AI時代に大手法律事務所は生き残れるか ― Cooley CEO Rachel Proffitt氏が語る「ビッグロー」の岐路
生成AIの実務活用が本格化する中、これまで比較的変化の少なかった業界の一つとされてきた法律業界にも、大きな構造変化の波が押し寄せている。シリコンバレー発祥のグローバル法律事務所Cooley(クーリー)のCEO、Rachel Proffitt氏がポッドキャスト「Compound Interest」のインタビューに応じ、AIがもたらす業界の変化について率直に語った。同事務所は、世界に400人超のパートナーと約1,000人のアソシエイト(勤務弁護士)を抱える大手事務所であり、その経営トップの発言は業界全体の縮図とも言える。本稿では、このインタビュー内容を、ビジネスモデル・若手弁護士のキャリア・AI活用の実態という3つの軸から整理し、投資家やビジネスパーソンにとっての示唆を考察する。
1. 「壊れていないなら直すな」から「本当に壊れていないのか」への転換
Proffitt氏は、まず、法律事務所が伝統的に「経営」される存在ではなく、目の前の仕事をこなすパートナーシップ組織として運営されてきた歴史に触れる。同氏は、自らの経営体制について「この10年以上かけて進化させてきたもので、法律実務そのものと、法律というビジネスの両方が存在するという考えに基づいている」と説明した。
1-1. 「これほど例外的な時代はない」という自己認識
同氏は、2026年の法律事務所経営について、「法律事務所のリーダーであることがエキサイティングな時期になるとは思っていなかった」としながらも、「間違いなく前例のない時代であり、こうしたビジネスをどう管理すべきかへの関心が今後さらに高まっていくだろう」と述べている。従来通りの良質なサービス提供を続けるだけでは十分ではなくなりつつあるという危機感がにじむ発言だ。
1-2. 50年前の弁護士が見ても「見慣れた景色」だった業界
インタビューの中でホストのLiz Hoffman氏は、「1975年の弁護士を2025年の大手法律事務所に連れてきても、コンピューターが増えたこと以外は、基本的に同じ仕事を同じように届けているように見えるはずだ」という見立てを示した。これに対し、Proffitt氏は、「還元主義的な言い方だとは思うが、おおむね正しいだろう」と同意しつつ、「壁の絵画や廊下を走り回る服装以外は、数十年前とかなり似た光景になるはずだ」と応じている。裏を返せば、これから訪れる変化はこの半世紀で最大級のものになるという含意だ。
2. 課金モデルの転換 ― タイムチャージ制の限界
法律事務所の収益構造の根幹をなしてきたのが、6分刻みなどの時間単位で課金するタイムチャージ制(billable hour)だ。Proffitt氏は、この制度について、「みんなが嫌いなのに、それでもなお存続している」と自嘲気味に語る。
2-1. 「WilmerHale型」への注目
同氏が言及したのが、著名法律事務所WilmerHale(ウィルマー・ヘイル)が、長年採用してきたとされる、単一の定額請求モデルだ。Proffitt氏は、「提供したサービスに対して、非常に大きな一つの金額を請求する。それがWilmerHaleのやり方だ」とし、この方式がなぜもっと広く普及しなかったのか不思議に思うとコメントしている。同氏の見立てでは、案件や訴訟が数年単位で継続する法律業務の特性上、成果が出るまで請求を待つことが難しく、多くの事務所は年度末に一度帳簿を締めて再スタートする必要があるという事情が背景にあるという。
2-2. 価値ベース価格への移行
Proffitt氏は、今後の方向性として、「銀行が案件に値付けするのと同様の、価値に基づく価格設定」を挙げる。企業が変革的な取引を乗り切る手助けをするなら、その成果の一部を共有する形で報酬を得るべきだという発想だ。同氏は、「AIができることが増えるにつれ、単に『速くできるから安くなる』という話では済まなくなる。速く、より良く実行でき、確実性が高まることに対してプレミアムを乗せられるようになるはずだ」と述べ、単純な時間削減ではなく、成果の質そのものに対する対価という新しい価値基準を打ち出している。
3. 若手弁護士のキャリアへの影響
法律事務所の伝統的なピラミッド型組織は、多数の若手アソシエイトが基礎的な作業を担い、その中から一部がパートナーへと昇進していく仕組みで成り立ってきた。AIの浸透は、このピラミッドの形そのものを変える可能性がある。
3-1. 「若手弁護士の絶対数は減る」という率直な見解
インタビューの中でHoffman氏が、「AIは若手弁護士やトランザクション側の同僚がこれまでやってきたことの多くをこなせる。若手弁護士の数がかなり減らない世界は想像しづらい」と指摘したのに対し、Proffitt氏は、「その見解に反論するのは難しい」と率直に認めた。ただし、業務内容そのものは大きく変化するとしても、弁護士の数そのものがゼロになることはあり得ないとも付け加えている。理由として、「信頼と関係性の要素が失われてしまう。企業の命運を左右するような訴訟や重要な取引において、人は結局ブランドで、そして信頼で意思決定をする」という点を挙げた。
3-2. 「選抜が早まる」というメリトクラシーへの期待
特に興味深いのが、AIによって若手弁護士の適性選抜が従来より早い段階で行えるようになるという論点だ。従来、大手法律事務所では見習い制度(apprenticeship model)のもと、勤続年数に応じてほぼ自動的に昇進が決まる「lock step」方式が一般的だった。誰が真に事業を作り出せる「rainmaker(稼ぎ頭)」になれるかを見極めるには、7年、8年といった長い年月が必要とされてきた。
Proffitt氏は、この点について、「これはより実力主義的な選抜の仕組みへと近づける可能性がある」と述べ、「技術に精通し、粘り強く、高いEQ(心の知能指数)を持つ人材を、より早い段階で見極められるようになるかもしれない」との見方を示した。番組ホストのRohan Goswami氏は収録後の振り返りで、この論点についてProffitt氏が「少し気まずそうな様子だった」とも述べており、業界にとって心理的なハードルの高いテーマであることをうかがわせる。
4. AI活用の実態:HarveyやLuminanceは「一時的な存在」か
法律業界向けAIサービスとしては、HarveyやLuminance(ルミナンス)といった企業が知られている。Proffitt氏は、Cooleyでの活用状況について次のように語った。
4-1. 「法律版ラッパー」への懐疑
同氏は、Harveyのような外部AIサービスについて「私が実質的に『リーガルラッパー』と呼ぶようなものが、どこまで長く存続するかは分からない」と述べた。その理由として、「OpenAIやAnthropicの絶えず進化するモデルに十分な時間とエネルギーを費やせば、事務所独自のツールを構築し、必要な形にトレーニングすることができるようになるはずだ」という見方を示している。ただし、外部サービスの利点として、導入時点で既に高度に発展した状態からスタートできる点も認めた。
4-2. トークン予算は「把握していない」
インタビューの中で、Cooleyの月間AIトークン予算について問われたProffitt氏は、「実は把握していない」と答えている。多くの企業が「千の花を咲かせる」方式で自由にAIを試させた結果、月末の請求額に驚くという事例がよく聞かれる中、同氏は「今のところ、そうした制約を感じてはいない」と述べ、具体的な数値までは明かさなかった。
4-3. 自社ブランドAIアプリの構想
将来的な展開として、Proffitt氏は、Cooley独自のAIインターフェースを構想していることも明かした。ただし、これは大企業の法務部門向けというより、創業間もないスタートアップ企業を主な対象として想定しているという。同氏は、「シード資金調達やブリッジファイナンスを行う企業がAIスタートアップとして立ち上がっていく初期段階を、私たちは長年支えてきた。100年近く続けてきたこのエコシステムを大切にしており、そうした早期の関係性を技術任せにして手放すことは、私たちの企業理念にそぐわない」と述べ、AI活用が単なるコスト削減の手段ではなく、長期的な顧客関係構築の入り口として位置づけられていることを示した。一方で、フォーチュン500やフォーチュン1000クラスの多国籍企業が「Cooleyブランドのアプリと対話したい」と考えることは想定していないとも述べており、顧客層によってAI活用の形は自然と選別されるとの見立てを示している。
なお、番組ホストの一人であるGoswami氏は収録後の振り返りの中で、Cooleyが収録の数日後にAI法律サービス企業Lagora(ラゴーラ)との提携を発表したことに言及している。収録中、この話題に触れた際にProffitt氏の表情に何かがよぎったとGoswami氏は振り返っており、業界再編が水面下で急速に進んでいたことがうかがえる。
5. 業界構造は「監査法人化」するのか、「専門特化ブティック乱立」するのか
法律事務所の将来像について、Proffitt氏は明確な答えを持ち合わせていないとしつつも、二つの仮説を紹介した。一つは、監査法人業界のように、少数の巨大事務所に集約されていく未来、もう一つは、より専門特化した小規模事務所が乱立する未来だ。同氏は、「その中間にも十分な余地があると考えている」と述べ、どちらか一方に極端に振れるとは見ていないとの立場を示した。
5-1. 高額な移籍金(ラテラルハイア)への懸念
近年の法律業界では、優秀なパートナーを他事務所から引き抜く際に、NFL選手並みの高額な保証報酬を提示する事例が相次いでいる。Proffitt氏はこうした動向について「業界にとってやや破壊的だったと正直思う。人と事務所の結びつきを弱め、いわゆる回転ドア現象を引き起こしている」と述べ、こうした過熱した人材獲得競争が、AIによる収益構造の変化と組み合わさることで、「これまで結んできた保証報酬の約束を維持できなくなる可能性がある」との懸念も示した。
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