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「計画を達成する日、企業価値を破壊している」 ― Benchmark Eric Vishria氏が語るAI時代の投資哲学

著名ベンチャーキャピタル「Benchmark」のジェネラルパートナーであるEric Vishria氏が、ポッドキャストで語ったAI時代の投資哲学が話題を呼んでいます。Fireworks AI、Sierra、Cerebrasなど、AI関連の主要企業に投資してきた同氏の視点は、SaaS(Software as a Service)企業がこれまで信じてきた成功法則そのものを覆すものです。ビジネスマン・投資家にとって、AI時代における企業価値創出の新しいルールを整理する好機となりそうです。


1. 「計画を達成する日、あなたは企業価値を破壊している」


Vishria氏が最も強く訴えていたのは、SaaS企業がこれまで信じてきた成功のロジックが、AI時代には通用しないという点です。従来のソフトウェア業界では、計画を立てて執行し、それを達成し続けることで企業価値を積み上げていくという考え方が常識とされていました。ビジネスパーソンとしてのキャリアを通じて「計画を立て、それを容赦なく、時に猛烈に執行し、達成あるいは超過達成し、それを積み重ねていく」ことこそが企業価値を築く方法だと教え込まれてきたはずです。しかし、同氏は、この考え方自体がAI時代には「罠」になっていると指摘します。

同氏が例に挙げるのが、データベース業界です。従来、開発者は、特定のデータベースのインターフェースに合わせてアプリケーションを構築しており、データが蓄積されるほど、別のデータベースへの移行は困難な一大プロジェクトになっていました。この「移行の困難さ」こそが、データベース企業に高い粘着性と利益率をもたらす源泉でした。Oracle、SQL Serverといった巨大企業や、その周辺の小規模プレイヤーが、この構造の中で長年にわたって高い収益を上げ続けてきたのです。

ところが、AIエージェントは、仕様が明確なタスクを驚くほど得意とし、しかも単調な変換作業に疲れを感じません。データベースインターフェースは、非常によく仕様化されているため、AIがその翻訳作業を代替できるようになりました。その結果、かつて「絶対にやりたくないこと」だったデータベース移行が、いまや「取るに足らない」作業に変わりつつあるといいます。

同氏は、この変化を「勝つための基準そのものが変わった」と表現します。データベース自体が不要になるわけではなく、誰もがより低コストで実験できるようになったことで、利用がゼロからでも一気にスケールした場合に対応できる拡張性、コストの低さ、そして、環境を素早く立ち上げて壊してまた作れる「移植性」こそが、これからの勝敗を分ける新しい基準になったと説明しています。

1-1. バリュエーションの圧縮という現実

この構造変化は、株式市場でのバリュエーションにも表れています。同氏は、2021年に30倍で取引されていた公開SaaS企業の多くが、現在は6倍程度で取引されている実態を挙げ、「事業規模は4倍になったのに、企業価値はむしろ下がっている」という逆説的な状況を指摘します。同氏はこれを、経営陣に向けて発したメッセージとして紹介しており、「毎日計画を達成し続けているとしても、それは企業価値を破壊している」という一見矛盾した現実を直視する必要があると強調しています。

同氏の友人であるAnn Lee Gates氏の言葉として、こうした過渡期にある経営者たちの多くは、朝8時から夕方5時まで既存事業に取り組み、その後夕方5時から8時までAI対応に時間を割くという「後回し」の姿勢になっていたと紹介しています。本来は、この優先順位を完全に逆転させる必要があったにもかかわらず、長年積み重ねてきた訓練や習慣、慣性がそれを妨げていたと分析しています。

1-2. 勝者たちに共通する「機動力」

こうした環境変化の中で実際に勝ち続けている企業の経営者たち、たとえば、FireworksのLin Qiao氏やCerebrasのAndrew Feldman氏、Sierra関連の人物たちに共通する特徴として、Vishria氏は、「評価基準そのものに対する機動力の高さ」を挙げています。何を最適化すべきかという問い自体を常に見直し続け、事業のあらゆる側面を絶えず進化させ続けている点が、従来のソフトウェア企業の経営とは大きく異なるといいます。

2. クラウドの歴史に学ぶ ― 「一社が全部食う」という思考の誤り


Vishria氏は、現在のAI業界を理解する上で、クラウドコンピューティングの歴史から学べる教訓が多いと指摘します。2006年にAWSがS3・EC2を立ち上げた当初、投資家からの反応は芳しくなく、当時の優秀な投資家30人にAWSの将来性を尋ねても、全員が「見込みなし」と答えていたはずだと振り返っています。当時はまだトランスフォーマー以前の時代で、OpenAIも奇妙な研究機関の一つに過ぎず、Nvidiaの企業価値は、わずか400億ドル程度、TPUの発表もまだない時期でした。

2014年になると、逆に「AWSがすべてを飲み込む」という物語が支配的になっていたと同氏は説明します。データベースやインフラだけでなく、アプリケーション層まで飲み込み、最も安く最も優れたサービスを提供することで、エンタープライズの機会そのものが消滅するという見立てでした。当時多くの投資家が関わっていたSaaS企業は、粗利率85%の「年金」のような優良ビジネスとされていましたが、Amazonが同様のサービスを粗利率8%で提供できるなら、そのビジネスモデルが根こそぎ奪われるという恐怖が広がっていたといいます。

しかし、実際には、Snowflakeが、Amazon Redshiftの直接競合として大成功を収め(「Amazon上でAmazonを打ち負かす」形になった)、Confluent、Elastic、Databricksといった企業も台頭しました。アプリケーション層でも、現在1,000億ドル規模の企業に成長したような企業がAWSの初期提供サービスと競合しながら育っていったといいます。もちろん、AWSに淘汰された企業も数多く存在した一方、それでも「AWSがすべてを飲み込む」という見立て自体は大きく間違っていました。さらに重要なのは、当時「無関係」と見られていたAzureやGCPが、今では信じられないほどの規模の事業に育っている点です。同氏は、この教訓を「ゼロサム的な思考に陥り、市場全体がどれだけ大きくなり得るかを過小評価していた」ことだと総括しています。

現在のクラウド市場は、AWS・Azure・GCPで「40:30:20」程度の寡占構造(3社寡占=トリオポリー)になっているとされ、その外側にも、Cloudflareのような別形態のクラウドプロバイダーが、それ自体で1,000億ドル規模の企業として存在していると紹介されています。

同氏は、この構図が現在のAI業界にも当てはまると見ています。「Anthropicがすべてを飲み込む」という見方は、クラウド時代の「AWSがすべてを飲み込む」論と同じ誤りを繰り返しているというのです。ただし、AI業界の拡大スピードは、クラウドよりもさらに速く、エネルギー・電力インフラ・チップ・メモリといった物理的な基盤の構築が必要になる点で異なるとも指摘し、最終的には数社の「1,000億ドル級」の勝者による寡占構造に落ち着くとの見立てを示しています。

3. 需要側から見るAI ― エンタープライズはクラウド以上に「本気」


Vishria氏は、需要側の視点からもクラウドとAIの違いを説明しています。クラウド普及の初期、大企業は非常に懐疑的で、デジタルネイティブ企業だけが積極的に採用していたと振り返ります。実際、2012〜2014年頃、Snapchatが、一時GCPの使用量の40%を占めていたという逸話を紹介し、現在Cursorが、特定のAIモデル使用量の30%を占めるという状況と重ね合わせています。

同氏によれば、現在のエンタープライズ企業は、AIに対してクラウド時代よりも本気度が高いといいます。もちろん、大企業でのAIの浸透度自体は、Cursorのような企業に比べればまだ限定的ですが、それでも積極的に実験を行い、投資を進め、脅威としても機会としても真剣に捉えている点が、クラウド普及初期とは大きく異なる姿勢だと説明しています。金融サービスや保険といった保守的な業界も含め、優秀な開発者を確保するための採用競争力という観点からもクラウド対応が課題になった経験を、今回のAI対応に活かしている可能性があるとも指摘しています。

同氏は、自社の投資先企業に対し、「企業のAIシェルパになろう」というアプローチを勧めており、AIの世界とエンタープライズの世界の両方を理解し橋渡しする存在になることが、大きな価値を生むと述べています。

4. 「砂の城」の思想 ― 製品開発の完全な逆転


投資先企業Sierraの共同創業者Brett Taylor氏が使う「砂の城(sand castles)」という表現も紹介されています。かつてソフトウェア企業は、100年残る石造りの城を築くような姿勢で製品を作っていましたが、モデルが4週間ごとに新しい能力を獲得する現在の環境では、自分たちが作ったものを自ら陳腐化させ続ける「砂の城」的な発想を受け入れる必要があるといいます。同氏はCursorの進化(IDE→タブ補完→エージェント型)を例に挙げ、6ヶ月前の自分たちの成果を自ら陳腐化させ続けるプロセスを繰り返してきたことを紹介しています。

Vishria氏は、この変化がプロダクトマネジメントの役割そのものを完全に逆転させたと指摘します。従来のプロダクトマネージャーは、実装の詳細に踏み込まず、顧客の課題を理解してエンジニアに翻訳することが仕事でした。しかし現在は、モデルの能力の「ギザギザした境界線(jagged edge)」――どこが得意で、どこで失敗するか――を深く理解した上で、顧客の課題と結びつける必要があります。表面的にAI機能を当てはめるだけでは通用せず、この「境界線」を理解し翻訳できる能力こそが本質的だと同氏は強調します。

4-1. 職種の垣根を超える「3つの資質」

同氏は、成功する人材の条件を「顧客の課題を理解する力」「センス(taste)」「AIの能力の境界線への理解と好奇心」の3つに整理し、エンジニアかプロダクトマネージャーかデザイナーかといった従来の職種区分は、もはや重要ではないと述べています。この3つを備えていれば、肩書きに関係なく優れた成果を出せるといいます。

5. セールスモデルの崩壊 ― 「需要を押し出す」から「需要に引かれる」へ


同氏は、AI企業のセールス組織にも根本的な変化が起きていると指摘します。従来のソフトウェア業界では、営業担当者ごとのクオータ(達成目標)を設定し、初期は、120万〜150万ドル程度、内勤担当は、75万〜85万ドル程度から始めて、段階的にエンタープライズ担当が、250万ドル規模まで拡大していく「クオータ・キャパシティモデル」が業界標準でした。このモデルは、本質的に「需要を押し出す」ことを前提に構築されていたといいます。

しかし、AIが生み出す製品は、「魔法」のように機能するため、需要は、「押し出す」ものではなく、自然に「引かれる」ものになっているといいます。「魔法を売っていて、しかも最初に市場に出た企業であれば、200万ドルどころではなく、はるかに多く売れる」と同氏は説明します。

同氏は、自社の投資先で採用したベテランのセールスリーダーが、従来の手法(西海岸→東海岸→中部、といった順序立てたテリトリー展開)では成果を出せなかった具体的な事例を紹介し、優れたAI企業では営業担当者一人当たり年間1,000万〜3,000万ドル、時には5,000万ドルを売り上げる例も見られると説明しています。同氏によれば、最も優れたセールスパーソンは、多くの場合「創業者自身」であり、その理由はモデルの能力の境界線と顧客の実際の能力とを橋渡しできる点にあるとしています。同氏は面接の場で候補者に対し「これまでの経験や学んだことを一度全部忘れて、第一原理から考え直してほしい」と伝えることが多いとも語っています。

6. AIの本当のボトルネックは「エネルギー」


需要と資本の議論において、Vishria氏が最も懸念を示したのが、エネルギー問題です。同氏は、モデルの本質を「計算資源を知性に変換するもの」と定義した上で、知性への需要が事実上無限である以上、計算資源への需要も無限に拡大していくと説明します。そして、計算資源に不可欠なのがエネルギーであるとし、中国が、来年、米国の10倍のペースで新規電力を導入するという見通しを挙げ、これがAI業界における最大の制約要因になり得ると指摘しています。エネルギーが不足すれば、生成できる知性(トークン)の量が減るか、トークンのコストが高騰し、いずれにせよ需給バランスが崩れるとの見立てを示しています。

同氏は、この問題が、ガスタービン、天然ガス、太陽光、レアアースなど20種類もの異なる形で表面化していくだろうとしつつ、規制・政策の観点からは、太陽光・原子力・天然ガスを問わずあらゆる電源への投資と開発を後押しすべきだとの立場を示しています。

7. Cerebrasへの投資 ― 「溶けていく」500億ドルの恐怖と半導体投資の教訓


同氏は、2016年に投資したハードウェア企業Cerebrasについて詳しく振り返っています。当時はGPT以前、Nvidiaの企業価値が4,000億ドルではなく400億ドル程度だった時代で、5人の創業者が、「GPUは、ディープラーニングには本来向いていないが、CPUより100倍優れているに過ぎない」と説明したことが、投資の決断につながったといいます。同氏は、ディープラーニングの応用先(セキュリティ、医療画像診断など)を18ヶ月かけて探し続けていた時期で、この一言を聞いた瞬間に「もちろんそうだ」と直感したと振り返っています。

7-1. ハードウェア高速化の「3つの手段」

同氏は、半導体高速化のために分かっている手法が、「コア数を増やす」「コア間の通信を高速化する」「メモリを計算に近づける」という3つしかないと説明します。Cerebrasは、ウェーハスケールのチップにこの3つを論理的な限界まで詰め込んだ設計で、当時のチップには45万個のコア、約20GBのSRAMをオンチップに搭載し、メモリのために外部に出る必要が一切ない構造になっていたといいます。同一ウェーハ上にあるため、コア間の通信も最大化されていたとされ、当時の製造プロセス(7ナノメートル)の中で理論上最良の設計だったと説明しています。

しかし、ソフトウェアと異なり、ハードウェアでは論理設計が完成しても、実現までの道のりはわずか2%程度に過ぎないといいます。物理法則そのものとの戦い、TSMCをはじめとする数十社の部品サプライヤーとの調整、そして「ブリングアップ(初動作確認)」に至るまでの、14段階にも及ぶ地道な工程が待っているためです。

7-2. 「溶けていく」500億ドルの瞬間

最も印象的な逸話として、2019年の取締役会で、5億ドルを調達したばかりのチップが実際に「溶けていた」瞬間を挙げています。同氏は、この時「このお金は全部失うことになる」と本気で覚悟したと語っています。同氏は、ハードウェア関連の投資チームは、ソフトウェア企業のチームとは全く異なる作られ方をしていると評し、Andrew Feldman氏らCerebrasのチームに深い敬意を示しています。

それでもCerebrasは、今年5月にIPOを果たしており、同氏は2024年時点でIPOを試みていた場合、CHIPS法をめぐる状況などの影響で、はるかに低い評価額での上場になっていただろうと指摘し、わずか18ヶ月の違いが結果を大きく左右したタイミングの重要性を強調しています。

7-3. 「新しい6番目の世代」への期待 ― CPUの復権

同氏は、コンピューティングの歴史においてCPU、グラフィックス、ネットワーキング、モバイルという4つの世代それぞれで新しいワークロードが生まれ、その都度新たな1,000億ドル級企業が誕生してきたと振り返ります。2016年当時の最初の疑問は「AIはそれほど大きな新しいワークロードなのか」という点でしたが、それは的中したと同氏は評価しています。

さらに、同氏は、まだ公表していない投資先として、「新しいCPUアプローチ」に取り組む企業への出資を明かしています。LLMがアクセラレータ・GPU上で生成したコードは、依然として従来型のCPU上で実行されていますが、このCPUには長年蓄積された「レガシーな制約」が多く残っており、AI時代にはもはや不要かもしれないという発想が、この新しい投資の背景にあると説明しています。

8. ロボティクスの次のブレイクスルー ― 「高価値データ」から始める発想


ロボティクスの将来性についても議論が交わされています。Vishria氏は、従来型のロボティクス(組立ライン等の反復作業・制御された環境)は、ほぼ解決済みの領域であり、実世界の複雑な環境で作業するロボットにはAIが必要だと説明します。最大の課題は、LLMが恩恵を受けたような「インターネット規模のデータ」がロボットには存在しない点です。

同氏は、インターネット上のデータにも「価値の高いデータ」と「そうでないデータ」が存在し、モデル企業がWikipediaやGitHubなど価値の高いデータを優先的に活用してきたのと同様に、ロボティクス企業もまず高価値なデータの獲得から始めるべきだという発想を紹介しています。

8-1. Sunday Roboticsの事例 ― 垂直統合されたデータ収集

同氏の投資先であるSunday Roboticsの例では、ロボット専用に設計されたグローブを使ってデータ収集を行い、質の高い事前学習データセットを構築した上で、そこに強化学習・追加学習を組み合わせることで、新しい行動を後付けで学習させる手法を採っていると説明しています。同氏は、この手法が自動運転(Tesla・Waymo)がとってきたアプローチと本質的に同じだと指摘し、垂直統合されたデータ収集の仕組みこそが鍵になるとの見立てを示しています。

同氏は、初めてこの企業のデモを見た際、スタンフォード大学の研究室の地下室で、ダンボール製の簡易なグローブを使った初期段階のデモだったと振り返り、その後オフィスの地下室で、数十台のロボットが実際に多様な洗濯物を折り続けている様子を目撃したエピソードを紹介しています。人がその都度折り方の正確さを測定し、厳密な評価基準を構築していく様子を見て、「これは本当に実現している」と感じたと語っています。

8-2. 「タスク自体は重要ではない」という視点

同氏は、洗濯物を折る作業を例に、「その作業自体が重要というわけではなく」、事前学習・追加学習という『フライホイール』を機能させられるかどうかが本質的に重要だと説明しています。洗濯物を折るタスクは、内容が任意性が高く複雑で器用な動作を要求し、しかも時間的制約がない(3倍時間がかかっても構わない)という性質を持つため、初期のテストケースとして適していると評価しつつ、最終的に重要なのは事前学習されたモデルの上に追加学習を重ね、その「フライホイール」を回転させ続けられるかどうかだと強調しています。

9. 「AIによる大量失業論」への反論 ― 放射線科医の例


同氏は、著名なAI研究者Geoffrey Hinton氏が、2016年に「放射線科医の訓練をやめるべきだ」と発言した例を挙げ、技術的な洞察自体は正しかったにもかかわらず、結論は大きく外れたと指摘します。理由は2つあり、まず放射線科医が日々読影する画像の種類(X線、CT、MRIなど、身体の様々な部位)は非常に多岐にわたるため、統合された訓練データセットがそもそも存在しないこと、次に、医療現場の報酬体系・責任構造が読影を前提に構築されており、医療過誤の問題も絡むため、実際の運用に落とし込むには長い時間がかかることです。

同氏の投資先である企業New Lanternの取り組みを紹介しながら、当面はAIと放射線科医が互いをチェックし合う「コーパイロット」的な形が続き、徐々にAIが読影する範囲が広がっていくだろうと説明しています。

9-1. ジェヴォンズのパラドックス ― コスト低下がむしろ需要を増やす

同氏は、この構造がAIによる大量失業論全般に当てはまると指摘し、画像診断のコスト低下によってむしろ画像診断そのものの需要が増える「ジェヴォンズのパラドックス」的な現象が起きているとも説明しています。つまり、AIの普及によって当面は放射線科医が「減る」のではなく、逆に画像診断全体の需要増加によって「より多くの」放射線科医が必要になるという見立てです。優秀な人物であっても、技術的な理解が正しくても、実世界への応用の複雑さを考慮しないと誤った結論に至る典型例だと総括しています。

10. Benchmark、数十年ぶりにグロースファンドを設立


Vishria氏は、Benchmarkが長年守ってきたシード・シリーズA中心の投資戦略から一歩踏み出し、久しぶりにグロースファンドを立ち上げたことについても説明しています。同氏は、LP(出資者)がベンチャーキャピタルに投資する本質的な理由は、投資額に対する異常な倍率(キャッシュ・オン・キャッシュ・マルチプル)を追求することにあり、これまでは「初期ステージ投資」と「高い倍率」がほぼ同義だったと振り返ります。

しかし、AI関連のアウトカムの規模自体が拡大した結果、高い倍率を狙える機会の範囲が初期ステージ以外にも広がったとの判断が、今回のグロースファンド設立の背景にあると説明しています。同氏はこの判断について「数年遅れているという批判は受け入れる」としつつも、今後もその機会は存在し続けるとの見通しを示しています。

10-1. 判断を後押しした最大の反論への答え

同氏は、この方針転換に対する最大の反対意見が、「99年や2020年にも同じことを言っていたはずだ」という指摘だったと明かしています。市場が過熱すると誰もが可能性を過大評価する「外挿の誤り」に陥りやすいためです。しかし、同氏は、今回の判断が正しいと考える最大の理由として、「それを実行できるチームが揃っているかどうか」を挙げ、実際に過去数年間、正しい直感を持っていたにもかかわらず「自社の投資範囲の外にある」という理由だけで見送った案件が複数あったことを、明確な「失敗」だったと振り返っています。

10-2. 20〜100倍リターンから学んだこと

同氏は、これまで自身が経験してきた20〜100倍規模のリターンについて振り返り、「特別な人々と働くこと」が最大の教訓だと語っています。ハードとスマートに働き、そして、運に恵まれること――そのすべてが噛み合う必要があるといいます。Cerebrasの例では、2024年にIPOを試みていれば大きく低い評価額になっていたはずが、その後、18ヶ月の技術進展によって状況が一変し、企業のコントロール外にあった多くの要素が結果を左右したと説明しています。ソフトウェア企業は基本的に自社のスタック全体をコントロールできるのに対し、ハードウェア企業はHBMやDRAM、TSMCといった外部サプライチェーン、さらには、地政学的な要素にも左右されるため、この点が大きな違いになるとしています。

同氏は、20代の頃に投資銀行で働いていた際、当時LoudCloudを創業していたBen Horowitz氏のアシスタントになる機会があった逸話も紹介し、当時の同僚から聞いた「ゴルフのように、練習を重ねてボールをピンの近くに寄せ続けることはできるが、ホールインワンは運だ」という言葉を、今でも自身の子どもたちに伝える教訓として紹介しています。運の要素は確かに存在するが、ボールをピンに近づける努力を積み重ねることで、その運が発生する頻度を増やすことができるという考え方です。

11. IPOの意義、そしてAIバリューチェーンの分配論


同氏は、企業の新規株式公開(IPO)について、単なる資金調達手段以上の意味があると説明しています。公開企業になることで得られる透明性は一種の「パブリック・トラスト」を生み、これは特にAI研究機関にとって、社会やアメリカにとって有益な意味を持つとの見立てを示しています。同氏は大学スポーツの選手がプロへ転向する例えを用い、競争が激しくなり、規模も注目度も増す一方で、それに見合う成長の機会が得られると説明しています。一方で、既に十分なフリーキャッシュフローを持ち、上場せずに巨大な規模まで成長できる一握りの企業(3〜4社程度)については、それも一つの正しい選択だと評価しています。

同氏は、AI関連のバリューチェーンにおいて、どこに価値が蓄積されていくのかという議論についても言及しています。「Anthropicのような企業がすべての価値の98%を独占し、薬品開発まですべてを行うようになる」という極端な見方には同意しないとし、CSP(クラウドサービスプロバイダー)、ネオクラウド、Fireworksのような推論最適化企業、Nvidia、チップスタートアップ群、そしてエッジ推論(スマートフォンやPOP拠点での推論)まで、それぞれの層でうまくいく企業が現れると予想しています。ただし、これは「その領域のすべての企業が成功する」ことを意味するわけではなく、逆にほとんどの企業は失敗するため、真の差別化を突き詰めることがこれまで以上に重要になっているとも強調しています。

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