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Sequoia Capital、「主権型AI」提唱 ― 自社インテリジェンスを持つべき理由と4段階ロードマップ

Sequoia CapitalのSonya Huang氏が、同社ポートフォリオ企業の創業者やAIリーダーら約80名を前に、「主権型AI(Sovereign AI)」と題した講演を行った。自社のAIモデルを外部に依存せず保有することの意義と、実際にどう構築していくかという技術的な道筋を解説する内容で、講演は「檄を飛ばす前半」と「実践的なハウツーの後半」という二部構成で進められた。本稿ではその要点を、章立てに沿って整理する。


1. 主権型AIとは何か


1-1. 定義:重みまで含めて自社が所有するAI

Huang氏は、まず、主権型AIを「外部依存を持たず、重み(ウェイト)に至るまで自社でインテリジェンスを保有する状態」と定義した。ここで重要な注意点として、同氏は、「AnthropicのOpusやOpenAIのGPTから完全に離れるべきだ、というメッセージでは決してない」と強調している。コーディングエージェントやデスクトップ作業、フロンティア級のAPIについては、クローズドモデルは引き続き優れた選択肢だという。あくまで自社製品の一部領域において、独自のAI能力を垂直統合的に育てていく企業が増えているという観察が出発点になっている。

1-2. 中央集権型AIと分散型AI

講演では、AIの発展を巡る2つの世界観が対比された。一方には、単一の強大なAIが、世界のGDPをますます多く動かし、あらゆるデータをブラックボックスとして吸収していく「中央集権型インテリジェンス」がある。もう一方には、世界全体が共通の強固な基盤の上に、それぞれの企業や個人が自社データ・業界・働き方・好みに合わせた独自のインテリジェンスを築いていく「分散型インテリジェンス」がある。Huang氏は、後者について、一社が世界を飲み込むのではなく、多様性が花開くより楽観的な世界観だと位置づけた。

なお同氏は、この1か月ほどで主権型AIを巡る議論が急速に高まっていると指摘し、Palantirのアレックス・カープ氏らが、自社インテリジェンス保有を支持する発言をしたことや、米国内でオープンウェイトモデルを維持する動きにNvidiaのジェンスン・フアン氏が先頭に立って賛同を集めたことなどを、その追い風として挙げている。

2. 企業が自社モデルを持つ4つの理由


Huang氏は、Sequoiaが、数十社の企業と主権型AIへの移行に伴走してきた経験から、企業がこの道を選ぶ主な理由を4つに整理した。

2-1. コスト

利益率がゼロ、あるいはマイナスに近い企業にとって、主権型AIは、「あれば良いもの」ではなく「必須のもの」になっているという。皮肉なことに、AI製品が成功すればするほどAIの原価(COGS)は、膨らみやすく、結果としてAI活用が最も進んだ企業ほど、真っ先に自社モデル保有の道を歩み始めているとHuang氏は指摘した。

2-2. スピード

コーディングやセキュリティなど、レイテンシが重要な領域では、蒸留された小型のカスタムモデルが大型の汎用モデルを速度面で上回るケースがあるという。

2-3. パフォーマンス

これは比較的新しい理由だとHuang氏は説明する。昨年までは、多くの企業が「性能を求めて」自社モデルを選ぶことはほとんどなかった。しかし、現在では、特定の領域においてオープンモデルがクローズドモデルの性能を上回る場面が出てきており、この講演の後半ではその実現方法に多くの時間が割かれた。

2-4. 自らの将来を自らの手でコントロールする

AnthropicやOpenAIについて、Huang氏は、「エコシステムにとって本当に素晴らしいパートナーであり続けてきた」と評価しつつも、企業側が独立した基盤を自ら持ちたいと考える動きが強まっていると述べた。

3. 「自社の重みがなければ、自社の製品ではない」


3-1. 暗号資産の教訓との類推

Huang氏は、ここで、暗号資産業界で使われてきた「Not your keys, not your crypto(自分の鍵でなければ、自分の暗号資産ではない)」というミームを引き合いに出した。取引所に資産を預けている限り、それは本当の意味で自分のものではない、という考え方だ。同氏はこれをAI版にアレンジし、次のように述べた。

Not your weights, not your product(自社の重みでなければ、自社の製品ではない)

真に自社の製品と呼べるためには、自社モデルの重みを自らコントロールし、管理下に置く必要があるという考え方である。

3-2. 戦場は「アプリケーション層」から「インテリジェンス層」へ

講演では、基盤モデルの開発企業とアプリケーション企業がそれぞれ異なる方向から、ユーザー接点となる製品の座を目指して競争してきた構図が紹介された。Huang氏は、この競争の主戦場が、単に製品やUI、販売チャネルを誰が握るかという話にとどまらず、誰がインテリジェンスそのものを所有し、製品内でより優れた知能を形作れるかという「インテリジェンス層」の奪い合いに移りつつあると分析した。

4. アプリケーション企業こそ新世代の"ネオラボ"


Huang氏は、現在最も注目すべき応用研究の担い手として、Harvey、Factory、Glean、OpenEvidence、SemGrepといった企業名を挙げた。これらの企業が手がける研究は、評価指標(eval)やベンチマークの設計から、ハーネス(実行基盤)エンジニアリング、ファインチューニングの新たなアルゴリズム技術まで多岐にわたるという。分散型インテリジェンスの世界でこれほどの技術革新が起きていることについて、同氏は、「アプリケーション企業こそが、今の時代における新しい"ネオラボ"だ」との見方を示した。

5. 主権型AI構築の4ステップ


Huang氏は、実際に自社のAIラボやモデルを構築していく際の実践的な枠組みとして、4つのステップから成るロードマップを提示した。あくまで一つの視点であり、企業ごとに歩む道は異なると前置きした上での解説である。

5-1. ステップ1:戦略 ― 何を所有し、何を借りるか

主権型AIは、0か100かの二択ではなく、どの部分の知能を自社で持ち、どの部分を外部に任せるかの線引きが戦略の核心になる。Huang氏は、この判断軸として、①コスト(全体の原価構造に占める重要度)、②スピード・レイテンシ(即応性が必須かどうか)、③パフォーマンス(自社データでチューニングすることでより良い性能が出せるか)、④独自データの機密性(モデル改善に使うデータがどれだけ自社固有か)、という4つの要素を挙げた。

具体例として、コーディング分野ではエージェント型の作業は依然として外部モデルを借りるケースが多い一方、タブ補完(オートコンプリート)のような高頻度でコストがかさむ用途では自社モデルの採用が主流になっているという。あるサイバーセキュリティ企業では、速度・性能に加え、モデルを自在に事後学習(ポストトレーニング)できる点を理由に自社モデルを採用しているとの紹介もあった。バイオテック企業については、扱うデータの機密性の高さが自社モデル採用の主な動機になっているという。

5-2. ステップ2:チーム構築 ― プラットフォームチームに無理に担わせない

Huang氏は、研究寄りの経歴を持つ人材とエンジニアリング寄りの経歴を持つ人材、それぞれの例を挙げながら、ラボのリーダーには複数のタイプの人材が適し得ると説明した。組織設計についても言及し、従来のAIチームは単一のプラットフォームチームが複数のプロダクトチームを支える「ハブアンドスポーク」型に組織されることが多かったが、多くの企業がこのプラットフォームチームに主権型AIの構築業務まで無理に担わせてしまっていると指摘した。同氏はこれを避け、ゼロから専任チーム、いわば自社独自のラボを新設することを推奨している。事例として、Harveyがわずか7人のチームで数多くの研究成果を発表してきた点を紹介した。

5-3. ステップ3:可読性(Legibility)

Huang氏がとりわけ過小評価されていると強調したのがこのステップだ。社内で優れた研究が行われていても、それが外部から見えるかたちで発信されていなければ意味が薄れるという。Harveyの創業者Winston Weinberg氏の言葉を引きながら、CEOの役割は、「実質的な成果を出すこと」と「その成果に関する物語や可読性をコントロールすること」の2つだと説明した。すべての購買担当者が自社のAI活用を託すベンダーを見極めようとしている今、優れた技術マーケティングや、独自のブランド化された研究チームの設置、質の高い研究成果の発信といった取り組みが、これまで以上に重要になっているという。

5-4. ステップ4:技術ロードマップ

最後のステップとして、企業が辿る大まかな技術的な道のりが示された。まず戦略を定め、次に評価基準(eval)の設計に取り組む。この工程は地味で華やかさに欠けるが、早い段階でどれだけ丁寧に取り組めるかが、その後すべての工程の土台になるという。続いてモデルルーターやハーネスの実験に進み、既製モデルのままで十分な性能を得られる企業もあれば、事後学習によって大きな性能向上を得る企業もある。さらに稀なケースでは、中間学習(mid-training)や事前学習(pre-training)にまで踏み込み、最終的には顧客との実際のやり取りデータが自社インテリジェンスを継続的に改善するフィードバックループを構築する段階に至るとされる。

6. スタック構造:本番環境と開発環境


6-1. プロダクションスタックと開発スタック

Huang氏は、インフラの観点から見たAIスタックの全体像も図解した。ユーザーに向き合う「プロダクションスタック」は、基本的にはモデルの上に構築された「ハーネス」として捉えられるという。これと並行して、自社のインテリジェンスを磨き上げるためのツールやベンダー群である「開発スタック」が存在する。クローズドモデルのエコシステムでは、OpusやGPTのような基盤モデルと、それに付随するハーネスを組み合わせればよく、独自データの大規模収集や自社モデルの学習は基本的に不要なため、スタック全体はシンプルだという。Huang氏はこれを「参入のハードルは低いが、天井も低い」と表現した。自社データを使ってインテリジェンスを継続的に改善する余地が乏しいためだ。

6-2. 「パンドラの箱」を開ける

一方、自社インテリジェンスの保有を検討し始めた瞬間から、状況は一変する。シンプルなAPI呼び出しの世界から、オープンソースのベースモデルを選定し、その上で大量の事後学習を行う必要が生じる。ハーネスについても複数のオープンなハーネスから選び、ロジックやツール、コンテキストの設定まで自ら組み上げる必要が出てくる。Huang氏は、コンテキストの設計が性能を左右するうえで極めて重要だと強調し、ベクトルデータベース(Turbopufferなど)、企業向けナレッジグラフ(Gleanなど)、MCP経由のオープンソースコネクタ、さらにはモデルの重みそのものにコンテキストを埋め込むといった新しいアプローチまで、複数の手法が存在すると紹介した。

開発スタックの重要性も、自社モデルを持つ企業ほど増していく。評価(eval)を継続的にモニタリングし、本番環境でモデルの性能がどうドリフトしているかを把握する必要があり、専門家によるトラジェクトリ(行動軌跡)データや合成データ、強化学習環境など、ドメインに合わせた高品質データも欠かせない。最終的には、ユーザーとのやり取り一つひとつがモデルの改善につながるオンライン学習の仕組みを構築することが目標になるという。

Huang氏はまた、こうした挑戦が現実的になった背景として、Kimi K3やGLM-5.2といった最新のオープンウェイトモデルの性能が非常に高い水準に達したことを挙げた。重みが公開されているぶん、クローズドAPIよりも柔軟に手を加えることができ、すでにフロンティアに近い性能を持つベースラインから出発し、適切な事後学習やプロンプト・ハーネス設計、オンライン学習を重ねることで、自社スタックを持つことでフロンティアを上回る性能に到達できる状況が2026年になって初めて現実的になったと説明した。

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