プラダCEOが語る「旧来の常識」への回帰——ラグジュアリー業界の転換期に投資家が知るべき視点
プラダグループのCEOアンドレア・グエッラ氏が、ポッドキャスト「In Good Company」に出演し、ラグジュアリー業界の現状、Miu Miuの成功要因、Versace買収の狙い、そしてAI活用から経営哲学まで幅広く語りました。
グエッラ氏は就任から約3年、四半期ごとの成長を続けてきた実績を持ちます。その経営の中核にあるのは、意外にも「ノー」と言い続ける抑制の哲学でした。ラグジュアリー業界が大きな転換期を迎える中、投資家・ビジネスパーソンが押さえるべきポイントを整理します。
1. ラグジュアリー業界は「正常化」のフェーズに入った
1-1. 「教科書にはあり得ない」成長の終わり
グエッラ氏は、ラグジュアリー業界の現状を率直に語りました。
「この業界は20年近く常に成長を続けてきました。どんな教科書を開いても、それはあり得ないことです。過去10〜15年だけで3倍、4倍、5倍に拡大しました」
その上で、今起きていることを「正常化(normalization)」と表現しています。
「今私たちが目指すべきは、"新しい常識(new normal)"ではありません。"古い常識(old normal)"です。ラグジュアリーとは排他性、選別、価値、夢、体験、ホスピタリティ。これが私たちがやるべきことであり、常にそうであったものです」
1-2. 顧客5人に1人が離脱した現実
業界全体の課題として、グエッラ氏は注目すべき数字を挙げました。
「この業界は過去3〜4年で、5人に1人の顧客を失っています。これは大きな数字です」
この顧客離脱は、過度な価格引き上げや拡大路線の結果として起きているとの認識を示唆しています。価格について問われた際、グエッラ氏は明快に答えました。
「価格について話さなければならない時点で、ラグジュアリーとして何かを間違えているということです。本来は、お客様が価格を聞かずにクレジットカードを差し出すほど幸せにするべきなのです」
2. 成長の中で「ノー」と言い続ける経営
2-1. 3年間で店舗数はわずか6増
プラダグループの成長戦略で際立つのは、その抑制的なアプローチです。
「3年前に170店舗ありました。今は176店舗です。この成長の中で、です。既存店舗の拡大はしますが、新規出店は望んでいません。5年後でも180〜185店舗程度でしょう」
グエッラ氏の日常的な答えは、「ノー」だと言います。
「新しい店舗を提案されても、ノー。この機会はいかがですかと言われても、ノー。これが私たちのやり方です。成功の門を開け放ったわけではないのです」
2-2. 「忍耐」と「創造的緊張」
ブランド経営における最重要概念として、グエッラ氏は、「ブランドマネジメントとクリエイティブディレクションの間の、持続的でポジティブな緊張関係」を挙げました。
「これは忍耐を意味します。お互いの話を聞くこと。議論すること。ブランドとクリエイティビティがどこに向かうのか、適切な時間をかけて判断すること。これは長期的なものであり、短期的であってはなりません」
クリエイティブディレクターが短期間で入れ替わるブランドとは対照的に、プラダグループは長期的なコミットメントを重視しています。
「一時的なヒットは生まれるかもしれません。しかし、それは短期的なものです。消費者が長期的に対価を払うのは、長期的な関係があるブランドだけです」
3. Miu Miu——「インクルーシブな反逆」という稀有なポジション
3-1. 成功の理由
現在ラグジュアリー業界で最も勢いのあるブランドの一つとされるMiu Miuについて、グエッラ氏はその本質を「インクルーシブ」と表現しました。
「Miu Miuは、女性だけのブランドです。若い女性に根ざしていますが、インクルーシブです。月曜の朝に着ても、土曜の夜に着ても違和感がない。25歳でも50歳でも違和感がない。Miu Miuには"間違い"がないのです」
3-2. 成長余地と「正常化」への備え
Miu Miuの成長サイクルについて、グエッラ氏は慎重な見方も示しました。
「この5年のサイクルは、予想より長く続いています。正常化に備えなければなりません。通常の成長に備えなければなりません。そのための準備は、決して十分ではありません」
同時に、レディースのみのブランドとして、自社の4〜5倍の規模を持つ競合が存在することに言及し、成長の余地はまだあるとの認識も示しています。重要なのは、成長のために自分たちのフィールドから離れないことだと強調しました。
「新しいカテゴリーには進出していません。メンズにも展開していません。これが私たちです。これが私たちの話したい相手です」
4. Versace買収——「ブランドとしての再生」に賭ける
4-1. なぜ今、Versaceなのか
プラダグループによるVersace買収について、グエッラ氏は、「買収を探していたわけではない」と前置きした上で、その判断を説明しました。
「既存の2つのエンジン(PradaとMiu Miu)で100億ユーロ近くまで到達できるという野心を持っていました。しかし、Versaceは機会でした」
VersaceのDNAについては、プラダグループとの共通点として、「文化に根ざしている」ことを挙げています。
「Versaceは、グリーク・ローマ文化の影響を受けたイタリア文化の中で生まれました。グラマーを発明し、ポップを発明し、スーパーモデルを発明し、ショーに音楽を持ち込みました。私たちのポートフォリオとは非常に異なるスピンですが、すべてが文化から始まるという点で私たちのDNAと一致しています」
4-2. 再建のアプローチ
グエッラ氏は、Versaceが、「ビジネスとしてではなく、ブランドとして少し経営を誤っていた」との見方を示しました。
「多くの人が私たちと同じものを見ていたと思います。しかし、私たちはその挑戦を引き受ける準備がありました。私たちは忍耐強いです。明日の朝に成功しなければならないとは思っていません。種を蒔き、育て、適切な人材を配置する必要があります」
新クリエイティブディレクターのピーター・ムリエ氏を迎え、長期的な関係構築を目指すとしています。
5. AIの実践的活用——CRMで「過去最高のコンバージョン率」
5-1. AIをどこに使っているか
AIの活用について問われた際、グエッラ氏の答えは意外にも実務的でした。
「AIを最も活用しているのはCRM(顧客関係管理)です。どのメッセージを、どの人に、その瞬間にどうパーソナライズして届けるか。何時間もかけて懸命に取り組んでいます」
5-2. 「ルックアライク」分析の威力
具体的な手法として、グエッラ氏は、「ルックアライク(look-alike)」分析を説明しました。
「AIによってデータを深く分析し、この顧客は、過去にこれらを購入した、新しいコレクションにはこういう特性がある、この顧客が今この瞬間にどれだけ購買意欲が高いか——これらをマッチングできた時、人生で見たことのないコンバージョン率が出ています」
華やかなブランドイメージの裏で、データドリブンな顧客理解がプラダの成長を支えていることがわかります。
6. 地域別の市場動向——中国の回復とヨーロッパの課題
6-1. 中国市場の現状
中国市場について、グエッラ氏は、「消化期間」を経て回復の兆しが見えているとの認識を示しました。
「信じられないような成長を経験した後、北米でまず消費者が消化期間に入り、その後新しいポジティブなダイナミクスが見られました。同じことが今、中国で起きています。2年の消化期間を経て、横ばいからやや前向きな動きが見え始めています」
6-2. ヨーロッパの苦境
一方、ヨーロッパについてはより厳しい見方を示しています。
「アジアからの旅行者は2019年比でおそらく50%程度。アメリカ人は(ピーク時の2022〜23年比で)マイナス20〜25%程度です」
地政学的な要因(戦争やフライトの困難さ)がヨーロッパの観光市場に影を落としており、ラグジュアリーブランドの欧州売上にも影響を与えていることがうかがえます。
7. リーダーシップ哲学——「エネルギーは経験に勝る」
7-1. 「レゾナント・リーダーシップ」
グエッラ氏は、自身のリーダーシップスタイルを「レゾナント・リーダーシップ(共鳴するリーダーシップ)」と表現しました。
「頭と心の両方を納得させ、明確なミッションのもとに全員が旅をしていると感じさせ、一人ひとりが最大限に力を発揮できるようにすること。これが私が毎日やっていると思うことです」
7-2. 25年のCEO経験から得たもの
公開企業のCEOとして25年のキャリアを持つグエッラ氏は、経験と若さの関係について率直に語りました。
「今でも、エネルギーは経験に勝ると信じています。毎日それを証明したい。一方で、25年間毎日前日の業績を見てきた経験からは、多くのことを学びました」
特に印象的だったのは、「聞く力」についての発言です。
「私が得意なのは、人々が言っていないことを聞くことです。ある人と30分話した後、『話してくれてありがとう。特に、話してくれなかったことについて』と言いました」
7-3. 世代交代の架け橋として
プラダグループでは、創業家のロレンツォ・ベルテッリ氏が、長期的なリーダーとなることが明確にされています。グエッラ氏は、自身を「世代間の架け橋」と位置づけることに対して、こう述べました。
「気にしません。そうであるか、そうでないかのどちらかです」
この明快さは、イタリアの創業家企業における世代交代のモデルケースとしても注目に値します。
グエッラ氏が若い世代へのアドバイスとして一言だけ述べたのは、「忍耐強くあれ(Be patient)」でした。ラグジュアリー業界の正常化局面においても、この言葉はそのまま投資家への示唆となるでしょう。
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