見出し画像

非農業部門雇用者数+5.7万人ショック ― Cathie Wood氏「不況ではない」と反論する根拠とは

7月4日の独立記念日を控えた木曜日、米国では通常より1日早く雇用統計が発表された。数字だけを見れば「不況の兆候」と受け取られかねない内容だったが、ARK Investのキャシー・ウッド氏は、自身の番組「In the Know」で、この統計の裏側にある複数の構造的な変化について詳細な分析を披露している。本稿では、同氏が示したチャートと論点を整理し、投資家の視点から読み解く。


1. 「奇妙な」雇用統計をどう読むか


今回発表された雇用統計について、ウッド氏はまず「奇妙な統計だった」と切り出した。非農業部門雇用者数は前月比+57,000人にとどまり、これはエコノミスト予想のおよそ半分の水準だったという。さらに家計調査ベースでは、雇用者数が約50万人減少したと指摘している。

同氏は、この背景について、「企業がかつてのペースで採用を行わなくなり、AIへの依存を強めている」可能性を挙げた。同時に、新規事業の設立が増加していることにも触れ、統計がこうした起業家的な動きを十分に捕捉できていないのではないかとの見方を示している。

1-1. 労働参加率の急落という謎

同氏が特に注目しているのが労働参加率の急落だ。「今月、非常に大きな低下があり、説明が難しい」と述べ、特に24歳から35歳の女性層でこの傾向が顕著だとしている。出産に関連する要因の可能性を挙げつつも、断定は避けている。

この労働参加率は、かつて「貨幣の流通速度(ベロシティ)」との間に強い相関関係が見られたことでも知られる。ウッド氏によれば、両者は1990年代後半にほぼ同時にピークを迎えており、もし流通速度が労働参加率と歩調を合わせて低下すれば、「FRBの金融政策が引き締めすぎである可能性を示すシグナルになるかもしれない」という。なお同氏は、この関係性についてClaude、Codex、Grokといった複数のAIに検証させたところ、いずれも同意しなかったことも率直に明かしている。

2. Fed新理事ケビン・ウォーシュ氏の5つのタスクフォース


ウッド氏が強い期待を寄せているのが、FRB(米連邦準備制度理事会)に新たに加わったケビン・ウォーシュ氏の存在だ。同氏は、「第一原理に立ち返るアプローチ」を評価し、5つのタスクフォースについて解説している。

2-1. Fedコミュニケーションとバランスシート

一つ目は、Fedのコミュニケーション改革だ。ウッド氏は、「Fedの理事たちがほぼ毎日発言し、市場を動揺させることは全く不要だ」と述べ、この方針に「強く同意する」としている。

二つ目は、バランスシートの縮小に関するものだ。現在6.7兆ドルまで縮小しているバランスシート(ピーク時は8.5兆ドル)について、ウォーシュ氏が適切なタイミングで量的引き締め(QT)を再開するとの見通しを示した。

2-2. データソース・生産性・インフレ枠組み

三つ目のタスクフォースは、政府統計の見直しだ。「政府データを完全に解体することはないだろうが、民間データと照らし合わせる形になる」との予測を述べている。

四つ目は、生産性と雇用に関するものだ。現在の生産性伸び率は、前年比2.9%だが、ウッド氏はこれが今後5〜6%のレンジまで加速するとの見方を維持している。

五つ目は、インフレの計測枠組みの見直しで、政府統計よりも低いインフレ率を示す民間データ(trueflationなど)への注目を示唆する動きだと分析している。

3. 財政・金融政策は「1970年代」とは違う


政府債務がGDP比100%超という水準は多くの懸念を呼んでいるが、ウッド氏はこの数字に対して「それほど警戒していない」との立場を取る。

同氏は、1970年代のインフレ期との構造的な違いを強調する。当時はベトナム戦争による国防費拡大と社会保障プログラムの両方が財政支出を押し上げ、最終的に金融緩和がそれをsupportする形になった。一方、現在の財政・金融政策は、コロナ禍という「ショックの後」という位置づけであり、政府支出の伸び率もマネーサプライの伸び率も、過去の水準に比べればまだ低い部準にあるという。

3-1. ドルの行方と脱ドル化という「神話」

「中国とインドが米国債を売却している」との報道はあるものの、ウッド氏は、海外保有の米国債残高が全体としては依然として増加傾向にあるとし、「脱ドル化」の物語は誇張されていると指摘する。

同氏は、さらにドルに対して強気な立場を取っており、その根拠として法人減税や規制緩和による米国内の投資収益率(ROIC)の上昇を挙げている。「SpaceXの上場は、多くの億万長者を生み出した」とし、OpenAIやAnthropicも同様の展開が予想されるとして、米国のイノベーション環境の優位性を強調した。

4. インフレは本当に4.2%なのか


ウッド氏が繰り返し取り上げているのが、公式統計と民間データの乖離だ。CPI(消費者物価指数)ベースのヘッドラインインフレ率が、4.2%であるのに対し、日次で数万品目を追跡するtrueflationの数値は、約1.75%にとどまっているという。コアインフレで見ても、trueflationは1%台前半とさらに低い水準を示している。

この乖離について同氏は、「長期国債利回りが注目しているシグナルの一つかもしれない」との見方を示す。イールドカーブについても、コロナ後に期待されたほどのスティープ化(急勾配化)が起きなかった点を挙げ、「技術革新に伴うデフレ的な要因を、長期金利が織り込み始めている可能性がある」と分析している。この現象は、産業革命期にも同様のイールドカーブの逆転が見られたとし、歴史的な類似性を指摘した。

5. 消費者心理の悪化とAI時代の雇用


雇用統計が弱い一方で、消費支出そのものは底堅く推移している。ウッド氏は、「今回の統計は、誰にとっても何かしらの材料を含んでいた」と述べ、賃金や労働時間はほぼ横ばいだったとしている。

5-1. なぜ消費者心理はここまで悪いのか

貯蓄率は、3.2%を下回る水準まで低下し、食品・エネルギー価格の上昇によって「その日暮らし」の家計が増えているという。自動車ローンの延滞率も上昇しており、特にサブプライム層で過去最高水準に達しているとされる。興味深いのは、クレジットカードの延滞率よりも自動車ローンの延滞率が高いという逆転現象だ。ウッド氏は、これについて、「UberやLyftが普及した都市部では、自家用車を手放しても生活できる」ため、あえて車の返済を後回しにする消費者行動があるのではないかと分析している。

5-2. AIを積極活用する企業ほど雇用が増える

雇用面での興味深いデータとして、ウッド氏は、スタートアップ企業Rampの調査結果を紹介している。それによれば、AIを積極的に導入した企業は、そうでない企業と比較してその後2年間で約10%多く雇用していたという。ARK自身も過去1年でエンジニアを3名採用しており、「AIによって生産性の壁を超えられるようになったことが理由」だと説明している。

6. 設備投資は「これからが本番」


マクロ全体で見ると、製造業は勢いを取り戻しつつあり、AI関連の設備投資は、「過去40年間のピークを超えて、新たな段階に入った」とウッド氏は述べる。AIトークンの処理コストは17%下落しており、効率化が着実に進んでいることも示された。

貿易赤字については、輸入が輸出を大きく上回る状況が続いているものの、「貿易赤字の裏側には資本収支の黒字がある」とし、税制優遇による対米直接投資の増加がその裏付けになっているとの見方を示した。

オススメ記事


Next Big Wave——成長株・アイデアの種・トレンド深掘り



いいなと思ったら応援しよう!

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー