AIモデルはコモディティになる——元a16zアナリストが語る、投資家が今本当に注目すべき利益プールの場所
「基盤モデルは、製品ではない。チャットボットも製品ではない。価値はさらに上の層にある。」
この言葉を発したのは、元Andreessen Horowitz(a16z)パートナーでテックアナリストのBenedict Evansだ。AIブームの熱狂の中で、彼はあえて冷静な問いを立てる。OpenAIやAnthropicのような基盤モデル企業は、本当に持続的な競争優位を持てるのか——。
本稿では、Evansがa16zポッドキャストで語った内容をもとに、AIの産業構造と投資家・ビジネスパーソンにとっての含意を整理する。
1. 「今、何が変わったか」——AIの現在地
1-1. コーディングという唯一の確立したユースケース
Evansが最初に強調したのは、過去1〜1.5年で何が変わったかという点だ。
「エージェント型コーディングは、『まあまあ使える』から『全てを変えつつある』段階に移行した。顧客が奪うように使っている——それが本物のプロダクトマーケットフィットだ。」
実際、AnthropicのARRは、コーディング製品(Claude Code)の成功もあり、2024年末の約90億ドルから470億ドルのランレートへと急成長したとEvansは言及している。これに対して、OpenAIが、昨年末に「何でもやろうとする戦略」を採り、後にコーディングへ集中し直したことも、市場がコーディングに収束していく動きを示している。
1-2. その他の領域はまだ「問いかけの段階」
コーディング以外では、ほとんどの領域でまだ答えが出ていない。企業の特定バックオフィス業務の自動化、コモディティ会社のキャッシュフロー予測改善など、「ポイント・ソリューション」として使われ始めてはいるが、日常的な使用に至っているユーザーはまだ少数派だ。
「テック関係者の中には、Mac Studioのクラスターを買ってオープンソースモデルを1日中動かしている人もいれば、『先週、何かに使った』と言う人もいる。この溝をどう埋めるかはまだわからない。」
2. 基盤モデルはコモディティになるのか
2-1. モバイル通信との歴史的アナロジー
Evansの最も重要な主張は、基盤モデルが長期的にはコモディティ化するリスクを持つという点だ。彼が使うアナロジーが、モバイル通信だ。
「モバイルデータのトラフィックは、過去15年で1,500〜2,000倍になり、通信業界全体の収益は約1兆ドルに達した。それでも株価は20年間横ばいだ。価値は全て上の層に移った——GoogleやAppleなど、インフラの上で動くプレイヤーへ。」
このアナロジーをLLMに当てはめると、基盤モデル企業は、AIインフラを構築するが、その上で展開されるアプリケーション層が収益を獲得するという構造になりうる。
2-2. モデルの差別化は難しい
Evansが挙げるモデルのコモディティ化を示す論拠は三つある。
一つ目はネットワーク効果の欠如だ。InstagramやGoogleの検索がそうであるように、利用者が増えるほどサービスが強化される仕組みが、LLMには今のところ存在しない。
二つ目はチャットボットUIの限界だ。汎用的な会話インターフェースは、多くのタスクでは機能するが、企業の複雑な業務に使うには適切なデータ設計、ツーリング、ガードレールが別途必要になる。
三つ目は競合の性質だ。3〜6社のフロンティアモデル企業がほぼ同様の機能を提供し合う状況では、価格規律を保ちにくい。特にGoogleのように広告収益という別の収益源を持つ企業は、モデルの価格設定に対して異なるインセンティブを持つ。
「企業は自社がAWSを使っているかどうかも気にしない。SaaSのどのクラウドに乗っているかすら知らない。基盤モデルも同じように抽象化されていくのではないか。」
2-3. 「この見方は間違っているかもしれない」
ただし、Evansは自分の主張に自信を持って断言はしない。
「2〜3社しかフロンティアモデルを作れない世界になれば、彼らに価格決定力が生まれるかもしれない。あるいはモデルが上の層まで取り込んでしまうかもしれない。これは仮説であって、予言ではない。今は全ての賭けが開かれている。」
3. SaaSとエンタープライズソフトウェアの行方
3-1. ソフトウェアはなくならない、むしろ増える
「SaaSの終焉」という言葉が飛び交う中、Evansの見方は異なる。
「ソフトウェアは、なくなるのではなく、むしろ大幅に増える。SaaSが登場したときも、それ以前より1〜2桁多くのソフトウェアが生まれた。AIでも同じことが起きるはずだ。」
ただし、どの企業が生き残り、どの企業が置き換えられるかはまだ見えていない。特定の分析機能だけを提供していた単機能ツールは厳しくなる可能性があるが、業務に深く組み込まれたシステムは別の話だ。
3-2. LLMはスタックの上か下か
エンタープライズソフトウェアにLLMを組み込む方法として、Evansは、二つの方向を示す。
一つは、スタックの下層としての使い方——例えば、Salesforceの中に「このクライアントの過去の商談履歴を元に、次の提案を教えて」という機能として組み込む形だ。
もう一つは、スタックの上層——SalesforceもWorkdayもGmailもGoogle Analyticsも横断的に参照し、「売上改善のための価格変更はどうすべきか」という問いに答える統合的な分析だ。
「どちらが正しいかではなく、両方がそれぞれのケースで正しい。重要なのは、確率的(LLMが間違える)なソフトウェアと決定論的(データベースは間違えない)なソフトウェアをどう組み合わせるかだ。」
3-3. 変わるのは「タスク」であって「仕事」ではないかもしれない
AIが仕事を奪うかという問いに対し、Evansは慎重だ。
「50年前と今では、会計士が使う手法は全く変わった。でも、クライアントが買っているものは大して変わっていない。タスクは変わるが、ジョブは変わらないかもしれない。」
問うべきは、「AIが何を自動化するか」だけでなく、「何を自動化したいのか」——つまり、「誰もが同じようにやること」が価値を持つ仕事と、「独自の判断や創造性」が価値を持つ仕事の区別だ。
4. CapExの天井と「需給の混乱」
4-1. 7,000億ドルでも「十分ではない」可能性
2026年、大手4社(Microsoft、Meta、Google、Amazon)は合計7,000億ドル超のCapExを投じる見通しだ。これは石油・ガス産業の規模に匹敵する。
しかし、Evansは、これが持続可能かどうかについても慎重だ。
「今は極端な需給不均衡の状態にある。現在の価格と供給量と投資額は、中期的に別の均衡点に向かうはずだ。10兆ドル/年のAIインフラ支出は、そもそも資金的に不可能だ。」
モデルの効率は、毎年100〜200倍向上し、オープンソースやエッジコンピューティングも台頭してくる。供給が積み上がれば価格は下がり、需要と収益の均衡は今とは全く違う形になるだろう。
4-2. 投資判断における留意点
ROIの測定が難しいという問題も指摘されている。現時点で多くの企業がAI投資から得ている恩恵は「分析が速くなった」「資料作成が楽になった」といった、財務的に数値化しにくいものだ。
「DCFの作成が1週間から10秒になっても、あなたはDCFを50本作るかもしれないが、客に請求できる金額は変わらない。生産性向上が競争に流れ込んで、利益に残らないことがある。」
5. 次の問いはどこにあるか
5-1. 「AIの外」に出ていく問い
Evansが示す次のフェーズは、問いがAI産業の内側から業界の外側へ移っていくことだ。
「Netflixの成功を決める問いは、ロサンゼルスの問いだ——どんな番組を作るか、どんな契約をするか。それはサンフランシスコの問いではない。法律事務所や投資銀行にAIが何をもたらすかという問いも、弁護士や金融の専門家が答えるべき問いだ。」
広告とEコマースについては、Evansはやや踏み込んだ見方をしている。現在のGoogle・Metaの広告システムは、「この商品を買った人はあの商品も買った」という相関に頼っているが、LLMは、商品の意味や文脈を理解した上での提案が可能になる。これが広告の転換率向上につながっているとも述べている。
5-2. 「魔法になる前に気づかなくなる」
Evansは最後に、長期的な視座を示した。
「1950年代のIBMの広告には、計算機が150人分のエンジニアの仕事をするとあった。同じ構図で、我々はまた次の波を経験している。PCも、インターネットも、モバイルも全て、変容するまでは不確実だった。20年後、AIも『昔からこうだった』と言われるようになるだろう。」
まとめ
Benedict Evansの論点を整理すると、基盤モデルが長期的に価格競争に向かう可能性は否定できない一方で、それが「確定した未来」ではないことも強調されている。重要なのは、「モデル」ではなく、その上で何を作るか、どの問題を解くかという「アプリケーション層」への問いだ。
投資家にとっての示唆は、今の「コーディング」という確立したPMFの次に何が来るかを見極めること、そしてCapEx競争の中で誰が本当の利益を得るかを構造的に捉えることだろう。モバイル通信を作ったのは通信会社だったが、それで最も儲けたのはAppleとGoogleだった——というEvansのアナロジーは、今も示唆に富んでいる。

