イラン危機でも株式市場が底堅い理由——ゴールドマン・サックスの市場アドバイザーに学ぶ「テールリスク時代」の投資戦略
2026年4月、イランとの停戦合意のニュースで市場が大きく反応した直後、米国によるホルムズ海峡封鎖の報道が飛び込んだ。世界のエネルギーフローの要衝であるこの海峡の封鎖は、原油市場のみならず、株式・金利・為替に広範な影響を及ぼしうる。
ゴールドマン・サックスのシニア・マーケッツ・アドバイザーであるDominic Wilson氏が、Goldman Sachs Exchangesのポッドキャスト(2026年4月13日収録)に出演し、この不確実性のなかで市場がどう動いているのか、投資家は何に注目すべきかを包括的に語った。本記事では、同氏の発言を整理しながら、投資家が押さえるべきポイントを解説する。
1. S&P500はなぜ紛争前水準を維持できているのか
1-1. テールリスクの「重み付け」が変わった
S&P500は、ホルムズ海峡封鎖という深刻な事態にもかかわらず、紛争開始前をわずかに下回る水準で推移している。Wilson氏は、この動きについて、過去の危機と同じパターンだと指摘する。
「危機を通過するとき、最初の安堵は、人々が非常に悪いテール(極端なシナリオ)に置いていた重みを取り除くことから来る。多くのことが、未解決のままでも回復期が訪れるのは珍しくない」
COVID-19でも関税危機でも、実体経済の最悪期が来る前に市場は回復し始めた。今回も、数週間前には交渉すら始まるかわからなかった状況から、少なくとも交渉プロセスに入ったことで、軍事的エスカレーションや長期化という最悪シナリオの確率が低下したと市場が判断している。
1-2. スポット市場と先物市場のせめぎ合い
封鎖によって、原油フローがほぼ停止している「スポットの現実」と、数週間〜数カ月後の解決を見据える「先物的な視点」の間に緊張がある。Wilson氏はこう整理した。
「株式市場は、複数年の資産を割り引く。解決に2週間かかろうが8週間かかろうが、複数年の資産にとってその差は大きくない。前提が崩れれば、話は別だが、一見すると見えるほど突飛な価格付けではない」
ただし、同氏は、市場が「テールリスクを過小評価し始めている」点には警鐘を鳴らす。
「テールリスクが、遠ざかったのは事実だ。だが、完全に森を抜けたと確信できるか? 答えはノーだ。市場がリラックスするにつれ、そのテールは少し割安に見え始めている」
2. 金利市場が示す「もう一つの物語」
2-1. 株式は楽観、金利はタカ派——なぜ乖離しているのか
株式市場が、底堅い一方で、金利市場はかなり異なるシグナルを発している。Wilson氏はこの乖離を「顕著だ」と表現した。
「金利市場は、成長懸念よりもタカ派な中央銀行への警戒を強く反映している。成長へのダメージは、この安堵局面でほぼ巻き戻されたが、中央銀行が入口よりもかなりタカ派になるという見方は定着したままだ」
背景には、原油高に伴うインフレの一時的な膨らみがあり、近年の高インフレ期を経た中央銀行がより慎重になるとの読みがある。
2-2. 市場はタカ派に振れすぎか
2月時点では、市場は、FRBの年内2.5回の利下げを織り込んでいた(当時はAIによる雇用喪失すら議論されていた)。現在はそのハト派的な見通しが大幅に修正されている。
Wilson氏とゴールドマン・サックスのチームは、確率加重した予測はなお市場よりハト派方向に偏っていると見ている。
「多くの中央銀行は、この環境では座して何もしないことを選ぶだろう。"何も起こらない"——利上げもなく利下げもない——というのが着地点かもしれない。それは紛争前よりはタカ派だが、市場が織り込んでいるほどではない」
特に、2週間前の欧州での連続利上げ織り込みや米国での利上げ確率の上昇は、「明らかに行き過ぎ」だったと振り返り、現在はそこまでではないものの、なお市場はタカ派寄りに傾いていると指摘した。
3. ドルと「米国離れ」のナラティブはどうなったか
3-1. 原油ショックはドル支持要因
年初来、ゴールドマン・サックスは、緩やかなドル安を見込んでいた。1〜2月にはその予想以上のドル安が進行したが、イラン紛争でほぼ巻き戻された。
「原油ショックは、FX市場で予想どおりの効果を発揮している。安全資産としてのフロー、そして、米国の産油国としてのプロファイルがドルを支えている」
Wilson氏は、今回の危機が、「ドルから逃げれば安全」という発想を再検証する機会になったと述べた。
「ショックに直面したとき、ドルがむしろ強くなりうるということを改めて確認した。ドル安テーマを積極的に推し進めることへの躊躇が、以前よりも大きくなるだろう」
3-2. 中期的なドル安構造は健在か
一方で、構造的な要因は変わっていない。ドルは、依然として割高であり、FRBは、他の中央銀行よりも利下げ寄りの立場にある可能性が高い。地政学的な構造変化やAI集中リスクに伴う資本フローの変化も消えてはいない。
「中期的なドル安のストーリーはおそらくまだ健在だ。ただ短期的には、この紛争がなければ想定していたよりもドルに対してやや多くのサポートを提供している」
3-3. 「米国離れ」フローはどうなったか
年初に注目された「米国から他地域への資金シフト」については、Wilson氏は「複雑化した」と認めた。
原油ショックは、欧州や北アジアといった非米国先進国市場により大きなダメージを与え、ちょうど始まっていたリアロケーションの流れに逆行する形となった。
「リスクが、テーブル上にある限り、米国外への投資先の選別はより慎重になるだろう。ただ、トレンド自体が完全に反転したとは思わない」
4. AI半導体テーマの急速な復活
4-1. 半導体株は紛争前の高値を更新
紛争のピーク時にはまったく話題にならなかったAIテーマが、市場の回復とともに急速に戻ってきた。特に、半導体株は、紛争前の高値を上回り、市場全体のなかで最も力強く回復したセクターの一つとなった。
一方、ソフトウェア株は、回復局面でもさらなる圧力を受けている。AIアプリケーションとの競合懸念が再燃し、「半導体は買い・ソフトウェアは売り」というテーマ内の二極化が鮮明になっている。
4-2. 投資家は「コアポジション」を手放さなかった
Wilson氏によれば、危機局面で投資家が取った行動は示唆的だ。
「人々はテーマとしての株式ポジションを気に入っており、インデックスのエクスポージャーや全体のリスクをヘッジしようとしたが、コアポジション自体を手放すことにはかなり消極的だった。そして市場が回復すると、関連テーマにかなり速く戻っていった」
5. 投資家はどう動くべきか——「選択的ロング+積極的ヘッジ」
5-1. テールリスクへのヘッジを今こそ
Wilson氏は、今後数週間〜数カ月の投資アプローチについて、年初来の基本方針を維持すべきだと述べた。
「好きなものには、選択的にロングリスクを取り、同時にダウンサイドリスクに対しては積極的にヘッジすべきだ。これは言うのは簡単だが実行は難しい」
具体的には、市場がリラックスしている今こそ、株式・クレジットにおける深いダウンサイドヘッジを検討すべきタイミングだと指摘した。
「市場がテールリスクへの重み付けを減らしたとき——それがまさにヘッジを追加すべきときだ。本当に悪い結果に対するプロテクションなしに自分を放置すべきではない」
5-2. リスクテイクも継続——回復シナリオへの備え
同時に、解決に向かうシナリオの下では、構造的に好ましいと考える資産へのエクスポージャーを維持・追加することも重要だと述べた。
Wilson氏が言及した注目領域は以下のとおり。
テクノロジー・半導体の一部(AI関連テーマ)
シクリカル(景気循環型)およびコモディティ関連のEM(新興国)
日本・韓国(紛争前から選好されていた市場)
「ただし、プロテクションを同時に追加しないなら、リスクを追加すべきではない。ダウンサイドのテールに常に目を配り、保有資産がそのシナリオでどう振る舞うかを意識すべきだ」

