評価額150億ドルのApplied Intuition、新プラットフォーム「Dana」発表 ― 「高校生でも自律ロボットが作れる」世界へ
評価額150億ドルの物理AI企業 Applied Intuitionの共同創業者、Qasar Younis氏(CEO)とPeter Ludwig氏(CTO)が、a16zのポッドキャストに出演した。同社は、自動車、トラック、戦車、ドローンといった「動く物理的なもの」に知能を搭載する企業で、この日は過去最大のプロダクト発表と、自動運転の未来予測について語った。冒頭でYounis氏は、自社のミッションを「10億台の機械に知能を搭載すること」と表現し、これが社会に大きなインパクトを与えると述べている。
1. GM三代・パキスタン移民 ― 対照的な二人の創業者
1-1. GM技術者一家の三代目、Peter Ludwig氏
CTOのPeter Ludwig氏は、祖父がGMに30年以上勤務した自動車エンジニア一家に育った。高校時代の初めての仕事は自動車ツーリング企業でのソフトウェアエンジニアだったという。ミシガン大学でコンピューターサイエンスの学位を取得後、Googleに入社し、Google MapsやAndroid Automotiveの開発を5年間率いた。
1-2. パキスタンの農場からGMの街へ、Qasar Younis氏
一方、CEOのQasar Younis氏は、パキスタンの農場で生まれ、GMのエンジニアだった叔父の招きで1988年に一家でミシガン州に移住したという異色の経歴を持つ。ゼネラルモーターズ・インスティテュート・オブ・テクノロジー(現ケタリング大学)で機械工学を学び、GMとBosch(日本駐在)で7年間自動車エンジニアとして働いた後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。その後、創業したTalkBinがGoogleに買収され、そこでLudwig氏と出会う。Google Mapsのプロダクトリードを経て、Y CombinatorのCOOを務めた後、2017年に二人でApplied Intuitionを共同創業した。
2. 評価額150億ドル、「一度も使い切っていない」10億ドル超の調達資金
Applied Intuitionは、これまでに総額約15億ドル(番組内でYounis氏は「10億ドル超」と表現)を調達しており、2025年6月のシリーズFでは、BlackRockとKleiner Perkinsが共同主導する形で6億ドルを調達、評価額は150億ドルに達している。Franklin Templeton、Qatar Investment Authority、Abu Dhabi Investment Councilなど世界的な機関投資家も参加した。Younis氏は、番組内で、調達した資金について「銀行にすべて眠っている」と述べ、同社が資本効率の高い黒字企業であり、長期契約を土台にした収益構造を築いている点を強調した。従業員は、シリコンバレーを拠点に約1000人超のエンジニアを抱え、グローバルに18拠点を展開しているという。現在、世界の自動車メーカー上位20社のうち18社が同社のソフトウェアを利用し、米国防総省の主要プログラムにも採用されているとされる。
3. 自動車はもはや「少数派」― 物理AIの広がり
3-1. 自動車事業は全体の3割に低下
Younis氏は、創業当初「自動運転車を作る会社」というレッテルを貼られがちだった同社の事業内容について、現在では、自動車関連事業は全体の約30%にとどまり、残り70%は自動車以外の分野だと明かした。港湾、鉱山、農業、防衛、建設機械など、あらゆる「動く機械」が対象になりつつあるという。
3-2. 「人間がいない」ことで変わる機械の形
Ludwig氏は、自律化によって機械そのものの設計思想が変わる点を指摘した。地下鉱山のような環境では、人間が呼吸できる空間を確保する必要がなくなるため、まったく異なる形状の機械を作れるようになるという。また、港湾や鉱山全体を一つのシステムとして捉え、複数の機械が互いに通信し合いながら最適化する「システムレベルの知能」にこそ真の価値があるとした。ブレーキシステムの故障を事前に察知できるようになる点も、人間が機械の中核システムに接続されていないことによる新たな可能性の一例として挙げられている。
3-3. 高齢化する農家、人手不足のトラック輸送
Younis氏は、米国の平均的な農家の年齢が58歳であり、35歳未満の農家は10%未満にとどまる一方、食料需要は増え続けているという構造的なミスマッチを指摘した。トラック輸送も同様の状況にあるとし、物理AIによる効率化が持つインパクトは非常に大きいとの見方を示している。
4. GM・Cruiseの教訓 ― 「安全」と「政府との距離感」
対談では、GMが買収した自動運転企業Cruiseが、重傷事故を受けて事業を打ち切られた経緯についても率直な議論があった。Younis氏は、GM出身であることを明かした上で、GMもトヨタもフォルクスワーゲンも「国家の延長線上にある存在」であり、こうした大企業を相手にする際には規制当局との適切な距離の取り方が重要になると指摘した。GMが自動運転タクシー事業ではなく個人所有車の販売で利益を上げるビジネスモデルである点も、Cruise撤退の一因になったとの見方を示している。
5. 自動運転の未来予測 ― 「2030年前後には当たり前に」
5-1. 個人所有車は2028〜30年に量産開始、普及は30年代前半
自動運転技術の普及タイミングについて、Ludwig氏は、個人所有車における本格的な量産開始(SOP)を2028〜29年、価格が急速に下がり始めるのがその後という見通しを示した。同氏はナビゲーションシステムがかつて4000ドル近い高額オプションだったのが、やがて標準装備として無料化した歴史を引き合いに出し、自動運転支援機能も同様の道をたどると予測している。
5-2. ロボタクシーの「日常化」は2030年代前半
主要都市でロボタクシーが日常的な移動手段として定着する時期について、Ludwig氏は、2030年までには実現するとの見通しを示した。「利用可能」になるのが2028年、「日常」になるのが2032〜33年頃だとし、規模の拡大には一定の時間を要するとの見立てを述べている。
5-3. 長距離トラック輸送は「数年以内」に無人化へ
長距離トラック輸送については、すでに複数の企業が米中間などで商業貨物を運ぶ自動運転トラックを運行しているとし、日本でもApplied Intuition自身が、いすゞと提携し、安全運転者付きながら自律走行を行っていると明かした。同氏は、運転席の無人化について「数年以内」との見通しを示しつつ、ハードウェアの冗長性(ステアリングやブレーキの完全二重化システム)の量産・検証が長い工程になりうる点を課題として挙げた。
6. なぜ人はトラック運転手になりたがらないのか
番組では、トラック運転手不足の背景についても踏み込んだ議論があった。長距離トラック運転手は、家族と4〜8日間離れる生活を強いられ、平均余命が同世代より短いとされる。栄養・睡眠の乱れ、振動による身体的負担、そして、紫外線曝露によるがんリスクの高さなどが理由として挙げられた。鉱業についても、世界の労働人口のわずか1%を占めるに過ぎない鉱業が、労働関連死亡者の8%を占めるという統計が紹介され、こうした「魅力的でない仕事」の担い手不足こそが自律化への強い需要を生んでいるとされた。
7. 新製品「Dana」― 「高校生が配達ロボットを作れる」世界へ
対談の中心となったのが、この日発表された新プラットフォーム「Dana」だ(社名は同社本社が所在する通りの名前に由来する)。Younis氏は、自律システムの開発・設計を行うためのこのツールについて、「高校生がiPhoneアプリを作れるように、自律システムも作れるべきだ」というビジョンを語った。要求定義からシナリオ生成、データ収集、モデル訓練、実機への展開までの一連の工程を、同社が過去10年近くかけて構築してきたすべてのツール・技術を統合する形でエージェント型インターフェースとして提供するという。かつて数日〜数週間を要していたワークフローが、Danaを使えば数分で完結するケースもあるとしている。
8. 「オープン化」への強気な姿勢
同社が、自律開発ツールを外部に開放することで競合他社を利するのではないかとの問いに対し、Younis氏は、「Googleがウェブアプリケーションに対して行ったのと同じことだ」と応じた。Googleがオープンなインターネットの拡大を許しながらも検索やYouTubeで成功を収めたように、Applied Intuitionもこの分野で同様の展開を見込んでいるとした。
9. 世界モデルとシミュレーション ― 「GTA6」と「物理AI」の交差点
対談終盤では、AI業界で注目される「世界モデル(ワールドモデル)」についても議論が交わされた。Ludwig氏は、物理ベースのシミュレーションから純粋なニューラルシミュレーションまでのスペクトラムを説明し、現実世界とシミュレーションの整合性が完璧になれば「事実上、宇宙を解いたことになる」としつつ、物理AIにおいては常にミリ秒単位のリアルタイム性能制約が課され、これこそが同社のツールと技術力の「モート(堀)」になっていると述べた。ゲーム「グランド・セフト・オート6」と自律走行訓練用の完全なシミュレート環境、どちらが先に実現するかという遊び心のある問いに対しては、次回作「GTA7」はむしろ世界モデルベースのゲームになるのではないかとの予測も披露された。

