エージェント型AIが変える企業防衛――Abnormal AI×Cogent Securityの最前線
現代のサイバーセキュリティ領域では、攻撃者の能力もAIによって急速に強化されているという認識が業界の常識になりつつあります。例えば、生成系 AI は巧妙なソーシャルエンジニアリング攻撃を短時間で組み立てたり、従来人手では発見困難なパターンを執行できたりします。こうした環境下で、防御側も“AI による能動的対応”を模索しており、その代表例が エージェント型 AI(agentic AI) をセキュリティに応用するアプローチです。
1. なぜ全企業が“エージェント型AI × セキュリティ”に注目すべきか
1-1. 攻撃 “供給” の拡大と高度化
生成AIによって、攻撃者が「巧妙な攻撃文面を生み出す」「脆弱性を発見して即座に攻撃する」能力を持つようになると、攻撃の敷居は大きく下がります(“より多く・より高度な攻撃” が生まれる)。
Abnormalの創業者 Evan Reiserは、「AIモデルはこれまで誰も見たことのない攻撃を創り出す能力を得つつあり、人間には識別できないレベルの偽装が可能になるかもしれない」と述べています(Greylock Change Agents)。
これを放置すれば、既存のセキュリティ対策(シグネチャ型検知、ルールベース制御、ログ監視など)は穴だらけになってしまいます。
ゆえに、あらゆる企業、規模の大小を問わず、「防御側も AI を持たねばならない」時代が来ています。
1-2. “追いつけない” 防御側のジレンマ
防御側には典型的に次のような制約があります:
人手不足:優秀なセキュリティ人材は限られており、多くのログ・アラートを追い切れない
処理の遅延:攻撃の兆候から反応までにタイムラグがあり、被害が拡大してしまう
文脈の理解力限界:アセット・構成・業務系との関連を人が即座に把握するには限界がある
このようなジレンマを打開するには、「人が主導する検知 → 対応」ではなく、「AI が思考+行動を自律的に行えるように設計されたシステム」が鍵になります。これが “エージェント型 AI” の応用価値です。
全企業にとって、セキュリティだけを “ツールとして付け足す” のではなく、防御モードそのものをAI主導へとパラダイムシフトさせる挑戦が始まっています。
2. Abnormal AI/Cogent Security — エージェント型セキュリティの最前線
ここからは、Greylock Change Agentsの議論を土台に、Abnormal AIと Cogent Securityがどのように「エージェント型 AI」を実装しているかを見ていきます。
2-1. Abnormal AI:メール・行動分析中心の “防御エージェント”
Abnormal AIは、主に メールセキュリティ 分野でその名を知られています。
社員ひとりひとりの通常行動パターンを学習
そこから逸脱する異常な振る舞い(なりすまし、フィッシング、ソーシャル・エンジニアリングなど)を検知
異常事象に対して 即時対応(遮断・隔離・リスクアラート) できるよう設計
このプロセスは従来ならセキュリティアナリストが判断すべきところを、AI エージェントが高速に行うという発想です。
また、この方式はメール以外の識別/行動異常の検知拡張にも向いており、将来的には人的アイデンティティだけでなく、機械・AI エージェント自身の振る舞いにも対応できる“行動セキュリティ基盤”を目指すビジョンも示されています。
2-2. Cogent Security:脆弱性管理を自律化する AI タスクフォース
2025年7月、Greylock は Cogent Security を支援し、公にローンチしました。
Cogent の特色は、脆弱性管理ライフサイクル(発見 → 優先度判定 → 修復/対応) を AI エージェントに任せるという点です。
脆弱性スキャナー、EDR(エンドポイント検知)、ログ、構成管理 DB など多様な情報源を統合
各種の サブエージェント(トリアージ、リスク評価、修復候補探索など)が役割分担して動作
最終的には、可能なものは自律的に 修復・対応アクション を実行
Cogent の設計哲学として、「モデルがオペレータ(Model is operator)」という言葉が掲げられています。すなわち、AI が判断と実行を一体で担うという考えです。
この構造により、従来手作業で膨大な時間を要していた脆弱性対応プロセスを、2倍以上の速度で対応し、投入労力を最大 50 %削減する効果も報じられています。
これら両社のアプローチは、メール系攻撃から脆弱性対応に至る「防御の領域」を横断的にカバーしようとする試みであり、全企業レベルでの導入可能性を持つ先端の実例と言えるでしょう。
3. エージェント型セキュリティ導入の課題と “人とAIの共働”
エージェント型AIを防御に使おうという構想には、多くの期待があります。一方で実務導入では、以下のような課題や検討点も見えてきます。
3-1. 信頼性と説明性の担保
AI が自動実行する動作は失敗・誤判断のリスクも孕みます。特に、誤ったパッチ適用や設定変更がシステム停止や安全性破壊を引き起こすと、被害は甚大です。
このため、多くの企業は最初から 「読取専用モード → 可視化 → 検証 → 本番モード」 という段階的な移行フェーズを要望します。Abnormal でも、こうしたフェーズを踏んで顧客の信頼を得てきたという発言があります。
また、AI がなぜその判断をしたか (“説明可能性”) を可視化する仕組みも不可欠です。
3-2. ヒューマンインザループ(HITL)の設計
完全自律運用か、人間が最後の判断を保持するか、そのバランスが鍵になります。
小規模・リソース乏しい企業:初期は“完全自律モード”を前提に求められることが多い
大企業・ミッションクリティカル環境:重大事態では人間チェックを残したアシスト型運用が現実的
多くの導入先では、まずは「アシストモード」から段階的に自律モードへ移行するハイブリッド戦略を採ることが予想されます。
3-3. 運用体制・組織変革
AI エージェントが “守る役割” を担う状況では、従来の SOC(セキュリティ運用センター)や脆弱性対応部隊の役割も変わります。
たとえば、Abnormalではある顧客で、メールセキュリティ運用チームの人数を 12 人から 2 人に削減した例が紹介されており、残りの人員は高度分析やプロアクティブ調査にシフトしたとのことです(Greylock Change Agents 議論)。
このように、エージェント導入は 人的リソース再配置、スキルセット変革 をともないます。
3-4. データ品質・統合性の前提
AIが正しく判断・行動するためには、正確で整備されたデータ(ログ、構成情報、脆弱性情報、インシデントデータなど)が不可欠です。
企業によっては、これらデータソースが断片化・レガシー化しており、事前整備に相応の投資と設計が求められます。
4. 将来展望:全企業が目指すべきセキュリティ像
筆者として、AbnormalやCogentの議論を踏まえつつ、“全企業” が向かうべき方向性を以下のように描きたいと思います。
4-1. AI ネイティブ企業への進化
多くの企業は既存システム中心の構成を前提としていましたが、これからは “AI が中心に据えられた設計” が主流になるでしょう。
つまり、プロダクト/運用/意思決定すべての場面で AI が “能動的に関与” する構造を持ち、その構造を前提に設計されていく企業が成功者となると考えられます。
4-2. AI エージェントのセキュリティを守る仕組み
AI エージェント自身が攻撃対象になるリスクも急速に高まります。将来的には、エージェント同士を監視するエージェント(セントネル/ガバナー的な仕組み) が必要になるかもしれません。
(実際、最近発表された論文「Sentinel Agents for Secure and Trustworthy Agentic AI」などは、マルチエージェント環境でのセキュリティ層を議論しています)
4-3. タスクオフロードと人材再構築
ルーティン的・反復的なセキュリティ業務は AI がどんどん代替していくだろう一方で、人間には 戦略・アーキテクチャ設計・異常対応・フォレンジック といった高次業務が残されるはずです。
全企業は、こうした人材育成・組織デザインを今から準備しておく必要があります。
4-4. 段階的導入から全社展開へ
最初から全面AI任せというのはハードルが高いため、おそらく企業は段階的導入を進めるでしょう。
部分モジュールで導入
アシストモード → 自律モード移行
チーム編成とインセンティブ調整
こうしたフェーズを通じて、最終的には“AIが裏方で動きながら、人が最終判断を担う”という形が落としどころになる可能性が高いです。
結論
生成AIが攻撃者側に強力な武器を提供しつつある現在、防御側にもそれに匹敵する “思考と行動を兼ね備えた AI エージェント” を導入することが、もはや選択肢ではなく必然の時代に入っています。
Abnormal AI や Cogent Security のような先進企業による実証例は、単なる技術実験ではなく、多くの企業が現実に検討すべき道筋を示しています。
もちろん導入には信頼性・説明性・統合性・運用変革といった課題もありますが、これらを乗り越えるかどうかが、次世代のセキュリティ競争力を決める鍵になるでしょう。
