アリババ「Qwen3.8-Max」公開 ― 2.4兆パラメータ、Maxクラス初のオープンウェイト化へ
2026年8月3日、アリババのQwenチームは、最新の大規模言語モデル「Qwen 3.8-Max」を公開した。同社のブログ記事によれば、これは、Qwenファミリーの中で最も高性能なモデルであり、同時に、Maxクラスのモデルとして初めてオープンウェイト化される予定だという。パラメータ数は、2.4兆に達し、コーディング、実務(ワーク)、リサーチ、長時間タスクにわたって包括的な性能向上を実現しているとされる。
本稿では、公式ブログで示された具体的な検証事例とベンチマーク結果をもとに、このモデルの特徴をビジネスパーソン・投資家向けに整理する。単なるスペック表の紹介にとどまらず、実際にどのようなタスクをどこまでこなせるのかという「実証実験」の中身に焦点を当てたい。
1. Qwen3.8-Maxの基本スペック
Qwen 3.8-Maxは、Qwen 3.5のアーキテクチャを土台に構築されており、総パラメータ数2.4兆、アクティブパラメータ数950億という規模だ。QwenCloud経由でAPI利用が可能で、オープンウェイトは来週に公開される予定とされている。
同社が強調するのは、単に難しい質問に答えられるだけでなく、複雑なタスクをエンドツーエンドで、より高い信頼性を持って完遂できる点だ。生成物(デリバラブル)の確実性という観点が、今回のモデルの訴求ポイントになっている。
2. コーディング能力の検証 ― 3つの極端な実証実験
2-1. 10日超の自律コーディングで自己進化するハーネスを構築
最初の事例は、Qwen3.8-Maxに「oh-my-cli」というプロジェクトをゼロから作成させ、10日を超える長時間の自律コーディングを通じて、自己進化するハーネス(実行基盤)を構築させたというものだ。ユーザーフィードバック、コミュニティのベストプラクティス、モデル自身のセルフテスト結果を一つのエンジニアリングループに統合する仕組みで、要件がIssue(課題)として定式化され、エージェントによって自動的に処理・実行される。プロジェクトの全経緯はGitHubリポジトリで公開されている。
具体的な実装としては、Issueの状態管理・ディスパッチャー・監視・ウォッチドッグを一つの実行ループに統合する「ループエンジニアリング」、更新のたびにビルド・ユニットテスト・E2Eテストを自動実行する「セルフテスト」、コミュニティの経験やユーザーフィードバックを実行可能な作業に変換する「マルチソース進化」という3つの仕組みが機能している。2026年7月30日時点、約16日間の完全自律運用の結果、リポジトリには、265件のコミット、127件のプルリクエスト、151件のIssueが蓄積されたという。
2-2. 研究論文を再現し、さらに改善する
2つ目の事例では、Qwen3.8-Maxに最近発表された研究論文「Unified Data Selection for LLM Reasoning」を渡し、その実験をコードで再現した上で、さらに、改善を試みるよう指示した。この論文は、大量のデータの中からどのデータを学習に使うべきかという、AI学習における実務的な課題を扱っている。
Qwen3.8-Maxは、論文とGPUのみを与えられ、スターターコードや既存のパイプラインは一切ない状態から作業を開始した。データ処理スクリプト、学習コード、評価の仕組みまで、すべてゼロから設計・実装する必要があったという。
約5日間(継続作業時間で約125時間)にわたって完全に自律的に作業し、約7600行のコードを書き、1100件を超えるアクションを実行し、33回のGPU学習を行った。最初の約37時間で論文の全パイプラインをゼロから再構築し、6つの主要な発見を再現。その後の約88時間では、仮説形成・コード作成・GPU実行・分析・再試行というサイクルを回す自己改善型の研究ループを実行し、4ラウンドにわたって18個の改善アイデアを自ら考案・検証した。最終的に、競技レベルの数学ベンチマーク「AIME24」において、論文自身の手法を2.7ポイント上回る新手法を編み出したという。
2-3. 24時間で500チームを超える人間チームに勝利
3つ目の事例は、アリババクラウドのTianchiプラットフォームで開催された実際のオンラインコンテスト「WWW2025 Multimodal Dialogue Intent Recognition Challenge」への参加だ。このコンテストには526の人間チームが参加していた。
Qwen3.8-Maxは、厳格な24時間の制限時間の中で完全に自律的に作業し、コンテストのルールを読み込んだ上でコードによる解決策を構築した。テキスト部分では、BERT、MacBERT、RoBERTaといった複数の中国語モデルをファインチューニング・アンサンブルし、画像部分では視覚言語モデルのQwen2.5-VL-7Bをファインチューニングした。45回の提出を重ねる中で、精度は0.60から最終的に0.853まで着実に向上し、526チーム中458チーム(全体の87%)を上回る成績を収めたという。
3. 実務(ワーク)タスクへの適用 ― 数百の職種で実証
3-1. 強化学習環境の大規模スケーリング
Qwenチームは、強化学習(RL)の環境と計算資源を同時にスケールさせることで、QwenWork、Claude Code、Codex、OpenClaw、Hermesといった複数の主要ハーネス全体で作業能力を底上げしたと説明している。この実現には、タスク・ワークスペース・ハーネスという独立した軸に沿って環境を継続的にスケールさせる仕組み、多様な検証方式を統合した「Universal Reward System」、そして、バッチ間の分散を抑える「オンラインデータバランサー」という3つの技術的課題への対応が必要だったという。
3-2. 数百の高付加価値職種でのストレステスト
同社は、実際のワークフローにおける生産品質の成果物を提供する能力について、数百の高付加価値な職種にわたってストレステストを実施したとしている。いくつかの代表例が紹介された。
企業コンプライアンス顧問の業務では、数百件の文書からなるコーパス全体から1284件の関連条項を1回のパスで抽出し、1時間以内にレビューを完了したという。通常このようなレビューには、パラリーガルのチームが1週間程度かけて共同作業する必要があるとされる。
UI/UXデザイナーの業務では、デジタルバンキングアプリ「NOVA」向けに、一貫したデザインシステムを持つ8画面のハイフィデリティなインタラクティブプロトタイプを、人間による修正を一切経ずに1回で作成したという。通常のワークフローでは3〜5回の修正サイクルが必要とされる。
飲食店ブランド創業者の業務では、100件を超える食材供給に関する資料を読み込み、26品からなる完全なメニューを1回のパスで作成した。各料理には平均カロリー値と食材の産地が注釈として付与され、原価率は33.8%に抑えられているという。
構造エンジニアの業務では、1セットの図面から30階建てオフィスタワーの耐震構造モデルをブラウザ上で再構築し、固有周期、ベースシア、層間変位角をリアルタイムで確認できるようにした。従来のワークフローでは、専用のモデリングソフトウェアを使って手作業でモデルを構築するのに1週間以上かかるとされる。
4. Dynamic Workflowsによる自動化された定量投資戦略
Qwen3.8-Maxが持つ「Dynamic Workflows」構築能力を活用した事例として、単一の会話からエンドツーエンドの自動化された定量投資リサーチループを構築した検証も紹介された。
ETFローテーション戦略の研究開発では、わずか1行のタスク記述から、Qwen3.8-Maxが自律的に複雑な動的ワークフローを計画し、数時間にわたって完全なETFローテーション戦略を構築した。データシステムの構築、基本ファクターの構築、複数ラウンドの貪欲法的な反復処理を、バックテスト結果を動的に分析しながら軌道修正するプロセスを含んでいる。
同社は、モデルが固定的なスクリプトに従うのではなく、根拠に基づいて行動したことを強調している。設計期間と検証期間の指標の間に不整合(過学習の典型的な兆候)を検知した際には、冗長なファクターを段階的に除去する枝刈りを自動的に実行したという。
広範なファクターマイニングでは、モメンタム、バリュー、クオリティ、インベストメント、低リスク、センチメントという古典的なファクターファミリーに関するわずか6つの短い記述から、それぞれを50の研究方向に分解し、約330のサブエージェントを展開して約6000回のバックテストを完了した。選定されたファクターは超過シャープレシオ0.64〜1.48、ICは0.010〜0.014の範囲で一貫してプラスだったという。
5. 長時間タスクにおける自律的な計画・学習能力
5-1. 半導体設計の自律実行
Qwen3.8-Maxは、論理再構築、多制約最適化、物理レイアウト生成までを含むシリコン設計フロー全体を自律的に実行した。対象となったのは、モジュラー指数演算とモジュラー乗算を統合したGCD/RSA暗号ハードウェアアクセラレーターだ。
Qwen3.8-Maxは、基本的なタスク記述、空のモジュールテンプレートを含むRTLワークスペース、検証・合成用の評価スクリプトのみを与えられた状態から、完全に自律的に作業を進めた。単一の連続した自律実行の中で、約500ターン、13の重要なマイルストーンにわたる71回の評価を完了し、設計全体をエンドツーエンドで再構築した。
最初に機能的に成立した設計は8298ゲートだったが、Qwen3.8-Maxはこれを678ゲートまで削減し、評価対象となったすべてのモデルの中で最高の成績を収めた。特に大きな最適化の一手は、モジュラー除算器を反復的なシフト減算アーキテクチャに置き換えることで、一度に6288ゲートを削減したというものだ。
物理設計への落とし込みも検証されており、最終的なレイアウトは46×46マイクロメートル平方のダイまで縮小し、配線長は4187マイクロメートルまで減少、動作周波数500MHzでのタイミングクロージャーも達成したという。これは物理ダイ面積で81%の削減に相当する。
5-2. 365日間のEC運営シミュレーションでの継続学習
「E-Commerce Bench」は、大規模言語モデルの持続的な事業運営における意思決定能力を評価するために設計された、365日間の長期サイクルのECサイト運営シミュレーションベンチマークだ。タオバオ・Tmallの実データ(匿名化済み)をもとに、12種類の店舗タイプ、60の商品カテゴリー、約600の仕入先、7000の商品からなる複雑なエコシステムを再現している。
モデルには、10万元の元手が与えられ、複数のオンラインストアを同時に運営する。年間を通じて季節的な需要変動、突発的な環境イベント、リアルな決済システムからくる資金繰りの圧力に対処しながら、商品選定、サプライチェーン交渉、在庫管理、動的な価格設定、返品対応といった全チェーンの意思決定を自律的に行い、年末時点での総残高最大化を目指す。
価格交渉においては、異なる性格特性と譲歩戦略を持つ仕入先とのゲーム理論に基づいた交渉が組み込まれている。Qwen3.8-Maxは同一仕入先の同一商品について深く掘り下げた交渉を重ね、調達価格を段階的に引き下げ、利益を着実に増やす継続学習能力を示したという。また、約600の仕入先の中には152の詐欺的な業者も紛れ込ませてあり、モデルのリスク管理能力も試された。
最終的に、Qwen3.8-Maxは、41万6252元(4.16倍のリターン)という最高の総残高を達成し、2位のGLM 5.2を38%上回った。これは前世代の主力モデルであるQwen3.7-Maxからの152%の改善に相当するという。
6. マルチモーダルエージェントとしての能力
Qwen3.8-Maxは、画像・文書・動画の理解にとどまらず、タスク全体を通じた視覚的な知能を発揮するという。200ページを超える財務報告書や複雑なPDFを扱う際には、複数ページにまたがるテキスト・チャート・レイアウトを理解し、構造化されたレポートやWeb体験に変換できる。100時間を超える動画の処理では、特定の場面の特定や質問への回答だけでなく、人物・出来事・タイムスタンプ・シーンを「動画メモリーグラフ」として整理し、出来事の推移や人物関係を再構築できるという。
視覚能力は入力の理解にとどまらず、実行段階でも自らの中間結果を継続的に観察・評価する。ページレイアウトや物体の向き、空間的な関係、アニメーションの品質、インタラクションの結果を検査し、問題を検知した場合には計画を修正し、出力を自律的に訂正できるとしている。
また、コーディングとGUI操作を組み合わせた「ハイブリッドエージェント」能力を測定するため、「RecreationBench」という長時間のアプリケーション再現ベンチマークが導入された。デスクトップ、モバイル、Webという5つのプラットフォームにまたがり、モデルは、ソースコードやインターネットアクセスなしに、稼働中のアプリケーションをブラックボックスとして観察するだけで、アプリケーション全体をゼロから再構築するタスクに取り組む。
7. ベンチマーク結果 ― 主要モデルとの比較

公式ブログでは、Claude Opus 4.8、Claude Fable 5、GPT-5.6 Sol、前世代のQwen3.7-Maxとの詳細な比較表が示されている。コーディング関連では、PaperBenchでQwen3.8-Maxが93.0点を記録し、比較対象の中で最高スコアとなった。一方で、SWE-bench ProやFrontierSWEなど一部のベンチマークでは、Claude FableやGPT-5.6 Solが上回る結果も示されている。

マルチモーダル関連のベンチマークでは、MathVisionやLogicVista、HiPhOといった項目でQwen3.8-Maxが高いスコアを記録している一方、HLE(Humanity's Last Exam)のようなテキストベースの高難度ベンチマークでは、比較対象モデルの一部が、Qwen3.8-Maxを上回っている。全体として、コーディングと実務系のタスクで強みを発揮する一方、あらゆる領域で一様に最高性能というわけではない、という結果が読み取れる。
8. 開発者向けの提供形態
Qwen3.8-Maxは、QwenCloud経由でAPI提供されており、reasoning_effortパラメータによって推論の深さとコストを調整できる(xhigh、medium、lowの3段階)。QwenCloudは、OpenAI互換のchat completions・responses APIおよびAnthropic互換のAPIインターフェースをサポートしており、Claude Code、Codex、Qoder CLI、Qwen Code、OpenClawといった主要なエージェントフレームワーク・コーディングアシスタントとの連携が可能だとされている。
オープンウェイトは、Hugging FaceおよびModelScope上で来週公開される予定であり、Maxクラスのモデルとしては初めての試みとなる。
