「AIが成功しても失敗しても困る」——Andrew Ross Sorkinが語る市場リスクの本質
CNBCキャスターでありニューヨーク・タイムズの記者、そして、著書『1929』でベストセラー作家となったAndrew Ross Sorkinが、Big Technology Podcastに登場した。テーマは「AIがうまく機能した場合、市場クラッシュは起きるのか」だ。通常の議論が「AIバブル崩壊のリスク」に集中する一方、Sorkinが提起するのはその逆——「AIが期待通りに機能したとき、何が起きるか」という問いだ。両面から見えてくる市場リスクの構造を整理する。
1. 「AIが成功した場合」のシナリオ——雇用25%消滅という可能性
1-1. 生産性向上の"コスト"は誰が払うか
Sorkinは、「どうやったら現代版1932年(失業率25%)に辿り着けるか」という問いに対し、「市場クラッシュよりもAIの成功の方が近道かもしれない」と答える。AIへの投資が正当化されるには「大幅な生産性向上」が必要で、生産性向上とは「より少ないコストでより多くを生産すること」を意味する。「コストの多くは人間だ。私たちがそのコストだ」。
1-2. ソフトウェアエンジニアでも消えない、今のところは
ホストは、反論として「AIがコーディングで最も進歩しているはずなのに、Indeed上のソフトウェア開発者の求人数は増えている」と指摘する。Sorkinもこれを認めつつ、「今後2〜3年で技術が劇的に改善されれば、話は変わる」と主張する。現時点でのデータは「まだ過渡期」を示しているにすぎず、モデルの改善速度を信じるなら、今の雇用数は安心材料にならないというのが彼の見立てだ。
1-3. 不平等の深化:恩恵は「すでに成功している人」へ
Sorkinは、「AIによって生まれる富は、主にモデル提供企業・大手テック企業・そしてすでに成功した個人に集中する」と予測する。「彼らはより多くの人を雇うのではなく、より多くのエージェントを雇うだろう」。生産性向上の果実が広く分配されるかどうかは、歴史的に見ても確実ではない。
2. 「AIが失敗した場合」のシナリオ——7,000億ドルのcapexが宙に浮く
2-1. ドットコムバブルとの類似
もし技術進歩が期待に追いつかなければ、大手テック企業による年間約7,000億ドルのAIデータセンター投資が「消化されない過剰インフラ」になりかねない。Sorkinは「インターネットはドットコムバブル崩壊後も残ったし、今ではより大きくなっている。しかし当時も"タイミングのずれ"が大きな痛みをもたらした」と語る。AIも同じ可能性があり、「今ではなく5年後に必要になるインフラを、今すごい勢いで建てている」という状況だ。
2-2. 効率化によるデータセンター不要論
さらに、逆説的なリスクも存在する。AIモデルが効率化されてエッジデバイス(スマートフォン・MacMiniなど)で動くようになれば、巨大データセンターそのものが不要になる可能性もある。データセンターの建設コストは下がらず、Nvidiaチップの減価償却スケジュールも不透明だ。スキー場のリフトで出会ったデータセンター建設業者の言葉が象徴的だ。「これは全部潰れる」——それがどこまで現実を示しているかはわからないが、現場の感覚として無視できない。
3. プライベートクレジットという「見えない火薬庫」
3-1. 半流動性商品の罠
Sorkinが最も懸念するのは、AIリスクよりもプライベートクレジット市場の構造的問題だ。銀行規制強化後、資金調達はプライベートファンドに移行した。問題はその「半流動性商品」にある——普通の株式のように見えて、実際には解約が制限される。Blackstone・BlackRock・Blue Owlで大規模な解約申請が相次いでおり、「ゲーティング(解約制限)」が発動されている。これは「銀行への取り付け騒ぎ」に似た心理的連鎖を生む可能性がある。
3-2. プライベートエクイティが先に崩れる構造
Sorkinの分析では「プライベートクレジットが崩壊するには、まずプライベートエクイティが崩壊しなければならない」という連鎖構造がある。PEファームがSaaSや各種テック企業を高値で買収し、その月次経常収益(MRR)を担保に多額の融資を受けている。AIによってそのSaaS企業の価値が毀損されれば、担保価値が下がり、プライベートクレジット側も損失を被る。「これは"マーク・トゥ・メイクビリーブ"(信じたい評価額)の世界だ」とSorkinは語る。評価を下げれば新規資金調達が困難になるため、当事者全員が現状維持に強い動機を持っている。
4. 1929との比較——今回はなぜ同じにならないのか、そして同じになるかもしれない理由
4-1. 個人レバレッジの低下
1929年の市場崩壊が「大恐慌」に発展した主因は、個人投資家の過大なレバレッジだった。当時は1ドルの自己資金に対して10倍の信用取引が可能で、市場が50%下落しただけで多くの人が全財産を失い、家を失い、職を失った。現在は個人のレバレッジは相対的に低いため、株式市場が50%下落しても当時と同じような連鎖崩壊は起きにくい。
4-2. 38兆ドルの国家債務という制約
しかし、「bailout(救済)という切り札」が使い続けられるかどうかには疑問符がつく。2008年と2020年の危機では、FRBが大規模な資金供給で崩壊を防いだ。しかし、現在の米国の国債残高は38兆ドルに達しており、「次の5兆ドルの小切手を誰が書けるのか」という問いが残る。投資家が財政懸念から国債を高コストでしか買わないようになれば、緊縮財政への転換を余儀なくされ、1930年代のシナリオに近づく可能性もある。
4-3. FRBの独立性という問題
さらに、Sorkinが指摘するのは、FRBの独立性の侵食だ。ホワイトハウスによるパウエル議長へのプレッシャー、Kevin Walsh氏の議長候補指名をめぐる政治的駆け引きなど、危機時に「政治的に不人気な決断」ができるかどうかが問われている。「FRBの独立性は、危機の際に不人気な決断を下すために特に重要だ」とSorkinは語る。
5. SpaceX・OpenAI IPOと「誰が先に出るか」の競争
大型IPOについてSorkinは、「SpaceX(評価額1.75兆ドル)が先に上場した場合、資本市場から大きな資金を吸い上げるため、その後に続くOpenAI・Anthropicはより小さなパイを争うことになる」と指摘する。IPOのタイミングは単なる上場戦略ではなく、市場の資金量という制約の中での競争でもある。
まとめ——「成功しても失敗しても、見えない負債が問題」
Sorkinのフレームは明快だ。AIが成功すれば雇用と富の分配が問題になり、AIが失敗すれば7,000億ドルの投資が宙に浮く。どちらのシナリオでも共通して「見えない場所に積み上がった負債」が問題を深刻化させる——それがプライベートクレジットであれ、国家財政であれ。
投資家にとっての示唆は「どこにレバレッジがあるかを問い続けること」だ。1929年の崩壊が個人の過剰借入で増幅されたように、今回の潜在的な震源地はプライベート市場の不透明な負債構造にある。その透明性が高まらない限り、「mark to make-believe(信じたい評価)」の世界は続く。

