、Bob Swanson、Mike Markulaの時代

Anj Midhaは、現在のAI時代が、ベンチャーキャピタルの原点——「共同創業」の時代に回帰していると主張する。

  • Intel:科学者とArthur Rockの深いパートナーシップ。Rockは毎日オフィスに通い、ストック・インセンティブ・プランを書き、全社ミーティングを主導した

  • Genentech:UCSF教授のHerb BoyerとKleiner Perkinsのアソシエイトだった Bob Swansonが、Kleinerの地下室で共同創業した

  • Apple:エンジェル投資家のMike Markulaが実質的に初年度のCEOを務め、設備投資、サプライチェーン、資金調達を担い、JobsとWozniakがプロダクトとエンジニアリングに集中できるようにした

Anj Midha自身もこのモデルを実践している。Periodic Labsでは、週3日出社し、毎朝8時からCo-founderのLiam Doと30分のスタンドアップを1年間続けている。AMPのコンピュートチームはPeriodic Labsの上階でコンピュート調達に当たっている。

10-2. 過去10年のVC手法との共存は可能か

ゼロ金利時代の「チェックを書いてSaaS企業に任せる」スタイルと、共同創業スタイルは共存できるのか。Anj Midhaの答えは慎重だ。

「一人の人間の中で両立させるのは非常に難しい。一つの組織の中でさえ難しい場合があります」

さらに踏み込んで、VCの将来像について問われると、こう答えている。

「RobinhoodがRobinhood Venturesのような仕組みを始めている。ソフトウェアがVCのコーディネーション機能の多くを代替できるなら、単にLPの資金をラップしているだけの人は不要になります。私が最も懸念しているのは、フロンティア技術で生まれている富の創造機会が十分に一般市民と共有されていないことです。Anthropicのシードラウンドに参加したVCファームはゼロでした。これが何度も繰り返されています」

11. Dario Amodeiの「何が特別か」——科学者・経験主義者・ミッション


Quick-Fireラウンドで、Anj Midhaは、Dario Amodeiの強みを3点に集約した。

  1. 純粋な科学的才能:世界レベルの技術的能力。本質的にはコンピュータ科学者ではなく物理学者であり、データと実験から現実の一般法則を導き出す経験主義者

  2. 真実追求への執着:仮説が間違っていれば認め、推論と実験を繰り返し続ける姿勢

  3. ミッション・アラインメントの徹底:「これが我々のフォーカスだ。ドリフトしない。ショートカットは取らない。このミッションを達成するために巨大なトレードオフを受け入れる」——この一貫性が最高の人材を引きつけている

12. 投資家・リーダーへの示唆——「ボトルネックに投資せよ」


12-1. LPへの一言

「自分自身を教育すること。授業を取り、文献を読み、ハードワークを省略しないこと。あまりにも多くのLPが、本来自分がやるべき仕事——何が本当に起きているかを理解すること——を外部に委託しています。そのうえで、ボトルネックに対して独自で防御可能な優位性を持つベンチャーマネジャーを選ぶべきです」

12-2. 「自分で作れ」という原則

Anj Midhaは、ある主権国家の26人の閣僚を対象とした1年間のAI教育プログラムを主宰している。スタンフォードCS153(Frontier Systems at Scale)の拡大版であり、講義だけでなく各閣僚が自分でAIエージェントを構築・デプロイするまで修了を認めない。

「4年前に50人が必要だったことが、今や適切なAIツールを使えば1人でできます。リーダーとして、これらのツールを実際に使い、自分でエージェントを構築・デプロイしたことがなければ、何が起きているか理解しているとは言えません」

12-3. 「マネーの罠」から抜け出すために

インタビューの終盤で、Anj Midhaは個人的な哲学を語った。インドのリシ・バレー寄宿学校で7年間テクノロジーなしの環境で育った経験、シンガポール政府奨学生として経済的独立を果たした経験が、彼の価値観の基盤にある。

「自分のミッションが何かを突き止めること。何よりも大切なものを見つけること。そうすれば、あらゆる金銭的誘惑や仕事のオファーを断ることができます。それが時間の使い方を明確にしてくれます」

そして、墓碑銘に刻みたい言葉を聞かれ、こう答えた。

「"He was right."(彼は正しかった)」

オススメ記事


👉 Next Big Wave——成長株・アイデアの種・トレンド深掘り



いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー